「生きよう」
頭の隅でずっと、フリックさんの言葉が自分の決意となって、心の中に響いてくる。
静かに、だけど強く、少し低めの抑えたトーンで、これからを。
戦いの日々の、その先を。
私達はカレダンの収集により、その日の夕食後、兵舎内にある談話室に集められた。
室内にある程度の頭数が揃った事を見越して、カレダンが私達に、マチルダ騎士団領に攻め込む期日が決まった事を告げた。カレダンの口調はいつもより僅かに重く、少しの緊張を纏っていた。
そして更に、決戦に向けて、ビクトールさんの歩兵部隊に所属している主要メンバーそれぞれが、今回新たに個別に歩兵小隊を持たされる事になったと言い、各々に任される兵員のその人数分の個別書類の束を、順々に名を呼び、配り始めた。
こういった事は今までにも何度かあり、私達にとって特に珍しい事でも無かったので、今回も何を惑う事もなく、カレダンから渡された書類の束を受け取り、一枚ずつ読み進めた。
皆が同じように手元の紙の束に集中し、室内はしばらくの間、紙を捲る音のみに染まった。
やがて書類は半分以上捲られ、残り数枚を残す頃に、私は軽く眉を潜めた。
私に任された兵員の殆どが、戦歴の浅い十代前半の少年達ばかりなのだ。・・・・偏っている。あまりにも。
不審に思い、渡された人数分全てにザッと目を通して、再度パラパラと捲り全ての年齢を確認した。・・・間違いない。
書類から顔を上げ、目でカレダンを探す。ビクトールさんは今日もタロー様やシュウ軍師達と共に作戦会議で、今もここには不在だった。ここしばらくはカレダンが私達の指揮を執っていた。ビクトールさんの指揮下にある歩兵隊を取りまとめ、訓練し、兵列や布陣を組み直す。そしてそれを後日早朝に、目覚ましがてらビクトールさんの自室に報告に行く。そういった日が続いていた。
だから今回も、理由はカレダンが知っていると思い、彼にその事を問い掛けた。
「カレダン」
室内の皆それぞれに書類の束を渡し、手元に残った束でここに不在の人数を確認していたカレダンは、私の呼びかけに一瞬だけ、怯んだように見えた。・・・何?
「おう。・・・来ると思ってたよ」
「?どういう、」
「お前この後空けとけよ。っと・・いや、・・・そうだな、真夜中前にシュウ軍師の部屋に来い。オレが今言えるのはそんだけだ。それと、その書類への疑問も、この事も、誰にも言うな。分かったな。・・じゃあな」
「え?ちょっ・・・カレダン?」
カレダンはそう私に返事を返すと、パッと私から顔を反らし、手元に残った書類の数を再度確かめつつ、さっさと談話室から出て行ってしまった。
・・・・意味が分からない。けど、誰にも言うなという事は・・・何か秘密裏に作戦を?・・・・・・・
・・・・・・・ ・・・・・・・・・何故私に?
「どうした?なんか不備があったのか?」
ぼんやりと戸口に突っ立ったままだった私に、その背後からふいにセルエが肩越しに話しかけてきた。瞬間、カレダンのさっきの、『誰にも言うな』というセリフがザッと脳裏を過ぎり、私は笑顔で、何でもないと手を振って、出来るだけ平静を装い、そのまま談話室を後にした。
その夜は、酒場に行こうとアナシアに誘われたが断り、軍師殿の私室へと向かう真夜中前に備えて、身体を休める為に予定の時刻までベッドに横になっていた。
私はシュウ軍師と個人的に、直接相対した事はない。軍師殿が何を考えているのか・・カレダンを通して、今夜何故自分が軍師殿の私室に呼ばれるのか、どう考えても何処にも答えが見つからず・・・・。
結局、答えの出ない問いにいつまでも捉われていても仕方がないと、私はため息と共に一旦思考を閉じ、頭の中を出来るだけ空白にしようとした。
時々目を開けて、横たわったまま身を捩り、窓から見える月の角度を確認する。
今日の月は軽く靄がかかっていて、輪郭がおぼつかない。それでも、その周囲が濃く青い事に変わりはなくて・・・・・・その色を深く意識した途端、情感を浚われそうになる。
だめだ。何も考えずに、頭を休めて。フリックさんの事を考えたら、考えてしまったら、・・・・・・・・隙が出来そうで。・・・表情を読まれそうで、嫌だ。
私は、シュウ軍師が笑うところをあまり見た事が無い。いつ見ても視線が鋭くて、常に威圧感を身に纏っている。
そんな人の前に、中途半端な心構えで出る訳にはいかない。ただでさえ現状は不安定で、諸将の面々はその事を表立って言葉にはしないまでも、次の合戦へ向けて、戦況の先行きが不穏な事だけは着実に城内に伝わっている。皆があちらこちらでピリピリとした緊張感を背負っていた。
早く、月がその時を指し示せばいい。出来るだけ平静な状態で、軍師殿の部屋へ。・・・なのに、私の左手は、ゆっくりと自分の右肩を撫でた。今日の、彼の手の平の感触を追うように。
「風呂か?」
前方から私の方へと歩み寄りつつ、ビクトールさんが話しかけて来た。
今日、談話室を後にしてから自室に戻り、支度をしてから風呂に向かう途中、廊下で、フリックさんとビクトールさんに偶然鉢合わせた。二人とも連日続く会議のせいか、精神的な疲れが溜まっているらしく、それぞれ手に夕食の包みと酒の瓶を持ち、外の空気を吸いたくってな、と、寝不足で少し厚くなった目蓋で私に軽く目配せをした。
「・・食事、それで足りるんですか?」
二人の持っている包みは大して大きくなかったので、・・・・フリックさんと食事をした事は無いから彼がどのくらい食べるのか分からないけれど、ビクトールさんの方の包みは、彼の平素の食事の量からすれば、それはやや少なく感じられた。
私の問い掛けにビクトールさんがため息をひとつついて、答えた。
「腹そんなへらねんだよ。体ろくに使ってねぇしな。というか・・・・毎日毎晩シュウの小言聞いてたら滅入っちまって食欲も失せるってもんだ。そのうちオレのこの男前な体が痩せ細っちまって見る影もなく・・てな事に、」
「なる訳無いだろ。お前のどこにそんな細い神経があるんだ」
二人の漫才の様なやりとりに対し、私は思わず、確かに、と頷き笑ってしまい、ビクトールさんが、テメ、と私の頭を軽く小突いた。フリックさんも、笑った。
忙しい日々の合間に、ほんの少しでも、二人とこういった時間が取れた事が嬉しかった。だけど、必要以上にこの場に足止めする訳にもいかない。
私は、じゃあ、少し休んで、また頑張って下さい、と、含みを込めてビクトールさんに軽口を叩いて、一礼した。ビクトールさんが私に舌を出し、明日は訓練顔出すからな、と、覚えておけとばかりにニッと笑った。
そして、それぞれが歩き始めたそのすれ違いざまに、フリックさんが、私の右肩をポン、と叩き、お疲れ、と言った。
一瞬だった、けど、触れられた肩が温かくて・・・・熱くて。
今の彼の顔を見たかったけど、そのまま見つめてしまいそうで、そんな自分に怖じ気づいて。
私は俯いたまま、去っていく彼の足元を見て軽く頷いて、そのまま風呂場へと向かった。
淀みなく、前方へと歩を進めた。
そうして、少し先で、立ち止まる。・・自分の鼓動が早いのが分かる。
・・・・一拍後に、つと、振り向いていた。後ろ姿だけでも、もう一度、見たい・・・それを、我慢出来なかったから。
振り返った私のその視線の先で、青いマントが揺れた。・・・・・・・・・・・え・・?
フリックさんが立ち止まり、こちらを見ている 視線が合わさる。・・・どうして?
フリックさんの立っていた場所はちょうど廊下と階段の接点で、側の窓から差し込む仄かな月明かりが、その足元を照らしている。柔らかく吹き込んだ夜風が、彼の前髪を優しく撫でた。
瞬間、何かを問うように、少し、薄く開かれた口元。
私は、フリックさんが立ち止まり、こちらを見ていた事に驚いて、こうなった事に戸惑って、問うような表情で彼を見つめるしか出来なかった。
彼は、そんな私を見て、ゆっくりと、穏やかに微笑んだ。
風で、マントの裾が柔らかく翻る。
やがて、フリックさんがこちらに向かい軽く手を振ったので、私は慌てて軽く頷いた。彼はゆっくりと階段を下り、その姿は見えなくなった。
暫くは触れられた右肩に熱が籠もって・・・仕方がなかった。
「・・・・なんだお前。赤い顔しやがって・・風呂上がりか?」
月が深夜を示したので、私はのぼせ上がってしまった自分に渇を入れる為、両頬をひどくバチン!と叩いてから、自室を後にした。4階へと向かう階段の途中でカレダンと合流し、軽く挨拶を交わした後に、怪訝な顔でそう問われた。
私は、自分で叩いたからだ、とも言えず、曖昧に笑い、答えた。
「うん、まぁ、・・・そう」
「なんだ。気のねぇ返事だな。眠いのか?・・・軍師殿の前で欠伸なんかすんなよ。本投げられるぞ」
「・・・・投げてくるの?」
「その場の勢いで手元にあるもんをガバッとな。・・・嘘だよ。滅多にんな事しねぇよ。・・・・ビクトールさんはよくやられてるがな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
軍師殿が激昂するところを見た事が無いので、その様子はちょっと想像出来なかったけど、ビクトールさんがシュウ軍師とよく剣呑な言い合いをしている事は話に聞いて知っていた。
だけど・・・シュウ軍師が会議中に、勢いそんな力業を出してしまう程に、ビクトールさんと熾烈な論争を・・・・・・・・・・と、いうか、ビクトールさんが、論争・・・そんな姿は、更に想像出来ない。
私が、慣れ親しんだ自分の将の、目にした事の無い姿を微妙に考え込んでいると、カレダンがふと立ち止まり、こちらを気遣わしげに覗き込んだ。もうシュウ軍師の部屋の扉の前まで来ていたが、カレダンの動きに合わせ、自分も立ち止まり、彼を見た。
「もしかしてお前・・・・・・・・・・緊張してんのか?」
「・・・・は?」
言われた事に、なぜ?と問い返すと、カレダンが重いため息を吐いて、首を振りつつ眉を寄せた。
「・・・・・いや、分かるぜ。シュウ軍師は独特の迫力があるからな。オレ達現場のもんとはちょっとこう・・・身に纏う感覚が違うっていうか・・・なんていうか・・出来れば近寄りたくないって言う・・」
「聞こえてるぞ。・・・入れ」
「!!」
「・・っ!」
きっ・聞こえて・・た。
扉の向こうから、威圧の掛かった低い声にいきなり呼ばれ、私達は二人とも体を固くして、一瞬その場に縫いつけられた。でもそのまま固まってると余計苛つかせるだろう。私達は背中に冷や汗をかきながら互いに顔を見合わせ、そして。
「・・・・・し、失礼、します・・」
カレダンがドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。私はカレダンの少し後ろに立ち、カレダンが進むに合わせ、室内に入った。
「・・・・失礼します」
後ろ手にドアを閉め、室内正面を向くと、部屋の奥の中央に配置されている机・・・その横、壁沿いに配置されている大きな本棚に本を戻しているシュウ軍師の姿があった。机の上のランプの灯りは、読書をするにはやや柔らかめで、もしかして彼は一時、私達を待つ時間の隙間を、少しの休息としていたのかもしれない・・と、なんとなくそう感じられた。
「・・・・今のお前に、扉の向こうで人の陰口叩いてる暇があるとは知らなかったな」
シュウ軍師はそのままスッと机に廻り、椅子を引いて腰掛けつつ、威圧的に三白眼を作り、ジロリとカレダンを見つめてそう言った。言われて、失礼しました、と焦りつつ頭を下げたカレダンに向かい、愉快そうに口の端で笑った。
・・・怖い。
私はさっきカレダンの言った、『出来れば近寄りたくない』の言葉の意味を、深く理解した。確かに、私達とは両極端だ。佇まいは理知的でそつが無く、見上げると冷徹さをも感じさせる目が、常に周りの空気を軽く威圧している。その印象は、遠くから見るのと、その正面に立って視線を真っ向から受けるのとはまったく訳が違う。
私はカレダンの斜め後方から、気配に威圧され凝固してシュウ軍師を見ていた。と、ふとシュウ軍師がこちらを見て、・・・・というより軽く睨んで、きた。私はその時やっと、部屋に入ってからきちんと挨拶をしていない事に気付き、慌てて姿勢を正し、名を名乗った。
「第1歩兵連隊第1大隊内、特別編成隊に所属しています、といいます」
軍師としての彼の存在を知らない訳ではないのだから、ハジメマシテはおかしいかな、と省いたけど、直接相対するのが初めてな今のこの場合なら、ハジメマシテを付けるべきだっただろうか。・・・少し所在無く浮き足だつ自分を感じ、足元が落ち着かない。
と、軍師殿がカレダンを見て、言った。
「・・こんなに小さくて務まるのか。ずいぶん薦めるから、見た目にも迫力のある、体格のいいタイプかと考えていたが。年も若いようだな。やはりラインの方が適任じゃないのか」
・・・・・・・・・は?
「いえ。彼女がもっとも適任です。間違いないです」
カレダンはシュウ軍師を見つめ、淀みなく答えた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんの、話?
「あの・・・・私がここに呼ばれた理由は、なんなんでしょうか」
自分のあずかり知らぬところで進められている密談を、突如自分の目の前で無遠慮に展開されて、私は少しの不快さを秘めつつ、二人に問い掛けた。一拍の沈黙の後、シュウ軍師が、更に眼光鋭く私を睨みつけてから、一切の感情を殺した抑揚の無い低い声で言った。
「お前の戦う理由はなんだ」
「・・・・え、」
唐突にそう問われ、一瞬頭の中が真っ白になった。
戦う・・・理由。
私は。
『生きよう』
「・・・・・・・・・生きる、為です」
シュウ軍師の目が、私の中の何かを探るように、細く変化する。カレダンが何が言いたげな顔で私を見つめている。
私は。
自分の声が、どこか遠くから聞こえた気がした。
今までの私の時間が、沢山の情景が、次々と目の前で明滅した。
何故、戦う ・・・・もしかしたら、初めてかもしれない。ここまで率直に、それを問われたのは。
そして、その問いを一言で返せた自分に、今、出逢えた事も、・・この先の自分にとって、なんだかとても大切な事のように感じた。
あの夜から・・・・私は ・・・・
「・・・・確かに、適任だな」
フッ、と、シュウ軍師の鉄面皮が緩んだ。カレダンが少しホッと息をついたのが分かった。
「・・・・・・・・・・」
・・・唐突に、引き戻された。
自分の心の奥底を探るような、二人のやり取りがなんだかとにかく、不快に感じられた。私の、今の答えのその理由を問われる前に、出来るものならもう部屋に戻って寝たい。
今度はその情感を隠さず全面に漂わせ、私はシュウ軍師を強く、見つめた。と、軍師は顔全体で笑い、私を見て、悪かった、と言った。・・・え?
「そう威嚇するな。悪気はない。この男を信用してはいたが、出てきた女兵士の相貌があまりにも・・・・普通に女性らしく感じられてな。鬼神のように暴れ回るという戦場での評判を疑った」
「・・・・・誰の評判です?」
誰の話か分からなくて、一瞬後にそのまま問い返した私に、カレダンが慌てて横から肘で私の腕を小突いてきた。
「バカ。お前の事だ」
「・・・暴れ、」
「そうだろうがよ。いつもオレらがアッチ向いてコッチ向いたその少しの間にお前の足元には4〜5人転がってる」
「カレダン、ちょっと・・・」
アッチ向いてコッチ、て・・・それに、4〜5人は大げさに過ぎる、と、カレダンの私への例えに対するあまりの言いぐさに慌てて言い返そうとして、目の端にシュウ軍師の口元がとても愉快げに笑っているのが見えて、私は恥ずかしくなりグッと自分を抑えた。・・とにかく、話の筋道を戻さないと。
「・・ゴホン。・・・・・・ところで、私が今回ここに呼ばれた訳を、聞かせて頂けますか?」
「ああ、そうだな。それじゃ、話を戻すとしよう。お前は、お前に任された小隊のメンバーと共に、次の合戦には参加せず、城に待機してもらいたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・?」
「聞こえなかったか?合戦に参加せず城に待機していろと言ったんだ」
どういう・・・・、
「・・・・・・・・仰っている事の意味が、よく分かりませんが」
「 そうか?オレは至極明瞭端的に命令しているつもりだがな。今の何がどう分からんと言うんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今まで歩兵の一人として、戦場の第一線で全力で戦い抜いてきた自分の中のプライドから、今しがた言われた事がするりと飲み込めず、じわじわと憤りが湧いてくる。待機?私に?
どうして?
「、あのな、」
両肘を机に腕を立て、顎の下で手を組み口の端で笑い、理解しがたい現実を更に重ねて飄々と言い放つ軍師殿に対し、勢いよく膨れ上がる私の怒気を察し、カレダンが慌てて口を挟む。が、その一瞬の間が待てずに、私は正面からシュウ軍師を睨むように見据えて続けた。
「どうして、私が合戦に参加させて頂けないのですか?」
私だって、一歩兵とはいえこの同盟軍で、シュウ軍師の立てる作戦の下、今まで戦って来た。彼が腹の中に、常人には簡単に飲み下せないような凝った作戦を次々と仕込んでいる事ぐらいは容易に想像がつく。
だけどそれは、納得とは全く別の次元の話だ。この正念場で、どうして私が外されなければならないのか。
問い掛ける声は静かに、だけど目はとても剣呑な光を放っていたと思う。我ながら不調法で、何様だ、と一喝され、部屋を追い出されても文句は言えない事をしている。自分でもよく分かっている。それでも。
「・・軍師殿、なぜ、」
続けて問う私に、けれどシュウ軍師は眉ひとつ動かさず、つと、顎の下で組んでいる手の人差し指だけを動かしカレダンを指し、流れるように答えた。
「この男が、お前を指名したからだ」
話の矛先が自分に向けられた事に、ウッと、カレダンが少し縮み上がる。彼は険しい表情で即座に自分の方を向いた私を見て、所在無さ気に頬をポリポリと掻いた。そのまま、シュウ軍師を困った顔で見つめる。私の問いのその答えを自分が言っていいのかどうか、逡巡しているようにも見える、けど・・・・。
「・・・・・・・・・・」
シュウ軍師は私達の様子を伺うように視線だけを交差させ、そのまま黙り込む。私は痺れを切らし、とうとう声を荒げてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・だから、何になんです?!」
「 お前が、ふさわしい、とな。・・・・今度の合戦、兵力の差故、真っ向勝負ではこちらが不利なのでな。奇策に頼り、勝機を掴む。・・・お前には、城に残ると見せかけ、こちらで用意した一兵団を指揮し、マチルダ領内に潜り込み、合図で攻め込んでもらいたい」
「・・・・・・・・・・・・・・」
外される、という事実に憤り、理解しがたかった話の筋道が、自分の中でひとつの作戦として、形を成し始めてきた。待機ではなく、そう見せかけ、合図で攻め込む。・・・だけど、それでも、何故?
「お前を指名した経緯が聞きたいのならソイツに聞け。オレは、一兵団を扱えるほどの女兵士は居ないかとソイツに聞いただけだからな」
「カレダン・・・」
ひとつどうしても理解出来ない疑問に対し、即座に説明を求めてカレダンの方に身体ごと向いた私に、慌ててカレダンが顔の前で手を振った。
「いや、オイ、誤解するなよ。なんも含みは無いぜ。女兵士の中で、戦闘の実力も充分に兼ね備えていて統率力もある頭の切れるヤツ、って聞かれて、一番にラインが浮かんだんだが、アイツが居ないと戦わねぇって女兵士も多い。大詰めにアイツに抜けられちゃオレらも困る。ナホも同様だ。アイツの戦いっぷりに心酔してるヤツは男ん中にも多いからな。リュ・リィはキレてるから一兵団の統率なんざとてもじゃないが無理だ。で、お前」
「まだマルタがいる!ハルだってローゼンだって、」
「お前を信頼してんだよ、オレは。何より、お前が任される一兵団ってのは・・・」
そこまで言ってからチラと、遠慮がちにシュウ軍師を見るカレダンに対し、軍師殿が頷いて答えた。
「構わん」
シュウ軍師からの許可を受け、カレダンは軽く息を吐いてから、少し疲れたように声を抑えて、私を見て、言った。
「・・・・全員が非戦闘員なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なん・だって・・?」
一兵団が・・・非戦闘員?・・・・どういう・・・?
「・・・・・・ハァ・・・・そりゃ、驚くよな。・・オレも初めは、驚いた」
カレダンが腕組みをして、背を丸めて大きく息を吐いた。
私達は、マチルダ騎士団領に攻め込む当日まで、表向きは、皆が不在の間、城を守る最小限の小隊として城に残る。同胞の出陣を見送った後、城内の動ける非戦闘員を全てかき集め、時間差で城を出立し、静かに森に入り王国軍の背後に廻り込む。シュウ軍師からの合図で森を飛び出し、出来るだけ大声を上げ、同盟軍にはまだこれだけの兵が揃っている、と知らしめ、王国軍勢を牽制する。
以上が、今回私に課せられた作戦の内容だ。私は、淡々と簡潔に説明するシュウ軍師を見ていて、この奇策の意図するところを考え、・・・正直、この人の頭の中はどうなっているんだろうかと、なにやら薄ら寒いものが背中を駆け抜けた。だって、この作戦は、ひどい綱渡りだ。城に住む非戦闘員全員で、真剣に細い糸の上を息を止めて渡るような。そんな。
「・・・・・・・責任が重いか?そういう顔をしているな」
表情を読まれたらしく、ふいにそう問うてきたシュウ軍師に向かい、私は即座に返答した。・・・喉かカラカラに乾いている事に、その時初めて気付いた。
「・・・・当たり前です。もし、私達の背後の集団が全て、兵士では無いとバレたら、」
「彼らはこの城の心臓部だ。生き残ってもらわなければ困る。むやみやたらに彼らの命を放るような作戦を立てたりはしない。安心しろ」
軍師殿からも即答が返ってきた。・・この自信は、どこからくるのだろう。
・・・・・いや、こうでなければ、軍師は務まらないのか。
シュウ軍師は口を噤んだ私を見やり、そのままこの作戦の段取りを私に指示し続けた。
「作戦の目的は、酒場や倉庫、船着き場やレストラン、それぞれ全ての持ち場の責任者に、当日の朝オレから話す。オレ達が出陣した後、主立った人員を酒場に集め、それぞれの持ち場から動ける者全てに集合をかけ、最小限の荷物でマチルダ騎士団領内まで動けるよう、昼前には全員庭に集めろ。お前に一番頑張って欲しいのは、そこから出立までだ。悪いが、シナリオはない。自分で考えて、上手く引率出来るよう煽ってくれ」
・・・・・・・・?
何か、また分からない事を言われた、ような。
「・・・・・・・?あの、」
「非戦闘員は我々とは生きる事へのプライドの本質が違う。即席士官で彼らのやる気を煽り、将となり統率を取ろうと思うなら、懐の柔軟な女の方がいい。始め、この作戦に考え至った時、そこが一番の難題だと思った。それで、この男に声を掛けた。あの無法者の下で巧くこなしているその実務能力の優秀さを知っていたからな」
シュウ軍師の口からふいに自分の事を誉められ、カレダンが苦虫を潰したような顔で肩や腹を掻いている。とにかくこの人から誉められる事がむず痒い、といったところだろうか。
・・・・だけど。
私は心の中で首を捻った。シュウ軍師から私への指示の間に、妙な揶揄が含まれたような。
「だから、お前だそうだ。この男がいうにはな」
だから、私。・・・・・・・・・・・?
庭に集めてから出立まで頑張る事が、どうして私なんだ。同じ頭ごなしに兵士のまねごとを命令されるのなら、男より女の方が響きは柔らかい。それは解った。だけど、その後が解らない。
この部屋に入ってから、シュウ軍師とカレダンの交わす話の内容と、私の解釈との間に、どうにも溝があるように感じられる。カレダンは今まで私に対して、女だからと私を特別扱いした事などない。肩を並べて戦いあえる戦友としてからくる信頼で、今回の作戦に私を選んでくれた。それ以外に何か・・・?
「だから、・・・そこが、私が一番解らないところなんですが」
「解らなくていいんだよ。一生解らなくていい、お前は」
カレダンがパッパッと、要らぬ事だとでもいうように顔の前で手を振った。シュウ軍師が即座にそれに便乗する。
「ああ。だろうな。だから 、だ。ここでお前の人となりを見て、オレにもその事がよぅく、解った」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私には解らない。なんだこの禅問答のようなやりとりは。
どうにもどうしても納得がいかず眉を顰めて首を捻っていると、シュウ軍師が椅子に座り直し背を伸ばし、痛いほど真っ直ぐな視線で私を見て、言った。
「、今この時からこの作戦を、お前に一任する。いいな?」
「は・・・・」
私は軍師殿に向かい背筋を伸ばし、手を胸に当て一度礼をしてから、再度彼と目線を合わせた。
「分かっていると思うが、この作戦は極秘裏に進める事でその効力を発揮する。見せかけでも増援がある、と知っていれば、この作戦に対し戦場でどんな支障を来すともしれん。非戦闘員を全て、一人として欠ける事なく生きて帰したいのなら、命を懸けてその実行の時まで沈黙を貫くんだ。今から、この作戦を知る者は、オレと、この男とお前のみだ。その事を深く肝に銘じておけ。分かったな」
「・・・・・・・・・・・・・はい。しかと、心得ました」
「・・・ビクトールは勘がいい。気付かれるな」
「?は、・・はい」
その視線で私を射抜かんばかりの迫力で命令していたと思ったら、つと頭ごと顔を横に反らし、ぼそりと呟くように付け足した。慌てて返事をしたものの、・・・・・ビクトールさんをわざわざ名指しで付け足すその心情は。
カレダンがチラと私を見て、含み笑いをした。
・・・・・・・・・あ、そうか。・・そういう事だ。
・・・少しだけ、何故、シュウ軍師とビクトールさんが論争になるのか、解った気がした。
軍師はいつもきっと、誰をも簡単には近寄らせないぞと気配で厚い壁を作る。ビクトールさんはその壁を易々と越え、オレを見ろと正面からにじり寄るのだ。それはきっと、衝動で本を投げつけたくもなろうほどに、軍師にとっては、なんというか、・・・とても無礼で、納得出来ない事なのだ。きっと。
だけど、それでも、自分の持っていないものを持っている、と、ビクトールさんに対しはっきりと認めている。
その上でどうしても刺々しくあしらおうとするのは、周知など絶対自分に許せない、から。
その考えに行き着くと、こうやって間近から対峙する前までの、軍師に対する印象が、瞬く間に人間臭いものに変わってきた。・・・・ビクトールさんと今みたいに接する事が出来るようになる前の私と、きっとそんなに変わらない。
そんな事を考えてしまっていたせいだろうか、目元が軽く微笑っていたかもしれない。不審そうな顔でこちらを見つめているシュウ軍師と目があった。じろぉりと、三白眼で睨まれた。え、っと・・・、
居心地の悪さを足元に感じつつ、それでもシュウ軍師の心の隙を見透かそうとした後ろめたさに、なんとなく動けないでいると、軍師殿がゆっくりと腕組みをして椅子の背もたれに上体を預け、私達を嘲るようにキツい目元のまま鼻で笑った。
「フン・・・・・お前はまさに適任だな」
「・・・は?」
「カレダン、お前の優秀さはフィッチャーに匹敵するかと思っていたが、オレの勘違いだったという事が今分かった。こんなのが間近にいれば、考える必要も無かっただろう。いや、よく理解出来た。ビクトール含む、特別編成隊の面々が平素この女をどういう目で見ているか、もな」
「・・・・・・・・・・・え、・・?」
また訳の分からない事を言いだした。すごく何かを含んだ、意地の悪い言い方だ。
ひねくれた頭のいい人、なんて始末に負えない。私は、今目の前で『この女』呼ばわりされた事にまずカチンと来て、心でごちたが、・・・どういう目で見て、って、・・・どういう意味?
「っ!!ちょっ・・!止めて下さいよ軍師殿!あ、ホラ、もう話は終わったから。オレはまだ連絡事項が残ってるから、お前先に部屋へ戻れ。な、」
「あっ、と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、なんか・・・・嫌な感じだな」
急に背中を押され、扉の方に押しやられた。・・・カレダンが急に慌てる様子がさらに気にくわない。何をそんなに焦る必要があるんだ。
私は半目でカレダンの顔を、その身長差で少し下から仰ぎ見た。理解らない、と腹立ちまぎれに目で訴えたが、聞き入れる気は無いらしい。目を合わせてくれない。
「いいよホラ!軍師殿に礼しろよ、退室する時の当たり前の礼節だ。オレの教育がなってないって思われっちまうだろ!」
ぐいぐいと背を押して来たかと思ったら、急に肩を掴んで乱暴に方向転換させられた。挙げ句そのまま軍師殿に向かい頭を抑えつけてきた。いたいっ・・!ったく、いつも思うが、カレダンは本当に私を女だと思ってない。
「!、そんな事、言われなくても・・・・では、失礼しま、す・・」
ま、のところで押し出されて扉をバタン!と勢いよく閉められてしまった。途端、中から、シュウ軍師の笑い声が漏れ聞こえた。合間にカレダンが何か言っているようだけど、声を抑えていて聞き取れない。気にはなるけど・・盗み聞くなんてみっともなくて出来ない。・・・何なんだ、まったくもう。
ふと、頬を撫でる夜風に身震いがした。階段から吹き上げてくる風がいつもより冷たい気がする。
廊下へ出て初めて、私はとても汗をかいている事に気付いた。軍師殿の部屋で過ごしたこの時間に対し、思うよりずいぶん気を張ってしまっていたらしい。・・・・・早く寝ないと、明日に障りそうだ。
胸に溜まった今後への不安を少しでも軽くしようと、フゥー、と、長く重い息を吐き、階下への階段に向かった。
自分に課せられた責任の重さに、部屋に戻ってからも何だか寝つけなくて、うつらうつらとしつつ気付いたら朝だった。
少しぼんやりしながら着替えを終え、食事に行く前に、昨日渡された書類の束に、もう一度目を通してみた。
私に任された歩兵小隊は、全部で20名。平均年齢が15才で、一番年上の者でもハタチそこそこだった。
私と彼等と、城に残るみんなで、この戦の勝機を掴む。現状においての軍勢の差を無いものにする、その一端を担う。
・・・・こんな事、成功するんだろうか、本当に・・・・。
いや、成功させなければならない。必ずだ。
ぐだぐだ考えてばかりいたって埒があかない。私は顔を洗いに部屋を出て、兵舎に備え付けの洗面所に向かった。廊下の窓から差し込む朝日が、私の行く先々の足元で、白と黒の見事なコントラストを描いていた。
落差に目が眩んで、光の加減で沈んで浮いて。
一歩ずつ歩を進めるたびに、今後の私達の命運を分ける、戦いのその日に向かい。
目の前に広がる陰影の情景が、まさにそのものだと胸に迫った。
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