渦の外で無為に眺めている時間より、
中心で何も感じられなくなる事を欲した。















同盟軍の城を訪ねた。
まだ整えられていないそこは、沢山の傭兵や避難民でごった返していた。
歩兵を希望して、戦闘能力を認められ、ビクトールさんの部隊に編成された。

騎馬隊との戦闘訓練の時、1人際立って派手な人がいた。
すぐにピンときた。彼が噂の『青雷』その人だ、と。




姿を見た。
もっとゴツい、いかにもな人かと思っていた。

身のこなしを見た。
通り名にふさわしい、俊足と機敏な動作。
はためく鮮やかな青いマントに、思わず視線が吸い寄せられる。

顔を見た。
光る汗粒と、淡いブルーの瞳。







              恋の始まり。





















しじまの向こう





















「まぁた見てんのか?」
!・・驚いた。まったく気付かなかった。
「・・・・あれほど何度も足音を忍ばせるなと言ってるのに。・・趣味が悪い」
私はリィバーをジロリと睨み付けて、その後視線をもう一度窓の外に転じた。
青いマントが風にはためいている。騎馬隊の戦陣を再度見直すとフリックさんから伝達があったと、騎馬隊の連中が話しているのが今朝レストランでチラリと聞こえた。
「・・・・、お前、馬の扱いも上手いんだから、騎馬隊に転属すりゃいいじゃねーか。・・・前々から思ってたんだ。女のお前が先陣切って歩兵で出なくてもってさ。どんなに鍛えたって力負けするのは分かってるだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
私はリィバーの方に身体ごと振り向いて、肘を窓枠に掛けて、先程よりきつく上目遣いに睨み上げた。
「私に一度も勝った事がないくせに、言う事だけは一人前なんだね」
「そりゃオレは非力な一歩兵ですから」
言いながら窓際に寄り、下で馬上から喝を飛ばしているフリックさんに視線を移して、少し呆れたような口調で言った。
「・・・あの青いマント、目立つよな〜。意識してやってんのかな。青が好きとか?」
私はリィバーが何を言いたいのか充分に分かっていて、わざと知らぬ顔で話題を転じた。
「非力な一歩兵は昨日、部屋の腕相撲でだいぶ儲けたと聞いたけど。当然、奢ってくれるんだろ?」
にやりと笑って言った私に対し、リィバーはいつものおちゃらけた表情を消した。そのまま、私の正面ににじり寄る。
「・・・フリックさんが好きなら、ちゃんと言っとけよ」
「・・・・・・・・・」
「オレ達はいつも先陣切って出るんだ。・・・それこそ、いつ死ぬか分かんねんだぜ。何かあった時に後悔したって」
私はリィバーの話をわざと遮った。ひとつ聞かせてやりたくなった。彼を取り巻く色恋の、この城での現状のひとつだ。
「こないだグリンヒルから来た女の子、知ってる?」
リィバーは首を捻って考えていたが、それも少しの事で、ちゃんと私と同一の人物が頭に浮かんだらしい。
思い至った、と言うような顔で私を見た。
「・・あ、ああ、あの、はっちゃけた子」
「あの子が来てから、ひとつのジンクスが流行りだしたんだ。私達女性兵士の間で。・・・聞きたい?」
「ジンクス?」
「フリックさんは解放戦争時に恋人を失ってるらしい。女性の身で、かつての解放軍リーダーだったんだそうだ。で、その彼女の失われた命にあやかって、私達も名誉ある死を遂げようと」
「意味が分からん。ジンクスってのはどこに絡むんだよ」
「・・・フリックさんのマントに、気付かれぬよう触れると、戦女神の加護に賜れるんだそうだ」
至極無表情に言った私に対し、リィバーは少し考えてから、その様子を想像したんだろう。愉快そうに吹き出した。
「・・・・・・・・・・・・ブッ!・・そ、そりゃ、・・フリックさんも可哀想に・・・」
私はちっとも愉快じゃない。事ある毎に隙を狙ってうろついてる女性兵士の影を、不思議そうな顔で何も気付かず居る彼の顔は・・・・可愛いけど。
「そのジンクスが秘かに回り始めてから、マントに触ったとはしゃいでいる女兵士が急増したよ」
「・・・・・・・・・女って分からねぇ」
リィバーは少し怪訝な表情で呟いた。私は、リィバーと、そして同時に、自分の気持ちを納得させる為に、言葉を続けた。
「・・・・・私の、フリックさんへの気持ちは、そういったものと同様、ただの憧れだから。眺めているだけで楽しいんだ。あのマントがひらめいて波打って。・・青って綺麗だなぁと再認識したというか・・・・・・・・」
言っていて、つい視線が窓の外に自然に向いた。もう彼の姿は無かった。・・・少し残念だ。
「・・・・・・」
リィバーの探るような視線を感じて、フリックさんの姿を探すのについ言葉が途切れてしまった事に気付き、慌てて場を繕おうと体を派手に動かし、リィバーの方に向けた。
         大体、まともに言葉を交わした事がある訳でもないのに、何をどうするっていうの?リィバーの言うように、それこそいつ死ぬか分からないのに、恥をかいてからってのは絶対にゴメンだね」
「恥って、気持ちを告白する事が恥なのかよ」
私の言った事に、リィバーは私が考える以上に激しく反応した。言葉尻が苛ついてる。私は少し驚いた。この男はこういった事柄に対してはいつもおちゃらけているから、今の私の言葉に対しても、そんなに真剣に対応してくるとは思ってなかったから。
・・・だけど、どうしようもない。告白して、断られてる子を何人も知ってる。フリックさんは、とても哀しそうな顔をするって聞いた。
あのニナって子だって・・・泣いてるのを見た事ある。・・まあ、すぐ、立ち直ってたみたいだけど。


好きか、と、問われれば、好きだ、と、強く思う。
本当に、ちゃんと話もした事ないのに、・・・・こんな、初めて恋をするみたいに・・・・・・・・その事が恥ずかしい。

私はなんだか逆にイライラしてきた。なんでこんな、再認識させられるような事を。
そして、同時に、叶わない気持ちに追い立てられる、自分の中の葛藤が少し顔を出した。・・・嫌んなる。
「・・・・・もう、放っといて。そこまで構ってくれなくてもいい」
「・・・・・!              お前なぁ、・・・・・いっつも女扱いするなとか、オレら男を相手にこれでもかってほど暴れたくってる癖に、そんなとこだけ女っぽくなるなよ!気持ち悪いんだよ!」
リィバーは喉に物が詰まったような赤い顔でいきなり怒鳴った。私は言われた言葉の内容にカッときた。なにぃ?!
「きっ・・!言うに事欠いて気持ち悪いだって?!・・・よく言った。私に対してそこまで暴言吐けるって事は、それ相応の覚悟をしてって事だろうね・・・?」
「いっ、いや、その、今のは、ぐぇっ!!」
私は素早い動きでリィバーの首を右手に引っかけ、頭が並ぶくらいの位置まで落とし、両手で締め上げた。
リィバーが潰れたカエルのような鳴き声で謝ってくる。
「ゴッ・・・・ゴメン゛ナザイ・・・ぐえぇ・・」
「・・・・・・・・・そういえば、今朝、美味そうな葡萄酒の樽が酒場に仕入れられてた。それを頂こうかな?んん?」
「ごっ・・ご馳走させて頂きマスです・・」
「・・リィバーは、リィナさんに憧れてるって言ってたな?なんなら今日、私が話しかけて橋渡ししてあげようか?」
「やっやめろよ!んな恥ずかしい事・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
心の中では、してやったり、だったが、私は顔を作って、今私に対して言った事はなんだったんだっていうような顔をして真剣に睨んでやった。リィバーが慌てて反論する。
「だっ・・・だから、お前がフリックさんを見る目は、ただの憧れじゃないって気がして、・・・・・・オレは・・・」
・・・・・なんだか、いつもと違う空気だ。今日のリィバーはおかしい。
私は彼の纏っているアンバランスな空気が嫌で、彼の首を絞めていた手をスッと離すと、階下へと階段に向かって走り出した。
「・・・・・私達も訓練の時間だ。・・・・・・・・・・負けたらつまみも追加ね!」
「あってめっ!卑怯者っ・・・待てよっ!」
慌てて追いかけてくるリィバーに掴まらないように、私は走るスピードを早めた。






























「・・・・憧れと・・違う・・よな・・・?オレ・・・オ・・レは・・」




「オレは・・お前をずっと・・お前だけを・・ずっ・と・・見てたんだぜ・・・・意地・・張るな・よ・・」




「素・・直ん・・なれ・よ・・・お前・・可愛いぜ・・結構・・・へ・へへ・・」




「・・・・・ちく・・しょう・・・・・・・・見え・・ね・・」




「・・・・・・・・・・・・・・」
















オレは頼まれた書類の箱を執務室に運び終わると、私室からの廊下の間にある窓の前で、書類を抱えたままぼんやりと突っ立っているアップルに声を掛けた。
「ハア・・・・これで全部か?・・・アップル?」
「ええ・・・・」
窓から視線を離さずに、虚ろな返事をするアップルを不審に思い、オレは窓の方に歩み寄った。
「・・どうした?何を見てる?」
「・・・・・・・・昨日の戦いは・・本当に、激しかった・・・ルカの猛攻で、亡くなった歩兵がとても多くて・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
そこから墓地の様子が伺える事は知っていた。アップルがわざわざそこを私室に選んだのは、自分を戒め、同時に渇を入れる為だとも。
墓の数は日増しに多くなる。その中のひとつの前で、じっと佇む女兵士の姿が見えた。
涙は流していない。とことんまでに無表情で、そこには某かの強固な意志が伺える。自分で埋めてやったのか、手も体も泥まみれだ。手の泥はもう乾き始めているように見える。どれだけの時間、ここに突っ立ったままなのか。
だが彼女はまだそこから離れる気にならないらしく、眼前の墓標を見据えたまま微動だにしない。


ポツ、ポツリ、と、空から雫が落ちてきて、眼前の景色を灰色に塗り替えていく。
「・・・・・・・雨だ・・」
「・・・・・・・・行きましょう。私達は彼女の様な人がこの先出ないように・・早くこの戦いを終わらせる為に・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・フリック?」
「・・・あ、・・・・ああ」
呆けたような返事を返すオレを不思議に思いながらも、アップルはオレをそのままその場に置いて執務室へと上がって行った。
オレはその時、何故か彼女の横顔をずっと眺めていたくて、・・・その場から、離れる事が出来なかった。
その後も彼女と同じ時間、その場所からずっと彼女を見つめていた。

雨の勢いはさほど強くなく、だがやがてじんわりと地面を濡らし、彼女を濡らしていった。

長い、長い時間、彼女はただじっとそこに佇んでいた。














『恋の始まり』








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