アキラ
「最初、すごい目が細い人かと思ってました」
屈託の無い笑顔をアキラに向けて、が言った。
「そうですか、その目は見えないんですね。すごく自然過ぎて、全然意識してませんでした」
言われたアキラは、精神的にとても疲れを感じていて、にこやかにの相手をする気分では無かった。とにかく寡黙に、歩き続けた。
もう朝が来る。月は青白い空に仄かにたおやかに浮かんでいた。
ともかくこのままではやがて男が目を覚ますし、再度殴るのも脳に支障をきたしかねないので、アキラはにこの男の必要性を聞いた。
「逃げるのなら、話を聞く道中だけ、ご一緒しましょう。ですが、何かこの男に目的があって近付いたのなら、その目的は果たせたのですか?このままここに転がしておいていいんですか?」
「あ、はい。えと、とにかく、里の位置は聞き出せたので・・私の力量では、壬生一族に対してどうにもならないし、この人に仲間にもなってもらえなかったので、もういいです。ほんとは、どこらへんまで知ってて壬生一族に近付こうとしたのかも知りたかったんだけど・・」
「どうします?」
「はい・・うん、いいです。逃げます」
「分かりました。着替えてよろしいですか?」
「は、はい。・・アキラ・・さん、あの」
「・・・はい。なにか?」
の了解を得たものと、アキラは宿の寝巻きを手早く脱ぎ、自分の着物に着替えようと
手を伸ばした。はアキラに背を向けて立ち、何事か問いかけた。
「一人旅、なのですよね?お連れの方は・・おられないんですよね?」
「はい。居ませんよ。それが何か?」
シュル、と袴の紐を通し、結ぶ。背に刀を差して振り向くと、まだ後ろを向いたままのの肩に手をかける。
「お待たせしました。行きますよ」
「あ、はい。お願いします」
は、と、嬉しそうに笑うに対し、アキラは違和感を感じ始めていた。
先ほどのあの身のこなしは、何か鍛錬を積んでいないと出せない速さだと思うのだが、いちいち、言葉の端々が、抜けているように感じる。
それなりに修行を積んでいれば、精神も律され、言葉の端々にそれがどことなく現れるものだ。
にはそれがない。
ものすごく頭が悪そうだ。
演技をしているとも思えないし・・・。
なにより、私とは一切面識がない筈なのに、警戒心がひとつも感じられない。
アキラは音を立てぬよう階下に降り、玄関横の下駄箱から自分の草履を取り出し、素早く履いた。は、と見ると、懐から銭の袋と見られるものを取り出している。
「・・・・何してるんです?」
「あ、アキラさんの宿代を・・。私のせいでご迷惑をおかけしてるのに、アキラさんが悪く思われるのはいやだし・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・この宿屋は前払いですよ。もう自分の分は支払ってあります」
「あ、そ、そうなんですか?!ご、ごめんなさい!じゃ、じゃあ私の草履を、えと、・・・あれ?どこ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
演技をしていてくれたらと思わず祈ってしまいますね。
・・・・・天然ですね。この子は。まあ、気持ちは嬉しいですが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ。
上下左右の下駄箱を開けきって、やっと何事かに気付いたように、はたとアキラの足元の隅を指差した。
「あ!」
「え」
アキラの立つ位置の横の、少し離れた角に、女物の草履がちょんと、揃えて置いてある。は慌ててそれを履き、アキラの横に立った。
「ご、ごめんなさい。私ったら・・もしもの時に逃げやすいようにと下駄箱に入れなかったの忘れてました・・。あ、あの」
「・・・・・行きますよ」
アキラはの抜け加減に少し呆れて、愛想を言う気になれなかったので、至極事務的に応対し、玄関の戸を静かに開けた。
宿を後にし、静まり返った町並みを通り抜け、人家もまばらになってきた狭い通りにポツンとあるさびれた神社を見つけて、アキラはをそちらに促した。
アキラは宿からここまでかなり早足で歩を進めてきた。普通の女性ならついて歩くのに精一杯で、立ち止まれば息切れでしばらくはまともに話せまい。
が、は息切れひとつしていない。やはりなにかの鍛錬を積んでいる。
から、壬生一族の名がなぜ出たのか、詳しく聞き出さなければいけませんが、やはりただの間抜けと判断するにはまだ早いでしょうか。あの抜けっぷりは話術に長けているものなら、ごまかしともとれるかもしれませんし 。
「あ、あの・・」
顎に手をあて、無言でを観察していたアキラに、はおずおずと話しかけた。
「先ほどは本当にありがとうございました。そして今も、その、一緒に逃げて頂いて・・・」
「その事はもう過ぎた事です。まず先に、あなたと壬生一族との関わりの経緯を話して聞かせて下さい。いいですね?」
「はい」
は、唇をきゅっと一文字に引き結ぶと、自分の過去がアキラに間違いなく伝わるように、一言ずつ確かめるように話し始めた。
陽の刻の村。
ここから南に遠く離れた、暖かい地方に山深く隠された忍びの村で、は何不自由なく、幸せに穏やかに暮らしていた。
5年程前に、が、忍びの道を一生の道と、決めた者だけが受ける最初の試験の為に山を降りてから、ほどなく数日が過ぎようとしていた。
町外れで村の試験官と落ち合うのを、今か今かと待っていたが、一向に現れず、手持ちの銭も底をつき、だんだん不安になってきたは、村に一旦戻る事にして、数日前に下りた山道を、また再度登り始めた。
そしてわずかな変化に気付いた。
何かが焦げ臭い。
は異臭ともとれるその焦げ臭さを、自分の村からではありませんように!と祈りながら、急ぎ足で村に向かった。そして道中、着物の袂も、そしてその半身も無残に焼け焦げている、試験官として自分に命を下す筈だった男を見つけた。
木の影に隠れるように倒れている村長の長男、数矢の、その変わり果てた姿に、は息を呑んで駆け寄った。
「数矢さん!数矢さ・・!どうして・・一体・・・!」
は今自分が目にしているものが信じられなかった。数矢は村でも指折りの、忍術の使い手だ。実際、村の若い衆との手合いで、数人をものともせず一瞬にして地に叩きつけた勇姿を、は何度となく目にしていた。とてもかっこよくて、友達数人とはしゃいで声援を送ったものだ。
それなのに。どうして。
それと気付かず、ハラハラと涙を零して、数矢の体を抱えたは、ともかくもここより人に気取られにくい場所へと、茂みの中に移動した。
そして再度数矢の胸に耳を当て、口元に手を当て、生存を確認し、持っていた水の筒を取り出し、数矢の口に含ませた。
少し、数矢のまぶたが開いて、また、閉じた。
そして、ゆっくりと、懐から何かを取り出した。
「・・なに?これ・・?」
赤銅色の、手触りの良い布に包まれた、陽に照らされ緑に輝く美しい珠を受け取ると、数矢がその手を強く握り、息も絶え絶えに自分に語り始めた。
村に受け継がれてきた珠のことを。
一人前の忍びとなって、初めて明かされる村の秘密を。
そして、の身を案じた。
村長は珠のありかを言わずに死んだ。自分はちょうど出掛ける途中で異変に気付いて戻ったので、誰にも気付かれず珠を持ち出す事が出来た。そして逃げる途中、ものすごい炎が襲ってきて、このような状態になったのだという。
ただの雑魚と思われたらしく、深追いはされずにすんだが、どちらにせよ、もう、数矢の命は尽きようとしていた。
数矢はに、とにかく今は遠くへ逃げて、そしてどこか人目に付かない場所を見つけ、地中深く珠を埋めるよう言った。
「・・・・・・・生・・きろ・・・そし・・て・・・忘れ・ろ・・村の・・事も・・珠の・・こと・も・・だ・・・」
そして、動かなくなった。
は、しばらく数矢を抱え込んだまま、ことりとも動かなかったが、やがて、零れ落ちる涙もそのままに、振り返ることなくその場を後にした。
「走って、走って、とにかく走って、もう走れないと思った頃に、小さな沼を見つけて、そこに沈めようと思いました。そして、数矢さんの言ったように、すべて忘れよう、と。・・・・・・・・・でも、出来なかった」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・生まれ育った村を、大事な家族を、友達を、そして目指していた人を・・全てを忘れるなんて・・」
「・・・・・・・・・・・・」
思い出があるだけマシですよ。
アキラは心で、そう一人ごちた。
そして、状況的に自分の生い立ちが、の感傷とあまりにもそぐわなく思えて・・・の涙があまりにも清らかに、遠く、思えて・・・一瞬そんな風にごちた自分を、自重した。
折しもこの場所で、この様に流す涙をそんな風に貶めるように考えるのは、自分にとってとても哀しい事のように思えた。
だから。
私がここで流す筈だった涙を、変わりにがこの地に落としてくれているんだ、と、思うのはどうでしょう。
・・・・・・・何を考えて。私は。恥ずかしい。
アキラは、自分が何の気なしに詩的表現をしている事に気付き、また、の感傷に引きずられている事にも気付いて、慌てて視点を現実の今この場に引き戻した。
再度、の話に耳を傾ける。
「・・・・・だから、調べてみる事にしたんです。珠がよっつ揃う事によって、なんでも願いが叶うというならば、あとのみっつがある村にも、壬生一族の襲撃が行くかもしれない。珠を持っている事によって、危険は伴うけど、でも、幸い、私が持っているという事は誰も知らないのだし。・・・・・・・私の信条は、なんとかなる!なんですけども、なんとかなる!と、そう思って・・・探したんですが、なかなか、その・・」
「・・・・・・・・・・見つけられなかった、と?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
今のの話を要訳すると、不思議な珠を隠す村が珠の数と同じく四つあるとする。
そのひとつには住んでいた。
壬生一族の襲撃を受け、何の因果か珠の守り人となった。そして、また何の因果かほかの三つの村を襲撃から守りたいと思った。
だが忍びの里なら容易に見つかるような場所にはないだろう。のこの間抜けぶりが演技でないとするならば、人知れず潜んだ忍びの住処を見つける事は、きっと何年かかっても無理な事だろう。
アキラは神社のあがり端の一角に座り、腕を組んでに顔を向けた。
はしょぼくれた顔で突っ立っている。
「・・・・・・それで、今に至るんですか?」
「いえ!あの、逆に見つけてくれたんです。3ヶ月ほど前に・・・その人は私より少し年上で、とても美人で、初めて会った時はおんなじ女なのにこうも違うのかって、見とれて動けなかったくらい私好みで、・・・・・・今は、どこにいるか分からないんですが・・」
「はぐれたんですか?」
「・・・・・・・・彼女の・・暁の谷もやはり襲撃を受けていて・・珠ももう、私達の村が襲撃を受けるその4年前にすでに奪い取られていて、生き残った2人の友達と共に壬生一族を探っていたんですが、その最中に二人とも・・・なんでも、壬生一族の隠れ里・・というんでしょうか、私は見た事ないから分かりませんけど、半年ほど前に色々と揉めていたらしくて、色々なにか慌しかったので、スキをついて奪い返すことが出来たんだそうです。でもこのままではまたいずれ奪い返されてしまう事もあるかもしれないと、ほかの、珠を持つ村を探して、そして」
「あなたを見つけた、と」
の表情はアキラの言葉に激しく反応してみるみる輝いていった。
「すごかったんですよ!私、誰にもなにも言っていないのに、沼に行く途中にいきなり後ろから忍び寄ってきて、珠は私が持っている、って!すごい、すごいかっこよかったんです!」
よっぽど一人が心細かったんでしょうねえ・・と、子供を見るような、仕方ないなあというような表情での方を向いていたアキラは、ある部分でコケそうになった。
なんだって?
「あなたは珠を肌身離さず持っていたのではないんですか?」
「あ、いえ。やっぱりちょっと怖かったし、最初に辿りついたその沼に、袋に紐を縛り付けて、沈めておいたんです。時々珠の無事を確認しに行ってたんですけど、それを見られていたらしくて」
「・・・・・・・・・・・・・・」
呆れ果てたという表情のアキラに構わず、はニコニコと話し続けた。
「本当にかっこよくて、見とれてしまって・・・。その後色々話して、お互いの境遇を知って、行動を共にする事にしたんです。私、守ってもらってばっかりで・・・」
「・・・・・・・・・そうでしょうね。その方の苦労が窺えますよ。で?」
ため息をついて、次の言葉を待つと、は先程までの笑顔はどこへやら、ポロポロと大粒の涙を零し始めた。
「・・・・・・・・・壬生一族に付け狙われるのは、顔を知られている自分のせいだと。自分が珠を持っている事は知られてしまっているが、私の事は、まだバレていないから、と・・囮に・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・それからもう一週間になります。足跡を辿る努力もしてみたんですけど・・私には・・」
グスグスと泣いているの肩にポン、と、手を置いて、アキラは微笑んだ。
「・・・・生きていますよ。大丈夫です。あなたはその人が死んだとは思っていないんでしょう?」
するとは、顔を上げてじっとアキラを見つめて、大きく頷いた。
アキラは少し自分の中で整理してみる事にした。
何か腑に落ちない事がある。
壬生一族が珠を求めての村を襲撃したのは約5年前。
暁の谷を襲撃したのがその4年前。今から9年前ということになる。
そして暁の谷の生き残りという女性が珠を奪い返したのが約半年前。
二人が出会ったのが3ヶ月前。
壬生一族に付け狙われて二人がはぐれたのが一週間前・・・
珠を奪い返せたのは私達が暴れていたお陰でしょうが・・それはいいとして、 なぜこんなに襲撃の時間に開きがあるんでしょうね・・。
アキラは不思議に思った。
詰めが甘い。自分の知る今までの壬生一族なら、こうと知ればとことんまでそれを付け狙い、ものにしていた感があるが・・・なぜこんなにも時間の感覚が開くのか。ほかの二つの隠れ里になにかあるのだろうか。
それに、今はもう壬生一族は、表立ってやましい事はしない筈なのに、その女性は今だ追われているという。
「ひとついいですか?」
「はい。なんでも聞いて下さい」
クスン、と、鼻を啜り答えるに、アキラは言葉を選んで問うた。
「その・・追っ手というのは、壬生一族に間違いはないんですね?」
「そう、彼女は言ってました。私には見分けがつかないんですが、確かに常人離れした強さを持っているようでした。と・・彼女の名前ですが、と出会って行動を共にするようになってから二度、命からがら逃げ出しました。普通、私達のように忍びの鍛錬を積んでいる者の足について来られる人間など、そうはいない筈ですし・・」
「・・・・・・・」
と、すると。
「では、先ほど、私が倒したあの男の事について聞かせて下さい」
は、ビクッと身を怯ませた。
アキラは、先ほどの隣室での物音と気配を思い出して、ああそうか、と、を気遣う。
「・・・遊女ではないんでしたね。先程は失礼を言ってすみませんでした」
できるだけ優しく微笑んで、の方を向いた。
はそんなアキラの気遣いを察して、アキラに笑いかけた。
「いえ、私こそ、いきなり部屋に飛び込んだりして・・あんな風に男の人に組み伏せられたのは初めてで・・気が動転してしまって・・。・・・・月の里の忍びと分かったのは、耳の後ろの刺青に気付いたからです。私の村でも、一人前の忍びになると、丸い輪の中にもうひとつの丸い輪、という形の刺青を、耳の後ろに入れていました。の耳の後ろには、暮れていく陽を思わせるような形のがあるんです。その男のは三日月の形でした。から、暁の谷の刺青と、月の里の刺青は聞いていたので、一目でそれと分かりました。話しかけようとして、後を追って、角を曲がったところで・・・・・以前私達を執拗に追って来た壬生一族の一人と一緒にいるところを見たんです。何か話し込んでいる様子でした。私、この人が何か悪い事を企んでいるのなら、なんとしても止めなくちゃと思って、それで・・」
「また、なんとかなる、と?」
「・・・・・・・アキラさんに助けて頂きました・・」
再度恥ずかしそうにしょぼくれるに対し、アキラはクス、と、嫌味ではなく、自然に、笑った。
・・・一生懸命なんですね。だから、可愛いんです。分かりました。
アキラは、今度は自分の中の感情を、素直に認めた。
とてもじゃないが、演技をしているようにも見えない。これだけ長く話していて、毛ほどの怪しいそぶりも言葉も、アキラに気取られないようにするには、熟練の忍びでも手に余る。
ただただ一生懸命に、日々を過ごして来たに違いない。
・・・・努力に実績が伴わないだけで。
アキラは再度、に対し、優しく微笑んだ。
彼が毒づくのは当たり前の愛嬌だったが、そんな風に微笑むことは、真実珍しい。
この、ただ抜けているだけのように思える目の前の女性の、一人で彷徨っていた5年間を、少しでも労ってあげたかったのかもしれない。
をまた一人にするのも、忍びないな、と、アキラは感じていた。
「・・・・では、これから、どうします?」
アキラの問いに、ははっとして、アキラを見た。目の光が少し怯えている。
「あ、の、さっき、宿で、事と次第によってはって、言ってましたが・・・」
「ああ、あれは忘れてください。よく分かりましたから」
「はあ・・」
は、??、と首を傾げたが、深くは問わない事にした。
それよりも・・・・
「あの、私、・・・・」
「はい」
アキラは、が、自分に今後の道行の同行を求めているのは気付いていた。
腕に覚えのある連れがいれば、これから先の彼女の向かう先の状況を考えるにつけ、彼女にとってこれほど心強い味方はいないだろう。
それに、先ほども宿でそう言われたばかりだし、アキラとて、事情を聞いた以上、無下にあしらうつもりももう無かった。
だが、そこはそれ。彼特有の気まぐれさで、に最後まで言わせるつもりだった。
梵やトラならきっと、先に言い出して、先導して歩いていくんでしょうがね・・。
私は、意地悪なんです。
ちゃんと、お願いしてもらいます。
アキラが黙っての反応を待っていると、がええい!とばかりに気を込めて、言った。
「私、アキラさんに一目惚れしました!だから、・・・付き合って下さい!お願いします!」
アキラは真実、座っていた場所から地面にずり落ちてしまった。
BACK /
NEXT
KYO夢トップへ