アキラ





人肌のぬくもりは、なにかに似ている。
そう。
きっと。
これが、この広い世の中で唯一無二の、





アキラは、ふと気付けば、一人だった。
狂が拾ってくれなかったら。
梵がかばってくれなかったら。

四聖天として揺らぎの無い地位と強さを手に入れ、それでもいつか、何かしら枯渇したモノがあった。
その、モノの正体を、知っていて、知らないふりをしてきた自分。




初体験は四聖天時代、男として皆と並びたくて、皆に見つからないように。
その辺の子に声をかけて、いまいち何がいいのかよく分からないまま、あっという間に終わってしまい、後にはとてつもない空しさが残った。

胸がムカムカした。

だからもうそんなものはいらないと思った。

それからそういう行為のないまま、今に至る。
でも。
本当は人肌のぬくもりを真実求めているのに、その気持ちの形が何か分からず、素直になれないだけなのかもしれない。

自分が欲している、人肌の温もりの、形。

唯一、無二の、






アキラとは川での朝食兼昼食のあと、日が暮れるまでひたすら歩き続けた。
食事の前までと違い、アキラはに対して柔らかく笑い、話しかけられた事にきちんと返事を返すまでに変化していた。
はそんなアキラの変化を知ってか知らずか、絶えず笑顔で話しかけ、楽しそうに笑っていた。

やがて日が暮れる時刻になり、晴天だった空に怪しげな雲がみるみる沸き立ち始めた。
ひどく陰ってきた、と思ったらあっという間に雪が降り始め、やがて二人の視界は白一色となった。
「・・・・困りましたね・・こうも民家も何も無い道が続くとは・・それなりに何かあるかなと期待してたんですが・・」
アキラは歩を進める事は止めずに、あたりに気を漂わせながらつぶやいた。
自分一人なら夜通し歩いてもそんなものなのだが、まだ着物の半身が生乾きであろうには、ちゃんと屋根のあるところで暖を取らせてやりたかった。
と、ふと、アキラの袖をが握って、つん、と引っ張った。
「え?どうしたんです?」
「ちょっと待って下さい。あそこ・・・」
と、袖から手を離し、斜め前方の山に向かって走っていった。一度止まり、山の周りをあちこち見回し、アキラに向かって
「こっちこっち!」
と、弾ける様な大声で呼んだかと思えば、アキラの到着を待たずに、ずんずんと道無き道を登り始めた。
アキラは小走りになって、今が自分を呼んだ位置まで行き、登って行くの足元に意識を集中してみる。
と、雪に隠れて分からなかったが、細い小さな、足場が作られていた。
狩りに行く人が作ったのであろう。足が片方、ようやっと乗るような幅のもので、まして雪に隠れていたらこの様なあるかないかの段差など、道を知らない人間には絶対分からないと思われるのに。
ふと見上げると、のすいすいと登っていく後ろ姿。

・・・・・・・・やっぱりケモノかもしれませんねこの人は。

ふぅ、と一つ息をつくと、アキラもの作った足跡を気で辿って、後をついて登り始めた。




いつもより気を張って、雪の上の狭い道を登っていく。どうしても上を向かざるをえないので、上にも気が張る。
上には、がいる。
目で見る訳ではないが、アキラの脳裏には目で見るより鮮やかに、自分の周りの景色が浮かぶ。
顔をそちらから逸らしていても、気で見るので、逃れる事が出来ない。

先ほど自分が撫でていた、足。
思ったよりも滑らかで、手に吸い付くような、それでいて弾くような、生々しい感触。
今はその奥も、視える。

意識して視たい訳じゃない。
アキラは自分にそう言い聞かせるが、反して息が熱くなっていくのが自分でも分かった。

馬鹿馬鹿しい!

訳も無く、心で自分をなじった。







が山の中腹まで登り、途端下からは姿が感じられなくなったので、急いで後を追うと、中腹に少し広い場所があり、そこに小さな山小屋がポツンと建っていた。
は得意そうな顔でアキラを見て、微笑んだ。
アキラはなんとなく後ろめたく、の笑みに中途半端な表情で頷いただけだった。


戸を開け、中に入ると、それなりに暖が取れそうな囲炉裏があり、中にはもちろん何もないが古い鍋がぶら下がっていた。
はアキラに火を熾すよう頼んでから、自分は鍋を持って外に出て行った。雪で洗ってくるつもりなのだろう。
やがて鍋の中に雪を一杯入れて、が戻って来た時には、囲炉裏の中には暖かい炎がパチパチと爆ぜていた。
アキラは火の勢いを強くする為にしきりに薪を動かし、いい位置を探っていた。そこにが雪の入った鍋をかけ、中に、昼に獲って焼いた魚の残り二匹をむしって放り込む。
そこまでの作業を二人とも無言で進めると、が懐から銭の袋を取り出した。
その中からまた小さな袋を取り出して、袋の紐を緩め、中から白い粒を取り出し、鍋に入れる。
「汁には少しあった方がいいですもんね」
「塩ですか。準備がいいですね」
「食べられなくとも、塩だけは携帯しとかないと何かあった時困りますもん。無くなりそうになったら、海に行ってまた手に入れるんです。偉い?」
子供のような顔をしていたずらっぽく自分を見るに、アキラは少し切なくなった。

自分も四聖天として皆と歩を並べるまではそれなりにひどい経験もして来たが、それでも、一人ではなかった。
は一人で、全てをこなして来たのだ。

「・・・・・・・偉いですよ。よく頑張りましたね・・」
揶揄を含み、優しくそう言うと、は一瞬目を見張ってアキラを見たが、すぐまたいつもの無邪気な笑顔に戻って、照れ臭そうに塩の袋を元の様にしまうと、やっと落ち着いたような顔をして火の前にちょこんと膝を立てて座った。

アキラは少しを見直していた。
出会いこそ滑稽なものだったが、人とは本当にきちんと相対してみないとよくは分からないものなのだな、と、今更な事をしみじみと考えていた。





の作った魚の汁を食べ、再度暖を取る為だけに鍋に雪をかけ、二人はじっと炎を見ていた。
時刻はやがて夜半を迎えようとしている頃だろう。外は音の無い世界の筈なのに、ひとつひとつ雪の降り積もる音が聞こえてくるような気がした。
しん・・しん・・という気配がなんとはなしに心細さを呼び起こして、何か聞こえないかと思わず耳を澄ましてしまうほど静けさが肌に痛かった。

も始終話し続けていたのが嘘のように黙りこくっている。
昨晩眠っていない上に一日歩き続けて、さすがにくたびれたのだろうか。
それでも、意識が冴えているのか、一向に目を閉じる気配は無かった。

徐にアキラが口火を切った。
「・・・・着物の乾き具合はどうです?」
は、と、が自分の帯を触り、乾き具合を確認した。
まだ少し湿っている。
「大丈夫です。もう、乾きます」
「・・・・・・・・ここなら脱いで乾かせますよ。着替えなら私ので良ければありますから、ちゃんと乾かしたらどうです」
アキラはなぜか焦れた。
深い意味はない。言葉のままだ。
小屋の中とは行っても、外よりは少しマシというだけで、体温だけで明日までに乾くとは思えない。いかにが丈夫だと主張しても、アキラはすでに先ほどからちゃんと着替えさせるつもりでいた。

はなぜか躊躇している。
「・・・・・・私は何もしませんよ。安心して下さい。なんなら着替える間外に出ていましょうか?」
アキラが立ち上がりかけると、が慌ててアキラを制した。
「い、いえ、居て下さい。き、着替えます。・・・・・着替え、貸して頂けますか?」
アキラが頷いて荷物から着替えを取り出し、無言でに手渡してから、すっとに背を向けて座り直した。

少ししてから、が帯を解く音が聞こえ始めた。
甘い衣擦れの音。
ショルシュルと、男の何かを駆り立てて、誘うような生々しい音がアキラの耳に優しく響く。

何も思っていない。
何も考えてなどいない。

アキラが、自分ではそうと意識せず、気を絶つのに必死になっている時、が動きを止め、ぽそっと呟いた。

「・・・・・・アキラさんになら・・・・私・・・・・」

・・・・・・・なに?

アキラは瞬時に、が言った言葉の意味を理解した。が、同時に憤りを覚えた。
呆れた、という様な響きで背中からを叱咤した。
「・・・・・・昨晩どんな目にあったか忘れたんですか?」
すると、は一瞬沈黙し、一呼吸置いてから言った。
「・・・あんなのとアキラさんは違います」
「私も同じ、男です。する事は同じです。何も違いませんよ」
アキラは間髪入れずにビシッと強い響きで返答した。
が、そんな自分の態度が逆に余裕の無さともとれる事にはたと気付き、チッと舌打ちをして黙り込んでしまった。
「・・・・・・・・・」
ももう何も言わず、黙々と着替えていた。
かに見えた。

ふ、と、アキラの右側の脇に暖かい風が流れ込んできた。

「な・・・・・・!にを・・・」
アキラは思わず頓狂な声を上げた。
座っていた自分の脇に、が潜り込んできたのだ。
アキラが貸してやった着物を羽織るだけで、前を止めていない。
肌を露に晒して、アキラに密着していた。
二人の間にあるのは、アキラの着衣の布のみ         
さん!ちょっ・・・」
アキラは自分でも滑稽なほどうろたえていた。が、無下に引き離す事はしなかった。
がアキラの、閉じられた目を真摯に見つめて、言った。
「・・・・初めて名前呼んでくれた」
「・・そ、そうでしたか?特に意識しては・・・」
アキラは焦っている自分が嫌で、わざと冷静なフリをしようと勤めた。が、顔が赤くなるのはどうしようもないようだった。

「私は・・アキラさんが好きだと、言いました・・」
はじっとアキラを見つめたままで、深い声で言った。
その声の響きは、アキラの深部の何かを穿った。

アキラの袴の下で熱く、硬くなるものがあった。
に気取られまいと、顔を横に逸らした。
「・・・・・・離れて下さい」
アキラは、出来るだけ静かな声で訴えた。
決して不快な訳ではない。むしろ           
だが、今、その様な事をする訳にはいかない。
たとえ了解の上だとしても、自分の中の、に対しての男の沽券にかかわる。
自分はまだ、に対してそういう気持ちがあると認めた訳ではない。
それに、中途半端な気持ちで事をして後悔するのは一度で充分だ。
同じ過ちは繰り返さない。絶対に。

そうやって懸命に自分に言い聞かす心の裏で、もう一つの声が絶えず囁いていた。

もしかしたらは、自分にくれるかもしれない。
自分が欲している、人肌の温もりの、形。

唯一、無二の、


だが。




アキラは、今まで反らしていた顔をついとの方に向けて、の視線を正面から受け止めた。
は、変わらずじっとこちらを見つめている。

すっと、アキラが体の向きを変え、脇に収まっていたの体を自分の正面に移動させた。
密着していた体を一旦離し、向き合ってを視る。


はとても綺麗な体をしている。
顔の作りも見目麗しいとまではいかないが、小ぶりで愛らしい。
意外にも大きいその胸の膨らみに、思わず手を伸ばしそうになって、止めた。
の顔が緊張でこわばっている。

アキラはふいに、ふっ・・・と、肩の力が抜けた。
そうと思わず、微笑む。

「あなたは、可愛い人ですね」
「え・・・・」
否定されたのか、受け止めてもらえたのか、いまいち判断つきかねて、戸惑うに、
「ちょっと、いいですか?」
と、立ち上がり、小屋の隅に積んである薪を取ってきて、囲炉裏にくべた。
火の勢いが強くなる。
と、アキラは立ち上がったままで徐に着物の上衣を脱ぎ始めた。
が身を竦める気配がする。
それでも、着物の前は閉じずに、肌を晒したままでいた。

アキラが、の正面に座り、肩に手を置いて、言った。
「・・・・・・・抱きしめても、いいですか?」







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