『 作戦の目的は、酒場や倉庫、船着き場やレストラン、それぞれ全ての持ち場の責任者に、当日の朝オレから話す。オレ達が出陣した後、主立った人員を酒場に集め、それぞれの持ち場から動ける者全てに集合をかけ、最小限の荷物でマチルダ騎士団領内まで動けるよう、昼前には全員庭に集めろ。
お前に一番頑張って欲しいのは、そこから出立までだ。
悪いが、シナリオはない。自分で考えて、上手く引率出来るよう煽ってくれ 』
安酒に悪酔いしたみたいに、頭の裏の方で鈍重に響き続けるシュウ軍師の声。
・・・・・・・・・・脂汗が頬から首筋へと滴り落ちた。生唾を飲む。
こんな事、聞いてない!!
「なんだいなんだい、挨拶ってったらもっと胸張ってえらそうにするもんじゃないのかい?」
「オレ達になにさせようってんだ!黙ってちゃ分からねぇぞ!」
「鎧が泣いてるよっ。さあさあ、聞いてやるから、ごりっぱなやついっちょ頼むよっ」
壇上で立ち竦む私に向けて、そこかしこから野次が飛んでくる。それに合わせて愉快げな笑いが次々に呼応する。声の調子はみな一様に明るく威勢良く、楽しげに私の出方を伺っている。
私は今の自分の現状に、完全に呑まれてしまっていた。
目の前に沢山の人、人、人!その全てが、自分を見ている。見つめている。
『 悪いが、シナリオはない。自分で考えて、上手く引率出来るよう煽ってくれ 』
シュウ軍師のその言葉の意味が、今やっと分かった。その場に立って初めて分かるというのも間抜けな話だけど、レオナさんに背を押されて、急拵えの壇上へと階段を昇り、一段高みからそこを見下ろした時の、私の心中といったら・・・
足が竦む、なんて、いつ以来だろう。・・・・・あまりの現実に、立ちくらみがした。だって、こんなに沢山の人の前に自分が立つ事になるなんて、生まれてから今まで、本当に、ちらとも考えた事が無かったんだ。
こんなにも緊張したのは初めてかも・・・・どうしよう何を話したら・・・ 。
数刻前、訓練場でノイ達に、シュウ軍師から私達に託された計画の、その一部始終を話して聞かせた。
彼等は、自分達が合戦に参加させてもらえなかったことへの隠された事実を知って、すぐに全員が色めき立った。自分達に課せられた責任の重さに打ちのめされる事など全くなく、その場で飛びはねはしゃぎ、拳を振り上げ、なんと光栄だと歓喜した。
若いというのはいいな・・、と、彼等の清々しさについ年寄り臭い呟きを零した。そんな自分に軽く苦笑しつつ、彼等と共に、シュウ軍師に言われたように酒場に向かった。
酒場への道中、彼等は胸を張り、意気揚々と雄々しく歩き、その誇らしさを全面で表していたが、酒場の扉を開け、その中央に集まる錚々たる顔ぶれに気付いた途端、その威勢は瞬く間に小さく縮こまってしまった。
「・・・・・・・・おはようございます。みなさん揃っていますか?」
店内を軽く見回しつつ、誰にともなく静かに問うと、おう、と低い響きの返事が届く。テツさんか、バリーさんの声の様に聞こえたけれど、二人とも口を一文字に結び、厳しい表情をこちらに向けている。・・・・私は、少し、緊張している。
キイ、と、カウンター横の扉が軽い音を立てて軋んだ。レオナさんがゆっくりとこちらに歩み寄る。
「・・・シュウに言われたように城内全ての持ち場の責任者が集まってる。・・・アンタも人が悪いね。こんな事を当日までチラとも見せず隠してるなんて。昨日も飲みに来てたのにさ」
少し怖い笑顔で私にそうごちた。口は笑ってるけど目が笑ってない。
「・・私も必死ですから」
自分がとても追い詰められているという事実を、今まで必死で胸の奥底に隠してきた。その事を、レオナさんにあけすけに軽く罵られたせいか、ここに来てやっと、もう誰に悟られてもいいんだ、という安堵感がじわじわと湧いてきた。レオナさんに向けて、胸中に素直にそう答えると、彼女が一瞬目を瞠った。そしてすぐに、ポツリと、意地っ張りな子、と呟き、呆れたような苦笑いを私へと向けた。
カウンターの中から店員の子が数人、少し怯えた目でこちらを見ている。
キリキリと逼迫した空気が、店内を隅々まで陣取っていた。その空気を発している、私もその一人だ。あまり時間も無い。私はスッ、と鼻で軽く息を吸い、徐に端的な説明を始めた。
「・・・みなさん、シュウ軍師から詳しい話を聞かれた事と思います。それぞれの持ち場から、今動かせる人員全てに召集を掛けて下さい。サウスウィンドウやラダト・・近隣の街や村々その全てから、集められる限りの馬や馬車が、昼食前には城に届けられます。・・・・・馬車が揃ったとて、お年寄りや子供達にはかなりの強行軍になりますが、今回限りとなんとか堪えるよう、事前にしかと言い含めて頂きたい」
「・・・ちょっと待って下さい。子供もですか?」
レンブラントさんが胸の前に軽く手を掲げて、眉を顰めて問うた。私はそちらを見て、淀みなく答えた。
「妊婦と赤ちゃん連れの母親、動けない病気や怪我のあるもの、そして・・ツェンダヌおいで」
私の後ろで並んで控えていた隊の彼らの方をサッと振り返り、中で一番小さな彼を呼ぶ。ツェンダヌは唐突に名を呼ばれ、自分に大人達の視線が集中した事に、一瞬だけ目が怯えたが、すぐにキッと表情を引き絞り、勢い込んで堂々と私の前に出た。私は彼の肩に手を置き、静かに続けた。
「・・彼より身長の低い子供は頭数に入りません。持ち場に戻る時はみなさんそれぞれ彼の頭の位置を身体で覚えて行って下さい」
ツェンダヌを見つめて、全員が沈黙した。
ツェンダヌはまだ12才で、今までの戦いで兄二人を失っていた。
足の不自由な母親を抱え、兄の無念を自分が晴らすとその母に誓い、剣を持った。彼にとってこれが初めての戦になる。
彼の頭の先が、私の胸の位置だ。無言でツェンダヌを見つめる一人、船着き場の責任者であるグランドルさん・・大柄で筋肉質な彼の、その腰の位置。
一拍の空白の後に、アレックスさんがみなの疑問をゆっくりと口にした。
「・・・彼の身長だと、兜をかぶっても子供だとバレると思うが・・・」
私は、もっともだと頷き、即答を返す。
「最後列で鍋を鳴らしてもらいます」
「 鍋?」
「大人数の盾や具足がかち合い、激しく猛っている様を演じてもらうのです」
「・・・・・・・・・・・・」
皆が順繰りに視線を合わせ、低いざわめきを交わす。そしてグランドルさんが更に、皆の疑問を口にした。
「見ただけでそれと分かるような女や年寄りはどうする。修理中の物や倉庫をさらえて、更にハンスんとこの在庫全部引っぱり出したとしても、城を起つ者全員分の鎧兜は用意出来ん筈だ」
「後衛で旗を振ってもらいます」
「旗。・・・なるほど。同盟軍の旗か」
「はい。遠くからでもそれとよく分かる、特に柄の長い大きなものです。三人で一本、・・・・これからマチルダ騎士団領到達までに、馬車の中で旗部分を急ぎ作ってもらいます。布はこちらで準備しています。柄は森に入ってすぐに私達で作ります」
私が言い終わると同時に、グランドルさんがくっと顎を持ち上げ、ハン、と低く笑った。
「現地調達か。・・バリー、お前んとこの、・・・ドルセンと、えぇと、黄色い頭の、」
「アギアラか?削ぎの若衆だな。分かった」
城の建築に携わる大工衆元締めの一人、バリーさんが、白髪の混じった無精ひげを擦り上げ、力強く頷いた。
「そういう事だ。、だったな。柄はソイツらに任せな」
グランドルさんが表情を変えずに、そこで終わったと言葉を切った。
・・・さすがに話が早い。その時にはすでに、その場にいる責任者の面々全てが、これ以上四の五の御託は無用だと、目で強く語っていた。
頼もしい。強く、そう思った。
「・・・ありがとうございます。それでは、みなさんは今から持ち場に戻って、馬が届く昼食前には城門前に、この作戦に参加可能な人員全てを集めて下さい。その際それぞれの持ち場で可能な限りの兵糧と武器、防具、それから・・」
「いい、いい。分かってるよ。さあみんな、動くよ!」
レオナさんが私の言葉を遮って、皆を見てパンパンと勢い良く手を叩いた。途端、一斉に全員が動き始める。併せて、酒場の床板が景気のいい足音を断続的に鳴らした。
「あの青二才、とんでもない作戦立ててくれるもんだな」
「頭ん中が見てみたいぜ。おうバーバラ、うちの十人ほど寄越すか」
「頼むよ。グランドル、あんたんとこからもね。テツ、」
「おお。さぁ、お前らも突っ立ってないでハンスんとこ行け!専門だろうが!」
「はっはい!!」
それぞれが口々に段取りを交わし、素早く酒場を出て行く。テツさんに呼ばれ、慌てて私の顔を見た隊の彼らも、私の頷きを確認し、駆け足でハンスさんの後を追った。
あっと言う間に静かになった店内で、レオナさんが私の傍に歩み寄り、私の頭をヨシヨシと優しく撫でてくれた。
レオナさんからの、労りという心地良い温度が、私の心に浸透する。
「・・今までよく堪えたもんだ。ビクトールは知ってんのかい?」
「いえ、・・・でも、何かある、程度には気付いてたみたいです」
「ふぅん。・・・・じゃあ、楽しみだね。アイツらの度肝を抜くのがさ」
そう言ってから、ニヤリ、と意地悪く微笑って、私に目配せをした。
私はその時まで、かなり切羽詰まった顔をここで晒していたんだろう。レオナさんの物言いと、そして、そう言われてみれば、と、度肝を抜かれた味方の彼らの驚いた顔をつい想像して、少し緩んだ頬に、レオナさんの手の平が、ふいに優しく訪れた。
「・・・・そんな顔してなよ。この後ここに残される子達の為にもさ」
ズクン、と、胸が痛いくらいに重く、鳴った。
レオナさんが微笑ったので、私も頷き、微笑った。
「・・・え、えぇと、」
「おぉーいお嬢さん、オレ達に何用だい?いいかげん話してくんねぇかなっ」
「かあーわいいお顔が真っ赤だねぇ!」
軽くからかわれて目を丸くした私に、どっ、と大きな笑いが興る。ああもう・・・・!
煽るどころか、逆に煽られてしまっている・・。ここに来るまでに皆それぞれの持ち場で、責任者から一通りの説明は受けている筈だ。ここに集められた事情も、これから成さねばならない事も分かっている筈だから、・・・・現状を分かっていて、あえて私をからかっているのだ。
門出は楽しい方がいい。残される者達の為にも。
腹の中で何度もシュウ軍師への様々な文句を繰り返し、深呼吸をするように、大きく息を吸った。
「えー・・・。・・・こんにちは、」
どっ、と笑いが興る。笑われてから、ああ・・こんにちはじゃないだろう・・と、気付く。恥ずかしさに顔から耳から真っ赤にして、ふと見れば、隊の皆もそれぞれの家族や友達の横で、口元を隠し肩を揺すっている。私への手前、せめても笑いを堪えようと必死なのが、手に取るように分かる。
ツェンダヌのお母さんは、笑う彼の傍らで柔らかく微笑んで、私を見ていた。
目が合った事で、彼女は、私に、
まるで神に拝むかのように、ゆっくりと両手を合わせ、目を瞑った。
喧噪が、消えた。
私の中に、夜のような静寂が訪れた。
急に落ち着きを取り戻し、真剣な表情で沈黙した私に皆が気付き、だんだんと静まっていく。
眼前に広がる彼らの顔を、ゆっくりと見渡して。
「助けてほしい」
「この戦いの現状は深刻で、誰の目にも明らかに、私達に不利だ」
「今ここに集まった全員で、今朝彼らが向かった戦地 マチルダ騎士団領へ向かう。王国軍に対し、大規模の援軍が来たと見せかけ、その不利な戦況を覆す為に」
心は、静かだ。さっきまでの緊張も、恥ずかしさも、完全になりを潜めている。
皆、私の言葉に、真剣に耳を傾けてくれていた。
だから私は、今、自分の心に浮かんだ想いを、ただ素直に、言葉にした。
赤ちゃんの泣き声が、遠くから、細く届いた。
「欲しいのはただ、勝利ではない。私が欲しいのは、大切な人達の未来、・・・・・・・愛しい人の、命だ」
「失いたくない」
「助けてほしい。・・・・頼む」
言い切って、一度目を閉じ、静かに息を吐いた。ゆっくりと目を開け、再度、皆の顔を見渡した。
私を見つめる皆の視線が、熱い。
そこには、奇妙な高ぶりが産まれ始めていた。
ふいに一人の女性と目があった。
その容貌は記憶に在る、とふと気付き、すぐに思い至った。彼女はいつか酒場でドゥエインと一緒だった・・・そうだ、彼女は・・、リルだ。ドゥエインの、恋人。
彼女の褐色の肌が、太陽の光を照り返し、艶めいて輝いている。
リルはとても誇らしげな顔で私を見ていた。手に剣を握っている。それは女性が持つにはかなり大振りなように見えた。一拍見つめ合った後、彼女はその剣を鞘から抜き、サッと空に掲げた。刃が陽光を受けて、目映い輝きをその周囲に放った。
気持ちは、同じだ、というように、強い視線で私を見て。
「オオォ ッ!!」
突如、激しい雄叫びを発した。それは空に真っ直ぐ駆け上がり、皆の心に響き渡った。
私は、唐突に理解した。
きっと、それは、『誓い』。彼女から、ドゥエインへ 。
リルが発した鬨の声に呼応して、次々に皆剣を抜き、剣が無い者は拳を突き上げ、勢い良く天を指した。
喊声が続く。集団で発せられるそれはやがてひとつとなり、激しいうねりとなって、草原へと突き進む。
これから私達が目指す場所へ、更にその先へと向かって 。
みんなもう、心は決まっている。
「・・・・・・・・ありがとう。・・・・・・・・・頼む」
「「「オオォ !!」」」
「・・・・・もしも!剣を向けられたら、私が皆を護る!・・命を懸けて、皆に約束しよう。全員生きてここに、この城に、帰ると!!」
「「「オオオォ !!」」」
響く、魂の誓い。
見渡せば、溢れんばかりの希望に満ちた、瞳の輝きが、私を前ヘ、と、急き立てる。
今、行きます。
沸き上がる興奮と、勇ましい呼び声に喚起され、私も剣を抜き、空に高々と掲げた。
「・・・・・・・・出陣!!」
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