アキラ
その日から毎日、村を少しでも清めたいというの希望に添い、アキラは、焼け崩れ、年月に晒されて風化しつつある家々を完全に崩し、瓦礫を村の外れに運ぶという作業を繰り返していた。
残された家具など、まだ使えそうな物は、焼け残った家に集め、いつか誰かが訪れた時に、使えるようにしておくのだとは言った。
誰が?とアキラが問うと、自分は知らされてはいないけれど、もしかしたら忍びの任務で出掛けていて、助かった村の生き残りもいるかもしれない。その人達が戻って来た時の為に、と、言った。
無理に笑顔を作っていた。
それでも、持ち前の性格のおかげでか、村に辿りついたあの日よりは、確実にいつものの明るさを取り戻しつつあった。
「わっ・・た・・痛っ」
「?」
アキラが慌てて駆け寄ると、の指から一筋の血が滴っている。
「木のささくれでも刺したんですか、それとも釘でも?」
傷を見ながらアキラが問うと、はやんわり笑って答えた。
「大丈夫。傷自体はそんなに大した事・・・・・・・・・・・・・・・」
の口が、あ、と開かれたまま停止する。アキラが自分の口に、の指を入れて、傷口を吸っている。
ちくん、と痛みが走るが、それよりもアキラの唇の、そして舌の感触に意識が集中して、動けない。
アキラにしてみれば、狂に拾われた子供の頃から、
梵に (べろーんと舌を出すので気色悪い(顔が))、
ほたるに (動物的本能が一番素直に体を動かす、ささいな事に拘りのないヤツ)、
時には灯にも (アキラが嫌がるので面白半分嫌がらせ半分)
やられていた事だったので、その時も考えるより先に口に持っていった。
小さな傷でも、侮ると大変なことにもなりかねない。木屑でやったのなら、破片が残っていてはいけない。錆びた釘など、もっての他だ。アキラは自分がそうされた時のように、念入りに吸った。
そうして、今一度口から離し、指先の傷口をみると、出血のわりには、確かに傷は小さかった。アキラはほっとして顔を上げた。
「血もすぐ止まるでしょうから、どこかから清潔な布でも・・・・・・なんて顔してるんです」
はなんともいえない表情で、頬を真っ赤に染めていた。
「だっ・・て、そんな何回も・・」
「・・・・・・・お母さんとかはしてくれなかったんですか?こういうの」
が何故赤い顔をしているかの理由にすぐに行き当たり、アキラはしれっと問う。
「しっ・・してくれたけど、お母さんとアキラは・・」
「違う?」
「・・・・・・・・・」
「どう違うんです?」
は、赤い顔をしてアキラを睨みつけた。アキラの行為を必要以上に意識した自分が、そしてそれを言わされる事が恥ずかしくて、その場から立ち去りたかったが、アキラが自分の腕を掴んだまま離さないので、動けなかった。アキラは、の口から次に出てくる言葉を意地悪く微笑んで待っている。
初めてキスをしたあの夜から、アキラは万事この調子だった。
何事かを材料にしてはをからかい、意地悪を言い、がいつでもアキラの事を考えずにはいられないように、仕向けてでもいるかのように、押しては引いて、を引き付けて、離さなかった。
少しでもぼんやりする時間があると、考えなくてもいい事まで考えてしまうものだ。にこれ以上闇の中に居て欲しくないと、わざとそう振舞っていてくれるのだろうか、と、最初はそう勘ぐった。
だが、アキラは、ある夜、考える事は悪い事ではないと、はっきりと自分に言った。
何を考えてもいい。でも、過去は取り戻せないのだ、と。それだけを忘れずにいれば、自分を見失う事は無い、と。
そして、あんなに色っぽく迫られるのなら、たまには自分を見失ってもらうのも、いいかもしれませんね、と、冗談めかして付け加えた。
笑って、そして、口付けをくれた。
気遣ってくれている部分もあったとしても、自然に繰り出される言葉や表情が、を日々和ませ、立ち直らせていたので、も、意識する事をやめた。
「・・・・アキラは、私がアキラに、今してくれたような事をしたら、どう思うの?」
苛められっぱなしが悔しくて、その日は珍しく応戦にとって返しただが、返って来る返事に一抹の不安が残る。
別になんとも、とか、平気で言いそう・・・。
いつもの軽口だと分かっていても、そういう事を言われるのは嫌な時もある。は、チラ、と、アキラの表情を伺った。
実に意地悪く、笑っていた。
「・・そうですねえ、もし、私が自分の指に、の舌の感触を感じたら、きっと、」
言いながらの腰に手を伸ばし、ゆっくりと引き寄せ、体を密着させる。あ、と思った時には、アキラの顔はもう目の前だ。
「・・・もっと感じたくて、まず、確実に、こうします・・」
「アキラ・ん・っ・・」
次に来る瞬間が何かを分かっていても気恥ずかしくて、名を呼ぼうと口を開けたそこに、アキラの舌が押し入ってくる。
いつもより激しく蠢くアキラの舌は、ほんのり、血の味がした。
アキラの中に、今までの戸惑いは、もう無かった。
抱きたい、と、素直にそう思った。
今、ここで。
今までの、そうなる事に躊躇していた自分は、完全に消え去って、今、アキラの中にあるのは、ふんわりと漂ってくるの匂いに支配された、それをもっと味わいたいという、強い本能のみ。
始めて口付けを交わしたあの夜、自分がいかに囚われ、見えなくなっていたか、を傷つけて初めて気付くという醜態に、自分の愚鈍さを強く恥じたアキラは、以来、考える事を意識して止めていた。
一人になる事への恐怖は、意識下にいつも存在するのだ。
だからこそ大事なものを見落とすというのは、本当に滑稽だ。
今、目の前で輝いているそれを、花開いているそれを、求めてなんの障りがあるというのだ。
囚われる事をやめてしまえば、事は至って単純で、アキラはその時その時、自分の気持ちの導くままに、を求めた。
対するは、いままでのアキラらしからぬ勢いに押され、戸惑っていた。
口付けは留まる事を知らず、を攻め立てる。いつもなら、自分の腰を抱くアキラの手は、口付けが止むまでその場所から動く事は無く、はいつでも焦れる側で、なのに、今日は。
つ、と、すべるように、の胸を包む、アキラの右手。ただ軽く、着物の上から触れただけなのに、は飛び上がった。
「うひゃっ・・あ、アキラッ・んっ・・」
が驚きのあまり場にそぐわぬ奇声を発しても、アキラは口付けを止めない。舌を伸ばし、の舌が逃げるのを捕まえて、離さなかった。思わぬ事に体が退けそうなの腰を、アキラの左手がしっかりと抑えている。切れ間の無い水音に、の甘い吐息が入り混じり、アキラは、の胸を包んでいた手を、すっと動かして、着物の上からでもそれと分かるほどに尖っているの乳房の頂を、親指でなぞった。
「はっ!あっ・・アキ・・やだっ・・!」
の抗議の声に、アキラが口付けを止め、を視た。呼吸が少し、乱れている。はっきりそうと分かる、艶のある、表情 。
「・・・いけませんか?・・・今、あなたを抱いては・・・」
アキラのその声色に、の背中から腰にぞくり、と、今まで感じた事のない甘い痺れが走った。
「・・・・・」
いつの間にか触れ合うほどに顔が寄り、耳元で名を呼ばれ、はまた思わず飛び上がる。
「ひゃっ・・で、でも、」
「・・でも、・・なんです?」
「い、・・今、ここ・で?」
言われて思わず辺りに気を飛ばす。・・・そうでした。今は、村長さんの家を片付けている最中でしたね・・。
辺り一面の、木の残骸の中心に、今二人は立っている。アキラは本当に、我を忘れて、との行為に夢中になっていたのだ。
そんな自分が、アキラは少し恥ずかしくなったが、それでも、自分を見上げているの顔は、少し、強張っているが、期待半分、と言ったところで、耳まで赤く染まっていた。
表情から、自分にしがみつく手の平から、漂う気配から、自分への想いが手に取るように分かって、アキラは余計に煽られてしまった。
抱きたい。
今のアキラを止められるものは、今この場には存在しなかった。をふわりと軽く抱き上げ、いつも2人で眠っている村の外れの家へと向かって歩き始めた。
そのあまりの勢いの良さに、が思わず声を掛ける。
「ちょっ・・アキ、アキラ!今・・っ?・・・夜じゃなくて?」
「そんなに待てません。今、あなたが欲しいんです」
真っ赤になって可愛い事を問うに、更に愛おしさを感じ、足早に瓦礫の合間を縫うように歩く。
伝えたい。言ってしまいたい。
「、私は、あなたの事が・・・・・・・・」
を優しく抱えたまま、器用に瓦礫の間を歩いていた足が、ふと、止まった。
その表情が変化したのを見て、がアキラの足下に視線を向ける。焼け崩れた村長の家、その奥座敷に当たる位置の、焼け焦げた畳の襟をアキラの右足が踏んで、そのまま止まっていた。
「・・・・アキラ?」
「・・・・後でいいでしょう?今は、」
「だめ」
意外に強いの声の響きに、アキラは一息、吐息を漏らすと、気を付けて、と手を添えながら、を木屑の無い場所に降ろした。
人より過敏になる事がアキラを強くした。より鋭敏に研ぎ澄まされたアキラの全身が、その場所に某かの異変を感じ取ったのだ。はすぐそれに気付き、アキラに問うた。
「・・ここに、何かあるの?」
「・・・畳の下、明らかに空洞があります。恐らく、秘密の部屋か、通路か。・・ここは村長さんの家でしたね。球の隠し場所かもしれませんね」
の問いに答えつつ、しゃがんで畳の端を指でなぞり、確かめる。少なくとも、ここ暫くは、動いた形跡はない。アキラは指にぐっと力を込めて、畳をずらして浮かせ、持ち上げた。
普通に床板が現れるが、アキラはまたその床板の隙間を一枚ずつ、指でゆっくりとなぞっていった。そうしてまた、板を一枚一枚、ゆっくりと外していった。
はそこに、アキラの言った部屋か通路の様なものが現れるのかとドキドキしていた。しかし、現れたのは普通の床下。普通の地面。
アキラはひとつの躊躇も無く、その真下の土を手で軽く払った。すると、明らかに違う金属質なものが現れる。ふいに差した日の光に鈍く応えていた。
「・・・・アキラ、すごい!」
はごくごく素直に、思わず感銘の意を表していた。が、対するアキラはあまり乗り気ではないようで、またひとつ溜息を吐くと、に向かって、ぽそりと言った。
「・・・今度の機会に、男の生理というものを体に叩き込んであげます」
はアキラの抑えた声が、少し聞き取りづらく、その上言われた事の意味がよく理解出来なかったので、もう一度聞き直そうとした。しゃがんでいるアキラに向かって身を屈めると、アキラがふいにの首を掴み、引き寄せた。バランスを崩し転びそうになる一歩手前で、アキラの唇に受け止められる。
アキラはの唇を愛おしげに何度も繰り返し吸い、名残惜しげに軽くついばんでから、ゆっくりと顔を離し、今度はちゃんと聞こえるように、眼前で呟いた。
「・・・次は、離しませんよ」
少し拗ねた子供のような声色で、に伝えたアキラの心が、すうっとに浸透し、そして、すごい勢いでの顔を真っ赤に染めていった。
「・・う、うん・・。分かっ・た・・」
戸惑いながらも、そう返事を返したの表情に、つい和まされたアキラは、満足した様子でもう一度、軽く口付けてから、今し方見つけた戸へと手を掛けた。
中は果てしなく深い闇。
2人は間に合わせの木屑と、ぼろ布と古油で松明を作り、長い石作りの階段を、下へ下へと降りていた。土が崩れて来ないよう、強固に両壁とも石で押さえてあり、隙間を漆喰で塗り込めてある。吐く息が冷たく変化する。
「・・・大丈夫ですか?」
あまりに気温が下がった気がして、背後のを振り向くと、の表情がおかしい。明らかに何かに怯えている。
「?」
「・・う、うん。大丈夫。来た事がある訳じゃないんだけど、なんか、・・・怖い。変なの・・」
「・・・・・進めますか?」
「うん。行く。大丈夫」
「・・・・・・・」
明らかにそれと分かる作り笑いで応えるに、上で待たせていようかとも考えたが、もしも、この時に限って、追っ手が来ないとも限らない。階段はまだ続く。こんなに下に降りてしまっては、地上の変化にはどうしても疎くなる。
置いて行く訳にはいかない。
「・・・・手、繋ぎましょう」
「え?だ、ダメだよ!もし躓いたりしたら顔から転んじゃう!危ないよ!」
差し伸べられた手を、慌てて遮るに、アキラは、くす、と、いつもの笑いを口元に浮かべる。
「私が足元の石ころをいちいち目で確認して歩いているとでも?」
「あ・・・」
「万が一、あなたが何かに躓いたとしても、手を繋いでいた方が助けやすくなりますから、いかがです?」
「う・・・」
嫌味な口調に、二の句が繋げないでいるをまた、くす、と笑ってから、手を伸ばしての手を取り、きゅっ、と、優しく握りしめた。
「行きますよ。足元注意して下さいね」
再度含み笑いをしながら嫌味を繰りかえしても、その優しさは繋がれた手の平から伝わる。
冷えた空気の中に暖かい道標がすうっと刻まれたようで、は思わず微笑んだ。
「・・・・ありがと・・アキラ・・」
の呟きに、照れているのか、アキラは聞こえなかったフリをした。
しばらく降りたそこは、広い空洞になっていた。
土を掘って作られた穴ではなく、自然に出来た洞窟のようだ。何処かに水脈があるのか、壁に沿って出来た鍾乳洞に、水滴が滴っていた。
「すごいですね・・・一体何年前からある洞窟なのか・・奥の鍾乳洞の大きさといい・・ん?、あの奥に・・」
もそのあまりの広さに、驚いて口をあんぐり開けて固まっていたが、アキラに手を引かれその最奥へと進む。
最奥の壁の隅に小さな祠があり、戸が開かれたままになっていた。中には何も無い。恐らく、ここが、球の安置してあった場所なのだろう。特に飾り立てられてもいないそこは、球がどの様にしまいこまれていたかが伺えるようであった。
特に何も敬う事もなく。
崇めたて祭る事もなく。
球は遠く昔から、そこに、在ったのだ。
ただ、背後に鍾乳洞で飾られた壁が、無言で聳えるだけ。
アキラは祠の中も廻りも、丹念に調べたが、文書も何も残されておらず、祠に特に某かの仕掛けが施されている訳でも無さそうだった。
「・・・・これじゃ、手がかりなど掴めませんね。文書ははなから無いか、始末したか、壬生一族が持ち去ったか・・口頭で伝えられる伝聞もあったかもしれませんが、今となっては何も分かりませんし・・・」
ふう、と、一つ吐息を漏らすと、祠の背後の壁に何か無いかと、探るように慎重に歩み寄った。
繋がれていた手は、祠を調べる時に、離したままだった。
の異常に、気付かなかった。
の手から松明が滑り落ちた音に、アキラはハッと振り向くと、壁の中心に吸い寄せられる様に歩を進めるが視えた。何かに心を奪われているようで、その足取りは虚ろだった。
「・・・?」
「・・うん・・」
は何処か抜けたような気のない返事を返すと、壁の中心部の前に立った。
今改めてその壁の中心を見上げると、何故かそこだけ明らかに不自然に、真っ平らだった。自然にここまで真っ直ぐに、平面になるとも思えない。綺麗に削られ、整えられているようだった。
いつ、誰が、何の目的があってその場所だけ。そう考え始めると、急にここが、いかにも不気味な空間に様変わりしたように、アキラには思えた。
アキラが壁の形の異様さに囚われているその一瞬に、がつと、自然な動きで、胸元の袋にしまわれていた球を取り出し、手の平に乗せた。
ふと、アキラが視ると、の手の平の中で、球は、鈍く光を放っていた。
「・・・・!」
今、起こった事が、俄には信じられなかった。
球が光を放っている?と、アキラが不可思議に思ったその瞬間、の手の平から球がふうわりと浮き上がり、そして、一瞬ののちに、すうっと壁の中に吸い込まれてしまった。
は微動だにする事なく、その瞬間をただ、見つめていた。
BACK /
NEXT
KYO夢トップへ