アキラ
が兎を捌いて作った汁を食べ、山小屋を後にして、二人は昨日と同じように、が話しかけ、アキラが返事をし、そうやって歩いていた。
一時間ほど歩いただろうか。陽も高くなって、気温もそれなりに上がり、暖かく感じ始めた頃、前方を子供のように、楽しそうに弾みながら歩くをアキラが呼び止めた。
名前を呼ばれた事に、また嬉しそうに自分の方へ駆け戻ってくるを見て、アキラは胸に重い塊が降りてくるようだった。
アキラはまず、自分が四聖天だった頃の事を話した。
はその頃一人で、生きていくのに精一杯ながら、珠を持つ隠れ里を探すのに苦心していた。あちこち放浪していたので、四聖天の事は、話には聞いていたという。
「絶対会いたくないって思ってた。会ったら私なんかあっという間だ〜って怖かった。うわさを聞く度、道行が重ならないようにって避けて通ってたの覚えてる」
ブルブルブル、と首を振り、震え上がるような真似をしてから、アキラを笑って見た。そして、はたと気付いた、というような表情に変わる。
「・・・・じゃあ、その時の戦いで目が見えなくなったの?」
「・・・いいえ。これは、自分で閉じたんです。強くなる為に」
「・・・見てみたかったな。目が開いてるアキラ」
すっと、自然にアキラの手を取り、優しく握って、言った。
無邪気故の言動に、アキラは更に気が重くなった。が、言わねばならない。
そして、壬生一族と最近まで激しい戦いを繰り広げていた事をかいつまんで話した。
は本当に、驚いていた。目を剥いて、アキラを見た。
視線から、握られた手の平から、の驚きが伝わって来るようだった。
「・・・・すごいね。アキラ、強いって思ったけど、そんなに強いんだ・・・。あ!じゃあ、達が珠を取り戻せた、壬生一族が慌しかった時って、アキラ達のせいなんだ!」
はただただ驚き、そして、アキラを見るの視線の奥に、アキラに対する尊敬と、ほんの少しの畏怖の念が加わったようだった。
手は繋いだままだった。の手を握るアキラの手に、少し力がこもった。
がそれに気付いて、アキラを見た。
歩きながらの会話だったが、つと立ち止まり、アキラの前に回る。
「・・・・抱きしめていい?」
「え・・?」
今、この場でのの申し出に、アキラが戸惑った返事をするより先に、はアキラに抱き付いた。きつく、きつく抱きしめる。
「・・・・出会いって、すごいね。私は今、そんなすごい人を好きになって、そして、抱きしめてるんだ・・・すごい・・・」
アキラは、静かに興奮を伝えるの背に、手を回す事が出来なかった。
ばっ!と勢いよく顔を上げ、は再びアキラを見る。
「でも、でも、私がアキラを好きになったのには、そんな事関係ないもん。ね!」
まぶしいほどの輝きと、強い意志を持って、自分の気持ちをアキラに伝えようとするの肩に、アキラは手を置いて、を視た。そして。
自分の、かけがえの無い戦友、ほたるの事を、そしてその過去を、静かに話して聞かせた。
「・・・・・・」
の顔から、一瞬、表情が消えた。
「あなたの村を襲ったのが、ほたるだと決まった訳ではありません。ただ、壬生一族の炎の使い手、というあなたの言葉を捉えて、そうではないかと可能性を」
「ケイコクって言ってたよ」
「え」
が無表情のままで、アキラに言った。
「の谷を襲ったのは、ゴヨウセイのケイコクだって。調べたんだって、言ってた。髪が金色で、目がとても鋭くて、情の無い顔をしてるって、聞いたよ。は、私の村を襲ったのも、多分同じ人物に違いないって。ほたるって人じゃないよ」
「 ・・・・・」
アキラは、が先ほどの無表情からだんだんと、縋るような不安げな視線に変化した事と、ゴヨウセイのケイコク、という名が出た事に、ひどく動揺した。
ほたるの馬鹿野郎・・・・
アキラは、心で静かにほたるをなじった。
が、ほたるがケイコクとしての過去を捨てた経緯を知っているし、なにより、四聖天であった頃よりも、自分達の戦友としての心の繋がりも・・・アキラもほたるも絶対そんな事をお互いに口にはしないが、心の奥深い場所で強く繋がっている事を、アキラは知っていたので、
「・・・・ほたるの、壬生一族での呼び名は、五曜星の、ケイコクといいました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
は、また無表情になり、アキラに縋っていた手を、力なく下ろした。
「・・・・・・・ですが、もう、ほたるは、その名は捨てました。今は、ただの、ほたるです。・・・誤解しないで下さい。庇っている訳ではありません。彼のしてきた事、私のしてきた事、全ての過去から、目を背ける気はありませんから。ただ、」
「・・・・・・」
「・・・ケイコクの名を、捨てるだけの事が、彼にあったのだ、という事だけ、知っておいて下さい」
「・・・・・・・・」
「・・・?」
「・・・・そう」
はアキラから無表情に視線を逸らして、体を離した。そして、前方にゆっくりと歩き始めた。
アキラは始めて見たの様子に、どうしていいか分からず、少し焦り、と並んで歩き始めた。
は、他愛の無い話だと言うような、聞き流してもいい話だと言いたげな顔をして、ただ、空を見ていた。
そしてそのまま暫く二人とも沈黙した。
口火を切ったのはだった。
先ほどまでの無表情からぱっと転じて、微笑む。
「話してくれて、ありがとう」
「え・・」
まさか礼を言われるとは思わなかったアキラは、驚いての方を向いた。
「・・・・はどうするか分からないけど、私は、・・・・私も、ほたる・・さんに出会っちゃったら自分がどうするか分からないけど、村のみんなの仇討ちをしたいとか、そういう想いをいつも、みたいに強く、抱いてる訳じゃないの。・・たぶん、見てないからだと思う。村の様子を、そしてその、ほたるさんの、ケイコクであった頃の姿を・・・・・」
「・・・・・・・」
の、その気持ちに多分嘘は無い。
アキラも同じ想いを、自分が狂に拾われた地に、抱いたからだ。
その対象を目にする事が無ければ、おぼろげになるのも無理はない。
だが。
「・・・・・村は、どちらの方角です?」
「え・・・」
アキラからの、思ってもみないいきなりの問いかけに、は驚いた顔でアキラを見た。
「・・・・一度も戻ってないんでしょう?あなたの選択は正解でしたよ。球が手には入らなかったのだから、壬生一族としては少しでも手がかりが欲しいはずです。生き残りがいれば戻るかもと、その後暫くは見張りを置いている可能性が高いですからね。・・・よく我慢しましたね」
「・・・・・」
アキラの手のひらがすっと伸びて、優しくの頭を撫でる。
はまだ無表情のままだが、瞳の中に少し憂いが籠もる。
「・・・目的は分かりませんが、今になって再度球を手中にしようと動いている者が壬生一族の中にいる、というのはあなたの話からしても明白なようですが、今現在壬生を仕切っている人物は、私にとって一応の顔見知りでもあります。彼の性格からすれば、そのような事柄に今拘るという事も考えられませんし、組織的なものを作って暗躍している者が壬生一族の中に居るのだとすれば、彼ならきっと放ってはおかないでしょうから・・・・」
「・・・・・・・」
は、アキラが淡々と話す事の成り行きに、ただ耳を澄ませていた。
「確実な証拠になる、事柄か物を手に入れて、彼に詰め寄るとしても、今、見つかるか分からないさんの足取りを追っているよりは、一旦気持ちを切り替えて、あなたの故郷で一度、球の事も含めて情報収集した方がいいでしょう。もうあなたが球を持っているという事はバレてしまっている事でしょうし、私達が来るかもと見張りを立てていれば返って好都合。捕まえて色々吐かせるもよし、です」
「・・・・・・」
「いかがです?」
「・・アキラ・・・ごめん・・ごめん、私・・・」
がアキラを見て、そしてポロポロと涙を零し始めた。
いつのまにか一旦離した筈のアキラの袖に力一杯縋っている。
アキラはその縋っているの手を、上から優しく握り締めた。
「・・・・何を謝るんです?」
「・・だって・・・っ!・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アキラは、先程回せなかったの背に、ゆっくりと手を伸ばした。
優しく、包み込むように抱きしめる。
「・・・・せっかくの想い出に、苦いしこりを残したままで抱えていてほしくないと思いました。、あなたには、それを乗り越える力が在る筈です。でなければ、こんなにも私は、・・あなたの笑顔に、・・・・・・流す涙に・・・・・」
「・・・っ・・・う・・・・」
「・・・・・・・・・・」
アキラは、それ以上言葉を繋げる事が出来なかった。
の胸中も、ひどく複雑で、落ち着きが無く、ただただ、『もう一度、村に戻れる』という現実に、涙が絶えず零れ、止まらなかった。
冷静に考えれば、敵の人数を予想するべく情報も無いのに、少人数で敵中に向かうという事は、甚だ無謀な道のりを選択した事になる。
だが、なによりもアキラは、に留まってほしくなかったのだ。
踏み出してほしい。
抱える苦しみの大きさは、アキラには分け合う事すら許されぬ聖域の様に感じるが、留まる事の苦しさは、理解る 。
それに、敵がなんであれ、を渡すつもりは毛頭無いし、と行動を共にする以上、避けては通れない現状でもある。
なら、いつぶつかろうと、同じ事だ。
護ってみせる。
アキラは、そう強く自分に誓った。
やがてが少し落ち着きを取り戻し、アキラの胸に埋めていた顔を上げ、そっとアキラの方を見た。アキラもゆっくりと体を離し、の方に顔を向けた。
はなんとも言えない表情をしていた。一杯泣いたのが恥ずかしいのか、少し赤い顔をしている。
アキラはくすっと微笑って、言った。
「・・・・さあ、どちらなんです?急がないと、月日はあっという間に過ぎ去ってしまいますよ。村の様子を見て、色々探って、その後にさんも探すんでしょう?」
、という名を出されて、は途端、心細げな、不安げな表情になり、俯いた。
アキラはそんなの、自分の袖を掴んでいる手をそっと離させて、そして自分の手と繋ぎ合わせた。
優しく、そっと握る。そして、改めての方を向いて微笑んだ。
「さんは大丈夫ですよ、きっと。今まで生き延びたのですから、そういう方は長生きします。殺してもきっとなかなか死にませんよ。道々探せばいいんです。の心当たりは当てにならないから私達も逆方向に来たんですし、ね」
「・・・・・・うん・・え?!今・・・もー!そんな事ないもん!」
手を繋いでくれたアキラの優しさと、手の平から伝わる体温に、落ち着きを取り戻しつつあったは、自分がおちょくられた事にはたと気付き、ぷいと横を向いた。
「あ、またその顔。可愛くありませんよ」
クスッと、顎に手をあてからかうように笑うアキラに、は更に頬を膨らませた。
アキラは再度笑い、それから、言った。
「・・・・・きっと、また会えます」
「・・・・うん・・」
もアキラも、それは自分達にとってとても不確かな言葉なのだという事を知っていて、あえて、そうであればいいと、願った。
「・・・・・私の故郷はこっち。ずっと南になるから・・ここからだと、急いでもひと月はかかるかも・・ホントに、いい・・の?」
いいの?という問いかけの言葉の響きには、この先に待ち受けているであろう道のりに対し、深い揶揄を含んでいた。
アキラは、言葉にはせず、だがとても男らしい表情で、こくり、と、一つ、頷いた。
「・・・・・・・うん。ありがとう・・・」
は深く、深く、そして少し切なげに、微笑んだ。
アキラが自分にそこまで優しくしてくれる理由は、きっとなにかアキラの深い部分にあるのだという事は、にはなんとなく理解出来た。
が、それを問う必要は今の自分には無いのだ。
今のアキラが自分の為に、自分の側に居てくれるのだから・・・・・・。
そうして手を繋いだまま、二人はの指さした方角へと、ゆっくりと歩き始めた。
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