辰伶
「目が覚めたのか・・?」
が一瞬の深い眠りから覚めると、辰伶が自分に腕枕をしたままで、心持ち上から自分の顔を覗き込んでいた。
半時ほど眠っていたのだろうか。外はまだ暗い。お酒がまだ少し体に残っている。
はぼんやりとした頭で、辰伶の胸元の心地よさについ顔を寄せて頬ずりをしてしまった。
「気持ちいい・・・辰伶様の匂い・・」
辰伶がそのの動きに軽くため息をつく。
「・・・またしたくなる・・いいのか?」
は辰伶のそのセリフに思わず体を少し引いてしまった。赤い顔をして上目使いに辰伶の顔を軽く睨んで言った。
「・・・・仕事に差し支えますので」
が言ったそのセリフに辰伶がムッとした表情で答えた。ついで、少し離れたの体を力ずくで引き寄せ、自分の体と密着させる。
「休みにする。二日酔いでは業務に差し支えよう。下の者にも示しがつかん」
「なっ!辰伶様・・」
「様はいらんと言った筈だ」
「・・・・・」
「先程は呼んでくれたな。オレをとろかす様な甘い声で、熱く、辰伶、と。組み敷かんと呼んではくれないか?」
が返事も出来ず赤い顔をして、辰伶から目を反らしたまま俯いていると、辰伶はすっとの顎を持ち自分に向け、有無を言わさず口付けをした。
長く、熱い口付けの間から、が必死に訴える。
「辰・・れ・・・・ん・やっ・・」
いや、という言葉が聞こえて、辰伶は動きを止めてを見た。
「どうした?」
「・・・体が・・その、汗をかいているので、」
赤い顔で必死に訴えるが可愛くて、辰伶は思わずそのまま事を続けそうになったが、ぐっとこらえて体を離し、ベッドから降りた。振り向いてもう一度軽く口付ける。
「今湯を沸かしてくる。待っていろ」
裸のまま寝室を後にした辰伶の気配を、は息詰めて、気持ちでじっと追っていた。
ざっと流している音。湯船を洗ってくれているのか。しばらく待って、湯を溜める音がし始めた。
はその音を気配で追いながら、心で先程の情念の余韻に浸る。
こんな風に夜を共にする事なんて、絶対ない、あり得ないと思っていた。
辰伶はそういった事に一切感情を割いていないと思っていた。なのに、先程のあの激しさはどうだろう。息付く隙も与えないほどに突き上げられ、そのさなかに何度も自分を強く抱きしめ、好きだ、と、愛している、と、囁いてくれた。
自分は、ずっと辰伶に愛されていたのか。
そういう対象で見ていてくれたのだ。自分を。
その事が今でも信じられない。
ふと、は自分の秘部に指を這わせた。そこは先程の余韻で、熱く火照り、しっとりと濡れていた。
辰伶が自分のそこに分け入って来た時の痛みと、そしてやがて奥に感じた興奮を。
自分が女として今まで感じた事の無かったその一時の幸福を、その絶頂を。
自分は一生忘れないだろう、忘れる事などできないだろう、と、は強く、思った。
想いを馳せる事が、余韻に浸る結果となり、先程の辰伶の熱の残り香にまた興奮をかき立てられている気がして、は慌ててそこから手を離し、辰伶が部屋に戻ってくる前にせめて下着くらいつけていようと、急いで下着を探した。が、ベッドの上には無い。
どこへ行ったのか、と、上半身を掛け布団で隠しつつ、ベッドから身を乗り出して探していると、辰伶の足音が近付いてきて、慌ててまたベッドに横になった。
辰伶が優しい表情でベッドサイドに立ち、へ手を伸ばす。
「・・行くぞ」
「え・あの・・あっ」
辰伶は戸惑うの肩と足の下に手を回すと、裸のままベッドから抱き上げた。
月明かりにの白い肌が浮かび上がり、艶めかしく波立った。
辰伶は思わずの全てに見とれた。
「・・辰伶様!お、降ろしてくださ・・・・こんな・・」
は赤い顔で慌てて胸と秘部を覆い隠すが、辰伶は構わず歩き始めた。
「・・・・・ずっと眺めていたいが、まずは先に風呂だ。せっかく張った湯が冷めてしまうからな」
辰伶は溶けてしまいそうな甘い視線でを見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
辰伶の今の寝室には、他の寝室にはない特別な仕様がいくつも施されていた。
そのひとつがこの部屋専用の、この浴室である。作りはそう大仰なものでもないが、人が足を伸ばしてゆったりと入れるほどの広さは持ち合わせていて、浴室の隅に薄ぼんやりと、小さな雪洞が揺れている。明かりの穏やかさが肌に心地よく、この部屋を使う人物が心から疲れを解きほぐす事が出来るように配慮されていた。
実はこの浴室は、が作らせたものだった。
改築の当時、この壬生にとってなくてはならない人物となった辰伶の、長年の世話係としての意見を問われ、一番に浮かんだものがこの浴室だったのだ。
本来入浴の際は、陰陽殿の中心部から西に位置する大浴場に通うのが常なのだが、地位の特に高い人物のみは自室に浴室を設ける事を許されていた。
つまり、五曜星だった時には望めなかったものだが、今は違う。疲れた体にむち打って、わざわざ大浴場に通う必要は無くなる。五曜星の時だって、普通の役職の人間の倍の仕事量は軽くこなしていた。今後は想像を絶する激務が待っている事だろう。
出来るだけ、疲れの癒す事の出来る空間を。
その願って、が装飾を選び、配置した。辰伶への気遣いが隅々まで行き渡った空間だった。
まさかこのお風呂に、自分が入る事になるなんて・・・。
そして、それが辰伶様と、一緒に・・・だなんて・・・!
想像もしていなかった現状が、また新たに次から次へとを戸惑わせる。
辰伶はそんなの戸惑いに素知らぬ顔で、を抱えたままゆっくりと湯船の中に体を沈めていく。
体に染み渡るお湯の程良い温もりに、の口から思わず、ほう・・・と、吐息がもれる。
「・・・気持ちいいか?・・酒は、だいぶ抜けたようだな」
「・・・・」
すぐ耳元から響く辰伶の優しい声色に、熱の籠もった色の濃い音を聞き分けて、は思わず目を閉じる。
と一緒に風呂に入る。
辰伶が改築後この風呂を初めて見た時、初めて入浴した時、一番に頭に思い描いた情景だった。
もちろん現実の光景になるなど、・・・なればどんなに幸せか、とは考えたが、なるとは思ってもいなかった。
先程ここに湯を張っていた時、その当時の想いが辰伶の中に鮮明に蘇り、それは今なら可能なのだとすぐさま考え至ったのだ。
それを行動に移した今、がどう思う、とかそういう事は全て、辰伶の念頭からは消え去っていた。
は、自分を充分に受け止め、そして自分はの中に全てを解き放った。
その喜びの最中に、何を遠慮する事もない。
は今、私の腕の中に在るのだから。
辰伶はこの上なく興奮していた。
今目の前でたゆたうの体。
湯に浸かり、優しく色づき始めている胸の膨らみに、つと、手を伸ばす。
「・・・・こんなに、綺麗な体だったのか・・・初めて見る想い人の肌の色とは・・こんなにも気持ちを高ぶらせるものなのか・・」
「あっ・・や・・」
目が離せない。この女のなにもかもから ・・・
辰伶は触れる所全てから与えられるの肌の感触に酔い、そして、今一番自分の気持ちの中を、とても強く支配している言葉を、後の事など何も考えず、ただ恍惚と共に口にした。
「・・・・ずっと側に居てくれるな?明日の夜も、次も、その先も、ずっと・・・・オレの、妻として・・唯一人の、人として・・・・」
の気配が変わる。
辰伶はなぜだかその瞬間、その気配を敏感に感じ取った。
燃え高ぶっていた気持ちに、膜が掛かる。
「・・・・それは、約束出来ません・・・・」
「・・・?」
「・・・・私は、ただの、世話係です・・女官長としての職務も、辰伶様から頂いたもの・・・私個人の立場は、・・・・・家柄も、何もかも、違い過ぎます・・・」
「・・・・・・・・何を」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙という名の布が、2人を覆い、そしてひとつの身動きも出来ずに、ただ呼吸のみ繰り返す。
辰伶はじっとを見つめた。
は顔を上げなかった。自分の鼓動に合わせて静かに揺れる胸元の波紋に、ただただ視線を合わせていた。
辰伶が口火を切った。
「 オレがそんな事を気にすると?そもそも誰に対してだ」
声にかなり苛立ちが含まれている。
辰伶にとっては苛立ちも無理もないともとれる。ただでさえ日頃から強要されている事柄だ。『家に合った条件に見合う娘と 』そんな事はこちらは耳が腐るほど言われ続けて来た事だ。
辰伶はあまりそういった事を真剣に考えた事は無かった。むしろケイコクという弟が居ると知ったその日から、そんなくだらない事に拘る必要性など微塵も意識しなかった。
したくなかった、と言った方が正しいだろう。どうでもいい、と、その事柄を真剣に考える事すらしなかった。
執政役に任命されてから、身辺がやたら慌ただしくなってきて、押し寄せて引きも切らぬ縁談に辰伶の母親もほとほと困り果てている様子だった。それに、辰伶の母親は、辰伶が年頃になっても、あまりにもそういう気配が無い事の方を気にしていたので、今を連れて里帰りしたならばきっと、そういった事にまったく無精だと困っていた自分の息子にも、実はそういう相手がいたのだという事に、そしてその人と晴れてそうなれるという事に、心から喜んでくれるに違いない、という確信さえあった。
なのに。
今やっと想う人を手に入れて、有頂天でその人との時を過ごしていた今この瞬間に、その想う人からその様な言葉を聞かされるとは。
「・・・」
「・・・・私にです」
辰伶が再度に返答を求めたその時、やっとが顔を上げ、辰伶を見た。
視線が心許なく揺れている。今にも泣きだしそうだ。
辰伶はのそのあまりの苦しげな様子に思わず息を呑んだ。
「・・・・・他の誰が気にしなくとも、私が気にします・・貴方は今、壬生の頂点になにより近い位置におられるお方。寄り添う方のお立場も、今後の壬生にとっては、とても重要な事です
。あなたはその位置におられる当人だから、それが分からないんです。今の壬生にとって、あなたのご結婚がどれだけ重要な事柄かという事を」
「・・・どういう意味だ。オレにはそれだけの影響力は無い。買いかぶり過ぎだ」
「いいえ、あります。貴方が奢った方で無いからこそ、その現状が見えていないだけです」
「・・・・・・・・・オレは、お前が、」
「・・・・・・・変えられない事柄もあるのです。私は、・・・・本当に、一生分の想い出を頂きました。もう、この先、誰とも・・・きっと・・・・・」
ぽろり、と、一滴、湯に零れる涙。
「・・・・変えられない事柄など、今のオレには無意味のものだ。そのようなものは、今のオレの中には、存在しない」
「辰伶様・・」
「様は要らんと言った筈だ!オレは・・・・お前がこの先誰とも交わらないと言うのならばオレだって、・・・お前と結ばれる事が叶わないというのなら、誰とも!」
「し・・」
「誰とも・・!・・・・・!」
バシャ!と、激しくお湯が跳ねる。
辰伶は力の限り、を抱きしめた。このような泣き顔など見たくはないと言わんばかりに、の顔を胸に抱え込む。
だが、
否定しているのは、自身なのだ。
ふと、紅の王の言葉が蘇る。
決めるのはだからね。君じゃないよ。それを忘れないように・・・・
ピク、と、抱きしめていた腕が反応する。
辰伶の表情に、影が走る。
違う、と叫ぶ声がする。こんなのは、違う、と。
だが、そんな少しの抵抗を、お前が間違っているのだ、と、低い響きがどろりと蝕んでいく。
自信がない。
引きずってでも、自分の元を離れられないよう縛り付ける事が、ただの傲慢なのか、それとも。
さきほど自分の名を呼び、猛っていた時に流した涙も。
今、自分の事を想い、慕うが故に流す哀しい涙も。
「・・・・上がります・・」
緩んだ手の隙間から、するりと抜けだし、湯船から上がるの体に、先程と同じように視線を奪われる。
だが高ぶりはない。代わりに駈け昇ってくる、狂おしい程の恋情。
はちらとも辰伶を見ずに、浴室の戸をゆっくりと後ろ手に閉めた。
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