くれぐれも、気を付けて。
無理はするんじゃない、分かったね。無理はするんじゃ・・・
お守り持った?ああ、うん・・・待ってるから。

無事を祈ってる。


必ず、帰って来てね。
必ず。














耳を塞ぎたい。そんな衝動に、一瞬駆られた。












「っ!ハッハイ!」
手元の作業にも周囲の気配にも完全に上の空だった私は、いきなり名を呼ばれた事に激しく虚を突かれた。ビクッと肩を揺らし声のした方を慌てて振り向く。・・・・・フリックさん・・!
「スマン、そんなに驚くとは・・・落ちたぞ」
「あっ、スイマセ・・・・」
束にして積み重ねていた薬草の山が、上から2〜3束ぽろぽろと崩れて、フリックさんの足元に転がった。
慌てて拾おうと椅子から立ち上がった拍子に、薬草の山を乗せていた木箱に椅子の背が当たり、その衝撃で薬草の束の山は、パサパサーッと軽い音と共に、もろくも雪崩式に床に散ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・プッ、・・意外に、そそっかしいか?」
少しの沈黙の後、フリックさんが軽く吹き出した。私は、みっともない事を、と、恥ずかしさから彼の顔をまともに見る事が出来ず、口の中で小さく、スミマセン・・ともごもご呟きつつ、足元に散らばる薬草の束を、一つずつ手早く拾い集めた。
椅子の背が当たった衝撃のせいもあるけど、もうとうに木箱に詰め始めなければいけない量まできていたのに、ぼんやりとしつつ、山と積み上げるがままにしていたせいで起こった必然だったとも思う。フリックさんも苦笑しつつ手伝ってくれ、片手にかなりの束を抱えつつ、もう片手で、まとめた束をしまう為に椅子の横に置いていた木箱の蓋を開けてくれた。少しの申し訳無さと共に、感謝の気持ちを述べつつ、箱に詰めていく。床はあっという間に片付き、最後の束を入れ、木箱の蓋を閉めた時、ふと正面からの視線に気付いてそっちを見た。フリックさんがこちらを見ていて、正面から目があってしまった。
それがあまりに唐突に訪れて、ドキン、と胸が激しく高鳴る。
その後、少しの動揺の後に、私の意識は自然にそこに吸い寄せられた。
静かな感動が満ちていく。          うわぁ・・

窓から差し込む朝日のせいか、瞳の中が何か・・宝石の原石のように、鋭角な光の線を幾筋も放っている。
とても・・キレイだ。たくさんの青が、瞳の中に混在している。


今、フリックさんが目の前にいる。それが本当に久しぶりな気がして、その青に、つい見とれてしまった。
ふと、木箱の蓋の上に置かれていたフリックさんの手が、少し、浮いた。目の端にその動きが入って、ハッと気付いた。つい見とれてしまった為に出来たこの少しの間は、もしかしなくてもすごく不自然だ。慌ててその場を取り繕おうと、気恥ずかしさに上気する頬を隠すように深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「・・・ゴホン。・・・いや。急に声を掛けたオレも悪かった。・・・・・・少し、いいか?」
「は?はい」
フリックさんは軽い咳払いと共に、手の平を握ったり開いたりしつつ、木箱の横を廻り、私の正面に立った。続けて、改まった口調でそう問われ、私は木箱から身体を離し、背を正した。



こうして向かい合って立つのは、本当にいつ以来だろう。
『生きよう』             あの言葉をもらってから、そんなに日が経った訳じゃない。
だけど、本当に、ずいぶん久しぶりな気がした。
正面にきちんと並ぶと、私の頭の先は、フリックさんの肩先くらいになる。
その身長差から、少し見上げたその先に、今日は少し気遣うような、遠慮がちな表情。


「・・・・・・・城に残る事を、ビクトールから、さっき聞いた」
「・・はい。・・・・カレダンから私達に、それぞれ小隊を任される話が出た時には、その事はすでに決まっていたようです。今回はいつにも増して・・長期療養を余儀なくされている者以外は全て出兵となっていますから。・・・空いた城に攻め込む余力を残させる程に、おっとりと進軍するつもりは毛頭ないが、もしもの用心は必要だ、と。・・シュウ軍師の言葉です」
「・・・・ああ。らしい言い回しだな」
少しだけ、苦々しげに眉を顰めた。






この場合の用心とは、逃げる為のものだ。
もしも、がどのような状態で攻めてくるか分からないが、所詮一小隊で抗戦したところで半日も保つ訳がない。
城を守る必要は無い。非戦闘員を船で湖上へ逃がし、追っ手が惑い諦めてくれるのを祈りつつバラバラに散らせる。その為の時間を稼ぐ為だけの、私達の一個小隊だ。


人が無事なら、また城は建つ。私と同じく城に残る彼等に、そう諭して聞かせた。
だが、若い彼等にとって、それはまったくあり得ない事だった。
そんな用心は必要ない、我らの同胞は、必ず敵を打ち倒し、誇らしく胸張って戻ってくる        
彼等は始め、そう口々に喚き、歯噛みして地団駄を踏んだ。どうして自分達が残らなければならないのだ!・・と。自分達も同胞と共に命を懸けて、第一線で戦いたい!・・私に掴みかからんばかりの勢いで、そう口々に言い募った。
だから私は静かに言った。私との稽古の後、身体に傷一つ無く、息切れすらもしていない優秀なヤツがいれば、改めて軍師にかけあってやる、と。
・・・・・・本気で打った。腹を抱えて蹲り、泣き声を上げる若い兵士を無言で引きずり、池に放った。

夕方、順に彼等の治療をするホウアン先生に、修練に精を出すのはいいですが、次からは少し加減して下さい、と窘められ、申し訳ありません、と深く頭を下げた。

心は、妙に冷めて、静かだった。



今朝、ビクトールさんには、こう言われた。
ご指名か。誰からお前に話が行ったかは知らねぇが、まぁ、あんま無理すんなよ。
出来る事を、しろ。
・・・ビクトールさんは、すぐに気付いたようだった。城に残る私達に、課せられたなにかがある、と。
その裏にあるのが何か、までは探る気は無いらしかったが、今この時に、貰えた一言がとても嬉しかった。軋むほどに重かった肩が、少しだけ、軽くなったような気がした。
その後ドゥエインやセルエ達に、こんなギリギリまでなぜ黙ってたと罵られ、仕方ない、お前の分まで暴れ倒して来てやるからお前も頑張れよと、それぞれから手ひどい激励を受け、・・・カレダンと静かに拳を交わし、そうして準備に別れた。






「・・・あまり、辛そうじゃないな」
         え?」
「ああ、・・・いや、・・・・・・・・・なんでもない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

なにか言いかけて、フッと、緩く笑って首を振った。
・・・多分フリックさんは、私が、この土壇場に城に残される事を、・・・皆と戦えない事を、納得がいかず苛立ちギリギリしていると思っていたんだろう。だから、きっと・・励ましに来てくれたんだ。・・いや、違うかな。活を入れに来てくれたのかな。・・・これも違う?
・・・・・いいや。わざわざ訪ねてくれた事が嬉しい。

「・・・ありがとう、・・ございます」
「・・え?」
「私は大丈夫です。・・・あの、見送る立場に慣れてなくて、こんな時なんて言ったらいいのか、・・・なにも、気の利いたいい言葉が浮かばないですが・・」
「・・・・・・・・・・・・」


窓の外、扉の向こう、広がる湖のふもと・・・
今、城の到るところから、たくさんの言葉が聞こえている。
願いや、祈りや、・・愛や、さまざまなものを、そこに託して。





ついさっきまで、置いていかれる現実に、身に迫って息苦しくて仕方なかった言葉の数々が、
たくさんの声の音の波が、今度は静かに胸に染み入ってくる。

切なさと、少しのほろ苦さを含んで、喉元に迫り上がってくる。



「・・・・・・・・・・・・・気を付けて・・・」

またこうやって話せる時を待っています。心から信じています。いつでもあなただけを、想っています。
・・・・沢山の甘い言葉が胸を駆け巡ったけれど、音となって口から綴られたのはそれだけだった。言い淀んで言い淀んで、やっとそれだけが出てきた。       ああ、私はこの期に及んでなんて根性無しなんだろう。もっと言いたい事は沢山ある。伝えたい事が沢山ある気がするのに・・・・。
なにも、これが最後って訳じゃない。分かってる。そんな事、絶対に無い。無いんだ。


なのに。




「こんなところにいたのか。フリック、行くぞ」
「!・・ああ。・・・・分かった」
ふいに戸口からディックさんが顔を出した。一言だけ言って、気忙しげにすぐまた何処かへと小走りに去っていく。
フリックさんは名を呼ばれ慌ててふり向いて返事をした。けれどすぐにディックさんが何処かへ行ったので、またゆっくりと、私のほうに顔を向けた。再び、交わる視線。
「・・、・・・・・・・」
私はディックさんの急な呼びかけに固まり、何かに痺れたようにくっと息を飲んだ。どうしよう。もう行ってしまう。何か・・・

「・・・・・・・じゃあ、な」
「はい。・・・・あの、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気を付けて・・・・・」

同じ言葉を繰り返すしか出来ない自分に凄く苛立つけど、ひどい焦りに追い立てられて何も浮かばない。
せめて微笑おう。微笑わなきゃ。
「・・・・・・・・・・」
顔を上げて、フリックさんを見つめる。微笑ったつもりで、頬が奇妙に引きつっただけのような気がして、慌てて顔を下げた。


唐突に。
フリックさんの手が私の手をすくい上げ、きゅっと握った。

いきなりの事に驚き、フリックさんの顔を見上げると、その少しの間に、握った手をスッと放した。え・・?
一瞬の動きの変化に戸惑う暇もなく、フリックさんが性急にその右手の手袋を外し、再度、私の手を浚った。温かい・・・・。  ・・・・・・・・・・・・・                     ・・


直に届く体温に、目眩がするほど胸が苦しい。
握られた手の平から、フリックさんの温もりが伝わってくる。
薬草を束ねていたせいか、私の手の平は少し熱を取られていたようで、フリックさんの手の平はとても、あたたかかった。



「・・・・・・・・・・・、」
「・・・・・はい・・」

「また、な」



「・・・・・・・・はい。また・・・・」

フリックさんを見つめて、笑顔でそう返事を返した。・・・微笑う事が出来た。
『また、な』
そう。当たり前に、そう言えて、それに応えられる、今。
その時間は、また、来る。また、訪れるから。

手の平からの体温が、ひどく心地良い。





「・・・・・離しがたいな」
「え・・?」
「いや・・・・・」
小さな呟きが聞き取れなくて、思わず聞き返すと、フリックさんはフッと微笑って、すっと、握っていた手を離した。そしてそのままその手で私の頭をポンポン、と子供にするみたいに優しく叩き、そのまま部屋を出て行ってしまった。
行ってしまった。



その場にそのまま、縫いつけられてしまったまま、暫く動けなかった。

真っ白な空間。何もない。
行ってしまった。










見送るということは、こんなにも後に空虚さを深く残すものなのか。


辛い。





私は暫くの空白の後、急に激しく息苦しくなり、そのまま部屋を駆け出してフリックさんを追い、彼の背にしがみつきたくなった。衝動を抑えつけ勢い良く頭を振って、ゆっくりと一歩ずつ踏みしめるように窓際まで歩いた。
窓を開けずに、そのガラス越しにぼんやりと外を眺める。
ここからは城門は見えない。それでも、厩舎の端が樹の蔭に少しだけ覗いている。そこに次々と、順番に現れては優雅に翻えり、消えていく馬の尻尾が見える。
きっと、その内のひとつが彼の馬なのだろうと想像し、芯から純粋に、無事を祈った。


ついさっきまで繋がっていた手の平。
もうそこに無いフリックさんの体温に、すぐ後ろに迫る自分の現実に、
どんどん沸き上がる心細さに感情を支配されそうで、自分の腕を痛いくらいにぐっと抱えた。








「・・?・・               え・・・・・?」



つい呟きが漏れていた。
次々と続く馬の尻尾がふいにひとつ、反転して頭を見せた。
乗り手のマントが馬の背で、ひらりと風に舞った。鮮やかな青が、木々の緑と混ざる。

「・・・・・・・・・・・フリックさん・・・・」


思わず知らず、その名を口にしていた。彼はこちらに顔を向け、器用に馬を操り小さく円を描いてそこをゆっくり一周すると、こちらに向けてさっと手を軽く振り、すぐに城門の方へ、樹の蔭へと消えて行った。

ほんの、一時だった。あっという間に、行ってしまった。
でも、それでも、                  ・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あ!!
私のバカ!!
ガシャン!と、勢いあまってガラスが鳴るほどに、慌てて窓を開けた。バカだ!つい見とれて、・・・・窓を開ければ、ちゃんと手が振れたのに・・・・応える事が出来た、のに・・・・・・・・私のバカ・・・・・・・。
もうとことんまで、自分が情けなかった。ドオッと落ち込んで、力無く窓の桟に項垂れた。間が抜けすぎててみっともないを思いっきり通り越した。本当に、ただのバカだ。もう・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・顔が、熱い。
両手で頬を包んで押さえ、目を閉じる。・・・キレイだった、淡いブルーの瞳。光が伸びて緩い螺旋を描いていた。

また。
また、会いたい。早く、彼に会いたい。
近くで顔を見たい。・・・・・・・体温を、感じたい。

「・・・・・・・・・・・・・・・ハァ、」

胸が苦しくて。
フリックさんの余韻に浸っている自分が、今の現状にひどく場違いで、ちょっと、・・・なんとはなしに、情けなくもあったけれど。
でも、おかげでひとつ、気付いた事がある。


きっと、発露は、なんでもいいんだ。
難しく考える事じゃない。生きたいと願うことから、未来を確実に掴まえる事が出来るのなら。
結果、その先に辿り着くところはみんな同じな筈、・・なのだから。

今より先へ、また、同じ今を、手に入れる為に。



『生きる、為です』

シュウ軍師に、あの時そう答えた自分に、今、初めて、誇らしく頷く事が出来た。
戦う理由。
私が今まで、一番、きちんと形に出来なかったもの。



凡庸で、普遍。・・・・だけど、きっとなにより大切な。













カツカツ・・と、人の近付く音に、顔を上げ、窓をゆっくりと閉める。
戸口の方に振り返ると同時に、ノイが顔を覗かせる。私を見付けて、ぱっと顔を綻ばせた。
ノイは、私が任された新しい歩兵隊・・・特別編成隊内第14歩兵小隊の一員だ。まだ15才になりたての、伸び盛りの少年で、どんな細かな事でも、一人前に仕事を任される事が嬉しくてたまらない、と言った風に、暇さえあれば、何か仕事は無いかと懐いてくる。
今朝、城が出陣に向けて慌ただしく動き始める前に、私は彼に伝令を頼んでいた。

「ここでしたか。ヴィジットさんから薬草の補充を頼まれてたみたいだってさっきバーバラさんが教えてくれて。・・・・さん、」
ノイはそこで一端言葉を切り、姿勢を正す。口元から笑みを消し、軽く深呼吸した。そして、更にぴしりと背を伸ばし、厳かな口調を作る。
「ついさきほど・・・最後列の部隊が出ました。伝令の通り、屋内の修練場にみんな集まってます」

「・・・・・・・・・・・・・ああ。分かった」



来るべき時が来た。
もう、この先何があっても、私は作戦を遂行する事にのみ全神経を集中させる。
惑いは自分に許さない。






「あの、・・・訓練か何かするんですか?言われた通りみんな全装備整えて・・」
その場で目を閉じて黙り込んでいた私に対し、ノイが控えめに問い掛けてきた。私は、静かに息を吐きつつ、ゆっくりと目を開け、ノイを見て、言った。
「・・・・・・・・・・・訓練じゃない。本番だ。・・・・・・・・・行こう」
首を傾げて私を見るノイに、私は軽く微笑みかけ、その場所に向けて歩き始めた。














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