「ビクトール」
オレは眼前で酔いつぶれる寸前のビクトールに話しかけた。


ティント市から帰還後のビクトールに、なかば強制的に酒場へと引っ張られたオレは、妙なテンションのコイツに引きずられつつも、ティント市であった事を聞き出し、今晩はオレの奢りで飲むという話に納めていた。
すると途端にバカほどに盛り上がり始めやがって、値の高い葡萄酒を樽毎足元に置いてしばらく大騒ぎだ。・・・まったく。

そんな饗宴が2時間ほど続いただろうか。遠征帰りの疲れもあってか、いつもより早くうつらうつらし始めた様子のビクトールに、オレは思いきって彼女の事を訪ねてみる事にした。・・・今なら、あれこれ勘ぐられる事も無しに、訪ねられた事も忘れてくれるだろう。

「ビクトール」
「・・あ、あぁん・・?なんだよ・・」
「あのな、ひとつ聞きたいんだが、」
「・・・・・・・・んん・・」
頭を机に落として、右手だけブラブラと妙な動きで、『もう飲めない』とでも言っているのか。・・・やっぱり止めとこうか。
「・・・・寝るなら部屋に行けよ。レオナに怒られるぞ・・・っとに・・・」
オレはレオナの元に行き、代金を支払うと、カウンターで飲んでいたハンフリーに頼んで、完璧に動かなくなったビクトールを二人で支えて、奴の寝室へと赴いた。


「ったく・・・酔い潰れたヤツってのはなんでこう・・重い・んだか・・・・はあ・・」
「・・・・・・・・・こういう時、オレは自分だけは絶対に人の前で酔いつぶれまいと思う」
「・・プッ・・違いない。頼むぜハンフリー」
「ああ・・・・・」
自分の枕元でそんな会話が交わされているとも知らずに、オレ達に放られるようにベッドに到着したこのバカは、のんきに大口で大いびきだ。
・・・色々、複雑だったんだろうが。祝いは祝いでいいと吹っ切ったからこその醜態だろう。
オレはいびきの音のでかさに苦笑しつつ、ビクトールの部屋を後にした。

酒場に戻るか?というハンフリーの言葉に頷いて、オレは今一度飲み直す事にした。
階段を降りて酒場へ向かう途中、ワインの瓶を片手に、屋上への階段へと向かう、1人の女性の後ろ姿が目に入った。


自分でも驚くほどに、ひどく動悸がした。


あれ以来、一度、ビクトールの隊と共にいるのを見たきりで、その後城の中では彼女の姿は見なかった。
気にはなっていた。とても。探そうか、とも少し考えた。その後、どうしているのか知りたかった。
         だが、自分の事に手一杯だった、というのは、まあ、言い訳もあるが、彼女にとってはいきなりオレに話しかけられて、遠目に、死んだ誰かを想って佇んでいた姿を見たからと言われても、だから、どうした、という話でもある。
平常な状態のビクトールに女の事を聞こうものなら、やいのやいのとアレコレ突っ込まれて、挙げ句本人に橋渡しされたりの危険も充分に考えられる。それが怖くて、今まで言えずにいたのだ。

そうか、ひと月経ったんだ。・・・・月命日か。


「どうした。・・・・・あれは、か。知り合いか?」
ぼんやりとそこに突っ立ったまま動かないオレを、ハンフリーが不思議に思い、オレの視線の先を見てそう言った。・・・なに?
「え?今、」
「・・・・・・・・・知り合いか、と言ったんだ」
驚いた顔で聞き返すオレに、ハンフリーがそのまま抑揚のない響きで答えた。・・・違う、そこじゃなくて。
「・・・・いや、知り合いじゃない。以前ちょっと・・見た事があって。・・・名前・・・」
「・・・・という。歩兵連中の間では結構有名だ。ビクトールの部隊の猛者に混じって、見事に渡り合っている。女だてらに、大した戦闘能力の持ち主だ」
「・・・・・・」
綺麗な響きだ・・・・、と、つい名前を復唱してしまって、自分がすごく恥ずかしい事をしたような気持ちになって、再度階下へと急ぎ、慌てて言葉を繋いだ。
「そっそうか。そんなすごいのがビクトールの部隊にいるなんて知らなかったな」
「・・・・・・・・・」
結構いい勢いで歩き出したにも関わらず、ハンフリーは少しも離れずオレの横に付いた。無表情で黙り込んでいる。
長い付き合いのせいか、オレはこういう時のハンフリーが、何を考えているのか大体分かる。実はみんなが思う以上にハンフリーは、事に繊細で、おせっかいだ。
ハンフリーが急に、オレの前に躍り出た。そして、オレをその場に固定するような言葉を吐いた。

「いい傾向だ。・・・待っていろ」

           い、・・いい傾向?!
「ちょっ、ハンフリー、オレは、」
言い返そうと言葉を選んでいる間に、ハンフリーは酒場へと走っていった。待っていろと言われたからって、素直にその場にいるオレもどうかと思うが、ハンフリーが嬉しそうに見えて、・・・なんだか、動けなかったんだ。
やがて片手に酒の瓶を持って、オレの元に戻って来ると、オレの手にその瓶を持たせて、無表情にこう言った。
「今日はいい月夜だ。・・・・月を見に、行ってこい」
「・・・・・・・行って、って、・・・オイ」
「オレは寝る。じゃあな」
そしてハンフリーは、その場に呆然と佇むオレを残し、オヤスミと手を掲げて、そのまま寝室の方へと行ってしまった。
「・・・・・・・・・・」
オレはそのまましばらくそこに、赤い顔で突っ立っていた。・・・・・気が利きすぎだ。


「・・・・・いい傾向、か・・あんな嬉しそうに言いやがって・・」

心配させているんだという事を、オレは、その時改めて認識した。
そして、ゆっくりとため息を吐いて、屋上への階段へと向かった。


















「・・・・・・ハァ・・」
少し飲み過ぎたかもしれない。まあ、たまにはいいだろう。こんな夜も。

私は訓練後の遅い夕食の後、酒場で上等の酒を二瓶買い、そのまま墓場へ行き、リィバーの墓標にドボドボと一本丸々開けて、自分もしっかり一本飲んだ。ふと空を見上げたら、あまりにも月が見事だったので、屋上で飲みたいな、と思い立ち、もう一本買って、そして今に至る。
二本目の酒瓶はもう半分ほど減っていた。かなりのハイペースだな、と考えて、一度瓶を床に置いた。
そして自分も直に床に座り込み、周囲に誰もいないのをいい事に、殆ど寝っ転がるような姿勢で月を眺めた。

綺麗。月の周囲が少し、青い。
・・・・・最近彼の姿を見ていない。リィバーの死以来、私は、彼の姿を目で追う事を止めていた。
意識しなければ、すれ違っても気付かないような、そんな毎日。
戦う事にだけ、専念している。・・・やれば出来るんだ。そういうものだ。・・・・それだけのものだ。


『だっ・・・だから、お前がフリックさんを見る目は、ただの憧れじゃないって気がして、・・・・・・オレは・・・』

・・・・・そうだ。ここのところ、とみに、・・・・・自分でも、おかしいくらいに、彼の姿を求めている。
そんな自分の想いが怖くて、見ないフリをしている。
だってそうだろう?どんなに想ったって、そして、それを伝えたところで、返って苦しめるくらいのもので、・・・


・・・・・・・・・本当は、見たい。彼の姿を。
見られるだけでいい。いつ死んだっていいって思いながら毎日過ごしている。その時に、彼の姿が瞼に浮かべば、もう、それでいいんだ。


戦場なんだ。ここは、色恋に夢中になっていい場所じゃない。


・・・・言っていて、少し笑えて来た。生真面目にそんな事を言ってたって、気持ちが消える訳じゃないのに。

「・・・・・ハア・・・」
少し、いや、だいぶ酔ったかもしれない。まとまらない理念と感情の渦に引き込まれて、なんだか悪酔いしそうだ。




「・・誰か居るのか?」


・・・・・・・今、

・・・・・・・・この、声・は・・・まさか・・


私は、まったく予想だにしていなかった今この場での問いかけの響きと共に、急に自分を襲った動悸に吐きそうに緊張しながら、それを声に出さないよう、静かに返事をした。
「・・・はい」
「・・・・先客がいたか。・・・隣、いいか?」
その人物の姿を、私から確認出来る位置まで歩み寄って、その人はふわりと笑った。

なんで?どうして・・・?!

「・・・・・・・・はい。・・どうぞ・・」
私は自分の動悸の音で頭がどうにかなりそうだったが、とにかく不審がられるのは嫌なので、プライドをエネルギーに、一呼吸置いてから、抑揚のない声色を繕い、返事をした。
フリックさんは、淀みのない歩調で私の隣まで歩み寄り、ひとつの躊躇もなく座り込んだ。反動でふわりと、マントの端が舞った。

















屋上は広い。
人の姿を認めたからと言って、何もわざわざ傍らに座る事はないと思う。だが、自然に振る舞おうと思えば思うほど、近付こうとしてしまう。
不審に思われはしないだろうか?・・・・ええい、成ったが良し、だ。
オレは緊張しているのを彼女に気取られないように、出来るだけ自然体を装い、隣に陣取った。

ひと月前に、どうしてあんなに彼女の横顔に惹かれたのか、自分でもよく分からない。
ただ、見ていたかった。見つめていたい、と、思ったんだ。
今の彼女は少し酔っているのか、あの時よりも頬の血色が良く、瞳も心なしか潤んでいて、・・・色っぽい。
・・・・いかん。黙ってたらこの上なく不審人物だ。
オレは頭の中でぐるぐると、不審でない話題を探した。だが、ここに来た目的が目的な為に、そう簡単に出て来る訳がない。
オレは沈黙に困って、結局素直に、しかし出来るだけ今思い出したような顔で、ひと月前の事を言った。
「・・・そうか、月命日か」
「え」
言われて、とても驚いた顔でオレを見た。・・・そりゃ、驚くよな。・・・もういい。この際だ。言ってしまえ。
            見たんだ。墓場で、雨の中ずっと固まってるのを。・・・・・恋人だったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・いえ。彼は・・兄弟のように深い繋がりのある、・・・他人でした」
「そうか・・・・」
彼女は、暫しの沈黙のあとに、無表情に、それだけをポツリと言った。
オレは、一言だけ返事をした。


オレはここに来て、改めて、自分がそうと意識して、女性とこういった状態になるという事から遠ざかっていたんだという事実に打ちのめされそうだった。
オレはわざわざここに彼女を落ち込ませに来たのか?そもそも、オレは一体、どうしたいんだ。
彼女と、どうなりたいっていうんだ。



「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・フリックさんは、」
情けない事に、自分の考えに一杯一杯になって黙り込んでいると、彼女が先に口火を切った。
オレは慌てて返事を返した。
「ああ、オレは・・・っと、名前、」
「それは、もちろん知っています。なによりそのマントは目立ちますし、戦いぶりも・・・尊敬しています」
「尊・・ああ、ありがとう。改まって言われると・・その、照れるな。はは・・・」
適当にお茶を濁すように返答したが、実は激しく動揺していた。こ、このマントはそんなに目立つのか?と、いうか、尊・・・・敬・・か。嬉しいような、・・・、切ない、ような。
「私はビクトールさんの歩兵隊に所属しています、といいます。・・初めまして」
「・・ああ。知ってる。女だてらに、凄腕の持ち主だって、評判を聞いた」
「・・・・・・・そんな事はありません。・・ですが、嬉しいです。ありがとうございます」
オレにそう言われて、彼女が微笑んだ。・・・真っ直ぐ見ていられなくて、視線を下げると、半分になった酒瓶が目に入った。・・・あれからそんなに経ってないぞ?
「・・・酒は結構、飲む方か?」
酒瓶を指差して言うと、はまた微笑んで、オレを見た。
「・・・普段は、そんなには。たまに、酔いたい時、・・・・・そういう時には飲む方かも。・・・・強いかと言われれば・・どうでしょう。この城には、お酒に強い方が沢山いますから・・・」
潤んだ瞳が笑うたび、オレの動悸は激しくなった。・・・困った。こんな気持ちは本当に久しぶりで、どうしていいか検討もつかない。
オレはここに来た時と同様、平常心を出来るだけ装った。に合わせて、自分も、笑った。








楽しい。
こんなに緊張するのも久しぶりだけど、隣で笑う彼の表情が私の心に染み入るたびに、さっきまでの暗然としていた胸中が暖かく綻んで行くようで、私はずっと、はたから見ている人が居たらきっと不審に思うくらいに、どうでもいい事で笑っていた。
酔いに任せて、勢いもあった。酒の話からつまみの話に転じて、いつから飲んでたなんて昔語りにまでなっていた。
10年くらい前に一時、訪れていた土地の地ビールにはまって、狂ったように毎晩飲み続けていた事があったが、その時飲み過ぎたせいか今はビールが好きじゃない、と、そんな事を笑いながら話すと、少し驚いた顔で問い返してきた。
「幾つから飲んでるんだ?やっぱり結構飲める方なんだろう」
・・・フリックさんの返答で合点がいった。彼は、私をずいぶん幼く見ているんだ。
私は昔から童顔で、背もどちらかと言えば低い方だったので、年より若く見られる事に慣れていた。くすり、と笑いを含んで、彼に言った。
「・・・・そう言われますが、私は多分あなたとそんなに変わりませんよ」
「え?!」
やっぱり。すごい驚いた顔。・・・・・・楽しい。
「フリックさんは何歳なんですか?」
「オレは・・28だが、え?ホントに」
「私は29です。・・・一つ、年上になりますね」
「ええ?!!そっ・・え!!?・・どうみても、24、5とか・・・・」
「・・・・・それは言い過ぎですよ」
「そんな事はない!オレはそういう、お世辞とかあんまり言えない質で・・・・年上か・・・」
必死で言い募った後、驚いた顔で呆然と繰り返す彼の表情がおかしくて、私はつい吹き出してしまった。
「・・・クスッ・・あっは・・そんな、大げさ・・くっく・・」
「いや!決しておおげさじゃないぞ!言われるだろう?!」
「・・・・私が歩兵隊に入隊する時、ビクトールさんは私の年をピタリと当てましたよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これは本当の事だ。私は真剣に驚いた。それこそ、今のフリックさんみたいに。
ビクトールさんは色々・・・経験して来たらしく、ニヤニヤと笑いながら私をからかったんだったか。
「顔と手のギャップをとても楽しんでいました」
「手」
「女は手に年齢が出るんだそうです。・・・ついで、脱がして身体も見てみたいと言われたので、机ごと蹴り飛ばしてしまいました。・・あの時は本当に・・ついカッと来て・・申し訳ない事を・・」
「・・・・・・・アイツ・・!なんっつー事を・・・・・て、え?蹴り・・・ブッ」
「・・・受け身を取る間も無かったみたいで、見事に椅子と机と一緒にひっくり返ってました・・・」
「ハッ!・・アーッハッハッハッ・・!バッカ・・アイツ・・いい気味だ!」
赤い顔で反省の意を唱える私とは対照的に、フリックさんは本当に愉快気に大笑いした。
この二人の仲の良い事は知っている。私はとても羨ましく思っていたので、大笑いするフリックさんの事も、とても微笑ましく感じた。
ついで、余計な事も口にしてみた。・・・反応が見たくて。
「・・・フリックさんの騎馬隊も、入隊面接の時にはそういった事があるんですか?」
「アハハ・・え?・・・え?!オ、オレはそんな事は、」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「第一、オレの隊には女性は本当に居ないし、あ、いや、別に女性蔑視してる訳じゃなくて、その、」
・・・・・必死だ。・・・この人、本当に、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フリックさん、て、」
「は」
「・・・・・・もしかして、かなり、・・・・・素直な人なんですね」
フリックさんの反応がなんだか嬉しくて、微笑ってじっと見つめてしまった。本当は心から、可愛い人だと言いたかったけど、さすがにそれは我慢した。
「素・・と、年上だと思って、急に優位に立ったな。分からんぞ。男なんて、腹で何考えてるか」
からかわれたと思ったのか、フン、と、赤い顔をして拗ねたようにそっぽを向いた。ついで、酒瓶をぐいっと煽った。

・・・私、だって、今こうやっている間だって、あなたの分からないところで、何考えていると思って。

頭がガンガンする。急に酔いが激しく回りだしたような気がする。
・・・・・・・今日初めて、まともに言葉を交わしたのに。
あまりの心地良さに、・・・・・このままだと、溺れてしまう。



「・・・・噂の、解放戦争の時に亡くなった恋人、という女性も、きっとこんな気持ちだったんでしょうね」
「・・・・?」
「・・・・あなたの側にいると、きっと、とても安らげたんでしょう・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
唐突に彼女の事を言われて、フリックさんは顔を強張らせて黙り込んでしまった。
怒らせただろうか。
「・・・・・・・・・・・すみません。・・・さしでがましい事を言いました。その女性に会った事がある訳でもないのに」
でも、今の私の素直な気持ちなんです。と、言葉を続けたかった。          でも、言えなかった。

一時の沈黙の後、フリックさんが静かに、本当に静かに、その名を口にした。
「・・・オデッサの事をどこで?」
「・・・・女性兵士の間では有名ですよ。フリックさんはもてますから・・・でもアプローチしても絶対受け入れてもらえないって。解放戦争の時に失った恋人の事を今でも愛しているって・・」
「・・・・・・・・・・」
私は、フリックさんの表情の変化をひとつも見逃すまいとするかのように、彼の横顔を見つめた。彼はとても張りつめた表情をして、一点を見つめ続けていた。

・・・ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。
思い出させて、苦しめて。
でも、そうしないと、私は、このまま、あなたの笑顔に、・・・・・・・・



私はわざと明るい声色で、沈黙を破った。ひとつ、ずっと、自分に願っていた事柄を、今なら叶えられるかもしれない、そう思って。
「・・・・・・・ひとつ、こんなジンクスがあるんです」
「・・ジンクス?」
「ええ。・・・フリックさんに気付かれないよう、そのマントに触れると、戦女神の加護に賜れると。・・・知っていましたか?」
ひと月前に流行った、例のジンクス・・・。最近じゃ、例の、ニナという子が睨みを効かせて、実行不可能になっているらしい。・・・・・そして、以前、それを実行に移せた女兵士の殆どが、今は、もうこの世にいない。
「・・・・・・・・・いいや!!全然!!・・・・じゃあ、今まで、」
「・・・・プッ」
予想通りの彼の反応に、私はまた吹き出してしまった。フリックさんは顔を真っ赤にして、あんぐりと口を開けている。私が吹き出したのを見て、片手で額を抑えて、深く俯いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〜〜〜〜〜!!・・これから気配に過敏になりそうだ・・」
「ダメですよ。気付かないフリをしていてあげないと。崇め奉られる人としての最低限の礼儀です」
私が笑いながら言い聞かせるようにつらづらと説くと、ウッと息が詰まったような顔で上を向き、空に向かってため息をついた。
「・・・・・・・・・・・・ハア・・全く知らなかった・・・」

・・・・・あなたは沢山の人に想われて、慕われているんです。
私の言葉で今後、それを今まで以上に意識する事になったとしても、バチは当たらないでしょう?
・・・・私が今、その沢山の中の1人に加えられたとしても。

「・・・・・気付かないフリを、していて下さいね」
「え?            ・・!」
私は驚いているフリックさんの顔を見ないよう、足元にふわりと広がっている彼のマントの裾を優しく手に取り、そっと口付けた。
「・・・・私に、戦女神の御加護がありますように・・・」




・・・・どうしよう。泣きそう。顔が上げられない。・・でも、どんな顔をしているのか、見たい。


私はこみあげて来る恋情と涙を必死で抑えて、出来るだけ平然とした表情を作って彼の方に顔を上げた。
彼は、私の方を見ないよう、顔を向こうに逸らしていた。・・・耳が真っ赤だ。

・・・気付かないフリだ。・・・なんて、可愛い人。

だめだ。涙が抑えられそうもない。

私は急いで立ち上がると、そのままフリックさんに背を向けて、出入り口の階段へ急いだ。月明かりでも顔が判別出来ないだろう位置まで来て、パッと振り向いて、一言だけ、言った。
「とても楽しい夜でした。ありがとうございました。・・おやすみなさい」
返事を待たずに、急いで階段を降りた。


そのまま誰にもすれ違わず、寝室まで辿り着くと、同室の者はみなぐっすりで、私は泣き顔を見られずにベッドに潜り込む事が出来た。良かった・・。
頭まで布団を被り、叶うはずのない気持ちを想って、自分に、泣いた。














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