辰伶
目が覚めたら、見覚えのある部屋に居た。
自分の部屋ではないけれど、毎日、自分の部屋のように行き来する、ここは、
辰伶様の、寝室だ・・このベッドは、辰伶様の・・・・・
は慌てて起きあがろうとして、ひどい頭痛と目眩に襲われた 。
ついで吐き気がまとわりついて、起きあがっていられず、またベッドに横になってしまった。
「目が覚めたのか?」
辰伶が隣の部屋から顔を出した。
上半身裸で、髪からは滴が垂れていた。
「 申し訳ありません・・・私・・」
はやっとの事でそう呻くように言うと、また目を閉じる。
目を開けているのも億劫なのに、閉じると目が回る。体中が心臓になったみたいにひどく脈打っている。
もう二度とお酒は飲まない、と、心中苦々しく思った。
つと、辰伶が、水差しをベッドサイドに運んでくれた。グラスに水を注いで、を起こそうと手を伸ばす。
はその手を遮るようにして言った。
「すみません、今は・・何も、口にしたくありません・・・」
の本心だった。生まれて初めてお酒を沢山呑んで、この世にこんなひどい状態があるのかという程に気分が悪いのだ。
なのに、辰伶は何を勘違いしたのか、イラついて、力の入らないを無理矢理抱き起こした。
「何が気に入らなかったのか知らないが、とにかく今は水を飲め!そのままでいると、喉が乾いて、余計ひどいぞ」
・・・・・・何が気に入らなかったのか、なんて、言わないでよ・・・。
は、心の中で一人ごちた。力の入らない手で、素直に水を受け取って、口に含んだ。
意外にも、とても美味しく感じられた。こんなに気分が悪いのに、水は美味しく飲めるなんて、人間て不思議。などとたわいもない事に意識を飛ばしていた。視線が虚ろになる。
「・・・・・・」
ふと、辰伶が無言で、を抱き起こした手に力を込める。
は、はっとして、自分を抱えている辰伶を上目使いに見た。
視線が交わされる。いつもと違う。
辰伶の視線の熱さに、自分の中の、今まで感じた事のない女の部分が反応する。
は、今自分達がどういう体制で、どういう状況なのか、やっと理解した。
ここは、辰伶様のベッドの上で。
辰伶様は、上半身裸のままで私の背中を抱え込んでいて。
なんだか顔の位置がとても近い気がする。裸の胸を通して、熱が伝わる。
辰伶様がゆるめてくれたのだろうか。服の襟元がはだけている。
はそこに辰伶の視線を感じた様な気がして、つと、襟を正してボタンを止めた。
のその動きに、何を思ったのか、辰伶はゆるりとを抱えていた手を離し、横になれ、と、一言言って、寝室から出て行ってしまった。
は、そういう気配にそのまま流されてしまうのが嫌で、思わず襟を正したが、どうして自分達が今の様な雰囲気になったのか、よく理解出来なかった。
もしかしたら自分が辰伶を好きだから、そうなればいいのにという思いからそう感じただけで、現実には、辰伶は自分のだらしなさに呆れて、どうしたらいいか対処に困っただけかもしれない。
はまとまらない考えが酔った頭に次から次へと飛び交い、言いようのない焦燥に襲われるのを感じた。
胸が苦しい。あちこちから辰伶様の匂いがする。
こんなとこにずっと居たら、切なさに気が狂ってしまう。
は頑張ってベッドから這い出そうとするが、やはりひどい。体が鉛のように重い。
それでもと、体を動かして前に出ようとするが、うまく足がついて来ず、ベッドから落ちて転んでしまった。スカートがめくれる。
の制服は、普通のタイプとは違い、特注で、足首までのマーメイドフレアーになっている。
動き難さを解消するために、横にスリットが入っていた。そしてエプロンもちょっと改造して、目立たないフリルにして、腰をぐるりと巻くように幅を取り、普段はスリットが隠れるようにしてあった。
今、エプロンの腰の後ろの紐はほどけて、横のスリットから足が思いきりよく太股まで顔を出していた。
物音に、隣室に居たらしい辰伶が、慌てて顔を出す。
「どうし・・・!」
あられもない格好で転がっているを見て、辰伶の息を呑む音が聞こえた気がした。
は恥ずかしさに慌ててスカートの裾を引っ張る。
すみません、と、恥ずかしさに泣きそうになりながら立ち上がろうとするが、力が入らない。
先程からもう辰伶は、男として精神的に我慢の限界に来ていた。
人の話をまともに最後まで聞かず、何に腹を立てたのかいきなり酒をガブ飲みしたと思ったら、急にひっくり返って、いたいけな寝顔で自分を挑発し、目が覚めたら覚めたであられもない姿をさらけ出し、誘惑する。
が意識してしている訳ではないのは分かっていたが、好きな女の醜態というものは、辰伶でなくとも、正常な男なら頭から抱え込みかぶりつきたくなるものであろう。
だが、は自分の何事かに怒っている。
だから、今の状態のを無下に、自分の欲望に晒す訳にはいかない。まだお互いに、気持ちの確認をした訳でもないのだ。
辰伶は、話をややこしくしているのは自分なのだという事は露ほどにも知らず、そう自分に言い聞かせ、目に焼き付いたの白い足に、ともすれば反応しそうになる自分を押さえつける為、必死に精神統一をした。
起きあがろうとして、上手く力が入らず、また転びそうによろめいたを辰伶がすっと支え、そのまま抱き上げた。
恐縮して、降ろしてくれというを無視し、再度ベッドに乗せる。掛け布団での体をすっぽり覆ってから、自分はベッドの端に座った。
は先程からの醜態が恥ずかしくて、辰伶の顔を見られず、目を伏せて、すみません、申し訳ありません、と謝り続けた。
ふと、辰伶が笑って言った。
「・・・オレ達はつきあいは長いと思うのだが、のそんな顔を見たのは初めてだな。ふん・・もっと面白い顔が見られるかもしれない。あのな、お前が落としたオレの下着、どこにも無いぞ」
「えっ?!どこにも、ですか?」
「ああ、全然見当たらない。明日にでも、落とし物、として、宮城の案内板に貼り付けられていたらどうしようかと今悩んでいた所だ」
はそう言われて、とても微妙な顔つきをした。笑いたいのに笑えない、どうしたらいいのかというような、どっち付かずの顔。
返事が出来ずにいるを見て、辰伶はとても愉快気に目を細めた。
「そういう時は笑え。可愛い奴だな」
その言葉と、優しい響きに、は心底困ってしまった。分からないのだ。
辰伶はこの状況をとても楽しんでいる様に見えるのに、どう判断したらいいか分からない。
先程、食事した店で、辰伶が意識して言った訳ではないにせよ、自分は手ひどく振られたように思ったのに、今の自分達の間にある雰囲気は、自分の勘違いでないように思える。
分からない。
この人が何を考えているのか。
どうしてそんなに優しくしてくれるのか。
は男性経験がない。以前、婚約破棄した相手と、食事を共にさせられた時、そのまま一夜の相手をさせられそうになって、体調不良を理由に必死で退いた事があった。
男女のそういう雰囲気には独特の熱っぽさがあり、双方に愛情がなくとも、片方に勢いがあれば流れで最後までいっても決して不思議ではないと、理解していた。
そして、そういう時の男性は、愛情がなくとも行為に至る為に、女性に対し必要以上に優しくなれるのだという事も。
今、自分に優しくしてくれている辰伶が、そうだとは考えたくもなかったが、は自分に向けられる視線だけで相手の真意が推し量れる程に、辰伶の事を、男の事を、知り尽くしている訳ではなかった。ましてやこの状況で。
は思い切って、心に引っかかっていた事を聞いてみる事にした。
伺うように辰伶の瞳の奥を覗き込む。
「・・・・先程の女性は、戻った時にはもう、お部屋にはおられなかったのですか?」
の問いかけに、辰伶の先程までの穏やかな微笑みに、一瞬にして影が走る。
「・・・・・・門番に、家の者が付き添って帰って行ったと聞いた。それが?」
「・・・すみません。話を聞いていました。・・ちょっと可哀想だったのではないでしょうか?あの女性は辰伶様への恋心故に必死で・・・」
が、酒に焼けたかすれた声でそこまで言うと、辰伶が急に勢いよく話を遮ってまくしたてた。
「そうではない!先の戦以来、上流の者・中流の者、と、割って来た人々の間で価値観がおかしくなって来ていて、縁組みでそれを取り戻そうとやっきになっている古い方々が、無茶な縁談を進めたりするのだ。以前なら断れた、悠に相手を選べた立場の人達が、今、自分達の立場を断固としてゆるぎない位置に確立したがっている。あの女性はオレに対して必死なのではなく、自分の立場をよいものにしようと必死なのだ。決してオレへの恋心など抱いてはいない!・・・・まったく、紅の王が宮城を下々にも開けたものにしてしまってからああいう不心得者が多くて困る。勘違いも甚だしい・・」
辰伶は、話しながら、今日の夕方に紅の王から聞いた、への求婚者の話を思い出し、憤っていた。
そうだ、今日の話も、まさにそうだ。
オレは、に何をしようとしていたのだ。
身勝手な者達への怒りは同時に、自分も身勝手だったのだと思い知る形となり、眼前のに対し、急に後ろめたくなり、視線を逸らしてしまう。
だがは、そんな辰伶の様子には気付かずに、辰伶に続けて問うた。
「・・・多い?今回が最初ではないと?」
は驚いていた。毎日辰伶の部屋に来ているが、今日の様な事に出くわしたのは初めてだった。
自分の知らぬ時にあの部屋で、何度もそういう事があったのか?
冷静に考えれば、そういう事をしつこく訪ねる事は失礼な行為だと分かる筈だが、今のは
辰伶に対し、そんな配慮を持つ余裕などなかった。
好きな男の事だから、その身に起こる事全て、知りたかった。その熱情を今まで必死で封じ込めていた。酒のせいで、そのタガが外れていた。
は辰伶に、再度問いかけた。
「いつも押し倒されてるんですか?」
その問いを聞いて、辰伶は逸らしていた視線をに戻し、一瞬とてもキツイ顔をした。
だがにとって、とても重要な事なのだ。は、辰伶に「無礼な!」と叱られても、聞きたい、と、必死になっていた。
が目線をそらさず、惑わず、辰伶を見つめ返していたので、辰伶は、少し神妙な顔つきになって、言った。
「・・・はしたない事を気軽に口にするな。・・・・・あんなのは初めてだ。少々油断した。今日は、ちょっと・・考える事があった。だから、話しながらもそっちに気持ちが行ってしまっていて、彼女のとっさの動きに気付けず、無様にあんな事に・・・・」
「そうですか・・」
は、辰伶の言い様に、意味もなくほっとしていた。だからなんだと問われれば、今の自分の立場では、返す言葉もないというのに。
そうだ。自分はただの『世話係』なのだ。
自分達の間にあるものは、只の主従関係なのに、調子に乗って聞き出し過ぎた。不快な気持ちにさせてしまった。と、安心したと同時に後悔が沸き上がってきて、はすぐ謝ろうとした。が、それより先に辰伶が口を開く。
「お前の事だ」
「え・・?」
「お前の事を考えていた。今日、夕飯に誘おうと、行くならどこがいいかと」
辰伶が、真剣な表情でを見つめていた。
は、今自分に対し言われた事がすぐには理解出来ず、ただ驚いて辰伶を見つめ返していた。
胸が苦しい。
辰伶様は今何を言った?
いい方に考えちゃいけない。この状況で、またさっきみたいに勘違いだったら、もう立ち直れない。
は必死で、ともすれば叫び出しそうになる熱情を押さえ込んでいた。辰伶が、再度口を開く。
「お前は、さっき店で、何に怒ったんだ?」
辰伶が、今度は自分が聞く番だとばかりに、を視線で押さえつける。
は、訳も分からず、もう泣き出してしまいそうで、両手で顔を覆い隠してしまった。
何も言い出せる筈がなかった。何故怒ったかなど、話せる訳がないのに、どうしてそんな真摯な表情で、自分を見つめてくるのか。
「・・・・・」
再度、辰伶が問いかける。が、は黙り込んだままで、返事をしない。
このまま乱暴に、両手を押さえつけて、何もかも奪ってしまいたい。
辰伶は攻撃的な衝動に駆られていた。やめろ、と心で制止の声が響くのに、つと、右手がの顔を覆っている腕に伸びる。
触りたい。
辰伶は、気持ちの赴くまま、の腕を熱っぽく撫でた。
が体全体で、怯えたようにびくっと反応する。
「・・・・・っ・・」
ふと、気付くと、は泣いていた。
声を押し殺して、顔を覆い隠して、両頬を涙が次から次へと伝っていく。
辰伶は、の涙を見て、それまで興奮していた胸中に、冷たいものが降りてくるのを感じた。
拒否されている、と、の涙をそのように理解した。
辰伶はの腕からすっと手を離し、すまなかった、と、小声で言ってから、そこから立ち去ろうとしたその時、がぽつり、と、言った。
「・・・・どうしたら・・いいんですか?・・」
「・・何だ?・・・?」
「 私は、どうしたらいいんですか?私は、只の、世話係です・・私の気持ちを・・・伝えたところで、あなたが・・どうできる訳でも・・ないでしょう・・?」
「・・・・!・・・・!」
辰伶は、の押し殺した泣き声と共に、紡ぎ出される言葉の意味を悟った時、切なくて歯痒くて、もうどうしようもなく抱きしめたい衝動が押し寄せて来て、我慢出来なかった。
の、顔を覆っている手に、自分の手の平を乗せて、指と指とを繋ぎ合わせる。
強く握ったまま、の顔から手をどける。
はゆっくりと目を開けて、涙に潤んだ瞳で辰伶を見た。
辰伶は、の視線を受け止めて、そして、
深く、深く唇を重ねる。
辰伶の舌が、の舌と交わう。奥へ、奥へと、が息がつけない程に、強く押し入ってくる。
「・・はあっ・・は・・・ふう・・・」
衝動のままの長い口付けから、辰伶がの唇をやっと解放して、濡れた瞳で見つめて言った。
「・・・・・嫌なら、言ってくれ。オレは・・・」
「・・・・・・」
「・・・・お前が・・・好きだ・・。・・・・抱きたい 」
辰伶は、返事を待たずに、に再度、深く口付けた。
「・・はっ・・あ・・・・・っ・ん・・」
更に激しさを増してくる辰伶の口付けに、は息も付けずに、苦しさに身を捩る。
が、辰伶はいつのまにかの両手を左手で、頭の上で押さえ込み、身動き出来なくしていた。
辰伶の右手がの胸元に伸びる。
「・・あっ!しんれ・・さま・・っ・・」
「・・・・様はいらない。呼んでくれ、辰伶、と・・」
辰伶は完全にタガが外れていた。今まで押さえていたものが、怒濤の様に押し寄せ、辰伶の男を激しく追い立てていた。
の体を思うがままに、深く、深く、自身の知らないところまで責め立てる。
辰伶の愛撫は、まさに激情、そのものだった。
激しく、更に激しく、の全てを貪り尽くすかのような辰伶の動きに、は、考える事、そしてとまどう事をやめた。
辰伶の名を呼び、愛撫に反応し、高い声を上げ、夢中になってしがみつく。
互いに、互いの体の熱で、相手を芯まで溶かし尽くす様に、腕を、足を、強く絡ませる。
辰伶がの中に全てを解き放った時には、は意識を手放していた。
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