アキラ
朝陽が眩しい。今日もとても良い天気だ。暖かい。
アキラはの告白を聞いて、ずっこけてしまって、しばらく固まったままだった。
本当に、そんな言葉が出てくると、ほんの少しも、まったく、考えていなかったので、すぐには対応出来なかった。
からの強い視線を体中に感じたが、今言われた事の返事など、思いつかないし、今までの二人の状況で、今、返事を考える事もなんだかとても変な気がした。
・・・・・・・・聞かなかった事にしたい。
アキラは何事も無かったような顔をして立ち上がり、に背を向けて歩き始めた。
は慌ててアキラの背に声をかける。
「あ!あの・・・」
その呼びかけに応じて、アキラはピタ、と、立ち止まり、背を向けたまま、疲れた声で言った。
「・・・・・行きますよ。さんという女性を探すんでしょう?」
「・・・・・・・・・・!・・・はい!」
のその返事の響きが真実嬉しそうで、アキラは少し照れくさくなった。
そして知らず頬が赤らんでいる自分に気付き、更に慌てふためき、焦っているという自分に対して、どおっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
そして嬉しそうに一人でペラペラと他愛の無い話をし続けるの横で、無言で歩を進めて、半日が経った。
「・・・・・・・お腹、空きません?ちょっと、待ってて下さいね」
「は・・・・・・?」
待つって・・どうする気ですか?
と、問いかけようとしたときにははもう、道を下って、下を流れる川に下りていた。
着物の裾をめくり、足をあらわにし、ジャバジャバと勢い良く川に入っていく。
この冬の最中に・・!ケモノですかこの女は・・・!
道々聞いたの話だと、は壬生一族と接触を持っていたその月の里の男に、自分が珠をひとつ所持している事を話してしまっているらしかった。自分の仲間になってくれればと必死で訴えたが、あのような顛末だったと。
という事はもうの事は壬生一族にバレてしまっていると思っていい。戻って男の口を塞ぐには、もう時間が経ち過ぎていた。
アキラは、追っ手が来てはまずいからと、なんの準備もせず町を後にした。
町を出てからは暫く、民家も店も何もない。次の町への道だけが暫く続く。
アキラは、がを探して彷徨った方向とは、逆の方を探そうと提案していた。
とにかく、何の手がかりも無い以上、一度探した場所を再度洗うより、ほかを当たった方がいい。それに、には言わなかったが、こちらの道は、実は狂とゆやが居るであろう、ゆやの故郷の方角だった。
壬生一族が絡んでる以上、狂には知らせたほうがいいでしょうしね。
狂の元へ赴くいい理由が出来ました。
そんな事を腹の下で考えながら、同時にの元気の良さに少し辟易していた。
「・・・・・・・・火を熾しておきましょうか」
ため息をつきつつも、さすがにこの時期に水に入っては寒かろう、と、魚が捕まえられる事に期待はしていなかったが、火を熾す事にした。
当たりを見回し、薪を探す。
この程度でいいだろう、と、薪を抱えて川の方に戻ってきた時には、川岸で6匹もでかい魚がビチビチと元気良く跳ねていた。
「・・ックシュン!」
薪がパチパチと音を立て、そして6匹の魚がジュウジュウと美味しそうに焼けていた。
は魚取りに夢中になり、着物を腰まで濡らしてしまっていた。アキラはさすがに見かねて、自分の上着を羽織らせてやった。
「・・・・脱いで乾かした方がいいですよ。風邪をひかれては困ります」
すると、は照れたように笑って、嬉しそうにアキラの上着を両手で引き寄せて前でぎゅっと閉じた。
「大丈夫。すぐ乾きます。私、風邪引いた事ないんです。すごいでしょ?・・・上着・・嬉しい。ありがとう・・」
「・・・・・・・・」
は、本当に嬉しそうに笑う。
アキラは、の底の無い純粋さに当てられて、少し後ろめたくなった。
自分は色々隠している。
二ヶ月前までの壬生一族との戦いの事。それから・・村を襲った壬生一族・・。
の村を襲撃に来た炎の使い手 ・・・
ふと、の足が小刻みに震えている事に気付いた。
「・・・・・・やっぱり、大丈夫じゃ無いじゃないですか・・・・・」
アキラは、本当になんの躊躇も無く、ごく自然な感情の動きに従い、の傍に寄って、の足を自分の膝の上に持ち上げた。
アキラの動きがゆっくりだったので、はバランスを崩すことなく自然にすっと手をついて、されるがままになった。
「・・・あ、の・・」
ついで自分の足を優しくさするアキラに、は戸惑い、頬を赤らめて、アキラを見た。
アキラは無言だった。ただ、優しくさすってくれていた。
は、本当にアキラに一目惚れしていた。
月の里の男から逃げ、慌てて隣室に駆け込んだ時は、一杯一杯で分からなかったが、自分の乱れた着物の襟を直してくれた時の自然な動き。一瞬の、優しい表情。
この人は、本当の優しさを知っている。
直感的に、そう感じた。
言葉こそは嫌味な揶揄を含むことが多いが、彼の取る行動がそれを示している。
はアキラが思うほど抜けてはいない。たった一人で5年間も頑張ってきたのだ。それなりの知恵と、人の顔色を窺うくらいの芸当は身につけている。
ただ、こうと思うと深く考えるより先にまず行動に移してしまう早急さがアダになって、あざとい事が出来ないのだ。そして性格は、基本は能天気の天下泰平型。
この二つが合わさってしまう事によって、「どこか抜けている」という印象を人に与えてしまう。
実は、アキラが何か自分にとって悪い隠し事をしている事には気付いていた。
でも、問い詰めなかった。
そして、あの町に居た目的を、これからの行き先を、なにかしなければいけない事があったのか、それをわざと聞かないようにしていた。
は、必死だった。
アキラと、・・この優しく強い人と、ずっと一緒にいたい、と。
そして、は決して軽薄な女ではない。極端にいえば、男性に対し、ずっとこの人の傍に居たい、と、必死な程思ったのは、アキラに対してが初めてである。
そう。いわゆるこれが、にとっての、初恋なのだ。
一目見て、直感で、この人と決めた。
は、そんな自分の気持ちに間違いは決してない、と、自分を強く信じていた。
そして、想いが届こうと届くまいと、今この瞬間を、この先後悔のないように、しっかり自分の中に留めておきたい。
目の前で自分を優しく労ってくれるこの人の中に、自分を留めていたい。
は、その日その日をただただ生き抜いていく事に精一杯だったモノから、急速に「女」に変化していった。
そしてその変化が、アキラの中の「男」を巻き込んで、鼻先をくすぐっている事にアキラは本能のみで理解し始めていた。
アキラは、暫くそうしていた。
やがて、の足に血の気が戻ってくると、その時初めて自分が異性としてとても照れ臭い事を平然としていたのだと気付き、その状況をどうしようかと戸惑った。
すると、アキラのその感情の動きを察知したかの様に、がすっと足を下ろし、アキラに向かって微笑んだ。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。・・・・魚、焼けましたよ!ほら、美味しそうvv」
ジュウジュウと音を立てている魚を目の前に突き出され、アキラは慌ててそれを受け取った。
気持ちの持って行き場がなく、焼けた魚を持ったまま暫く固まり、そっとの方に気を漂わせると、はもう頬張っている。ハフハフと、とても美味しそうに食べていた。
「美味しい〜!やっぱり魚は冬ですよね!実はもうお腹ぺこぺこだったんです!」
の無邪気な様子に、アキラは毒気を抜かれた気がして、ふう、と頬を緩ませて、に言った。
「・・・・いただきます」
「はい、どうぞv」
そのの返事が、なんだかとても心地良くて、アキラはここで初めてを、女性としてはっきりと意識し始めている自分に気が付いた。
その時は、ばかばかしい、と、否定して、魚に齧り付いた。
否定もできないほどに高ぶってどうしようもなくなる自分に、この先ひどく困らされる事になろうとは、露ほどにも考えていなかったのである。
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