思い出すのは。
騎士団領内に入るとすぐに、合戦は開始された。
王国軍はマチルダ騎士団を加え、それぞれが大きく黒々とした塊りとなって、ドロドロと重い地響きを立て、草原の中央をこちらへと淀みなく向かってくる。
その足並みは決戦へ向けて一つの乱れもなく、整然と勝利への飽くなき渇望を表していた。
「迷うな!」
同盟軍軍師としての声色をもって、シュウの恫喝がオレ達同盟軍全軍に向けて放たれる。
「恐るるは、退くことぞ!迷うは、死を示す!事ここに至り、成すべきは勝利!今我々が胸に抱くは眼前の敵の殲滅 、唯それのみと、それぞれがしかと心せよ!」
シュウの声に全員が集中する。意識が勝つことのみに向けられ、隆々と猛っていく。
一拍の沈黙に、一陣の風が草原を荒げ、そして凪いだ。
シュウと目を見交わせて、タローが馬上からサッと手を振り上げた。
「新同盟軍、前進!!」
タローの勇ましい号令をその合図とし、オレ達も草原の中央へ向けて、進軍を開始した。
今、キバとその部隊が、敵の戦力を割く為に、ミューズ東部でその命を賭して戦っている。
オレ達がここで敗ける訳にはいかない。絶対にだ。
兵数の差に圧され、その勢いに呑まれて、足を止めたら全てがここで終わりだ。
迷いはない。
オレ達は皆、勝つ為に、ここへ来たんだ。
森の中は、今にも弾けんばかりの緊迫感で隙間無く包まれていた。
森に入ると同時に、私達は二部隊に別れた。
兵列は計五列。
最前列に体格の良い者を並べ、ここまでの道中に、陽の光を受けてより煌びやかに輝くよう、丹念に磨き込まれた盾、鎧、兜をそれぞれ全装備し、後列が見えにくいよう出来るだけ密集して並ぶ。それは一線条ではなく、正面から扇形に、後列を覆うように広がっている。両端に騎兵の並列。
二列目以降、中に、外からは見えない空洞を作る。そこに横一列ずつに並んだ旗と鍋。
総勢約五千の非戦闘員の集団を割り、二千五百の一部隊を五千に見せかけた二大隊を作り、遠目から、計一万の兵団に見せる。
ここに到着するまでの旅路で、統率の取れた歩兵部隊、騎馬隊に見せかけるよう、最前列と二列目に並ぶ者達はそれぞれ並列訓練をした。ここが上手く整わなければ、囲いの奥はスカスカだとバレてしまう。
後衛で鍋や薬缶を抱え、かき鳴らす子供達は、遊び半分に楽しくやっていた。最も基本とする、合図をするまで決して動かず、声も立てるなという事を教え込むのが一番大変だった。自分達と年も背丈もあまり変わらないツェンダヌから、もっと皆の足元を見てリズム良く鳴らせとか、地響きのように重々しく、とか、それは仰々しく命令されて面白くなかったらしく、ついぞツェンダヌをからかっては怒らせていた。
旗は遠目にも素晴らしい物が仕上がっていた。孫と一緒に出て来たと、皺を伸ばして破顔する老父が、旗竿を握りしめ勇ましく闊歩する。女達の目が使命に燃える。
息を潜め、気配を殺し。
腰を低くして、そこを前進する度に、草原から私達の耳に届く喧噪が大きくなる。
金具を削るような高い音、蹄の旋律、
生と死を分かつ間際の激昂 。
合戦の地は間近に迫っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
斜め後方に伏せているレジャンに向かい、無言で指を立てた。パッと広げ、胸の前で旋回させる。
レジャンが頷いて、自分の両隣、そして後方に同じ合図を繰り返す。頷きが波の様に広がり、やがて木々の合間にゆっくりと扇形が仕上がっていく。
レジャンは今まで二度の合戦を経験している。だがどうにも気持ちが弱く、二度とも軽い怪我で陣営に逃げ戻っていたらしい。それでも隊の中で一番の年長者で、合戦を経験した事のない他のメンバーに対し、何かあればオレについてこい、その戦いぶりを見ていろ、と常に虚勢を張っていた。
今は、前方の草原からじわじわと漂ってくる戦場の気配に煽られ、緊張の余り青ざめた顔で、滴るほどの脂汗をかいている。
今までレジャンは、所属した部隊で常に誰よりも格下だった。
この戦いでは、自分が、護る側の要だ。初撃があれば幼い隊員達の盾となり、非戦闘員達を無事逃がす護りとならねばならない。今回彼はそれを痛いほど意識している。そしてそれを心の柱としている。
この戦いでは、絶対に、何が起ころうとも退くことはない。私を見つめる目が、それを強く語っていた。
そしてそれは、今この場で身を潜める者達全てに共通している。
草原中央の戦況は、消耗戦の様相を呈していた。
兵数の差を勢いで埋めるが如くに、猛烈な突進を続ける我ら同盟軍。
数での劣勢に一歩も引くことは無く、勇猛果敢に立ち向かう。 だが、王国軍と騎士団に前方を塞がれた今の戦況から、なかなか抜け出せずにいた。
「・・ァ!・・・・!!」
「・・・ッ!!」
背後から数名が、小さな悲鳴を上げた。それに息を呑む音が次々と続く。私はそこへ向かい思わず飛び出しそうになる足を、拳で力一杯押さえつけ、堪えた。
同盟軍の背後に、王国軍の新手が現れた。騎馬隊が二部隊、激しい嘶きと共に飛び出してくる・・!
後衛に控えていた部隊が、いきなりの事に虚を突かれ、一瞬弓なりに隊列を乱した。しかし、この正念場に気勢で負けてなるものか、と、すぐさまそれぞれが反転し、敵の遊軍に向かい、応戦の体勢を取った。馬上から振り下ろされるその剣先を必死で捌きつつ、徐々に隊列を整えていく。
多少のバラつきはあるものの、その一瞬での甚大な被害はなんとか出さずに済んだようだ。
だが・・・・これで、同盟軍は完全に囲まれてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私の背後から、焼けつくような焦燥と抉るような不安が、瞬く間に周囲を覆う。
囲まれたあの中に、助けたい家族がいる かけがえのない人がいるのに!!
私は、自身も焦りに追い立てられつつ、顔だけで振り向いて皆を制した。ここで私達が焦って飛び出したら、更なる悲劇が同盟軍を襲う事になる。右手側に別れた皆は大丈夫だろうか。
早く、合図を・・・・・シュウ軍師 !!
喰い入るように戦場を見つめ、祈るようにその名を心で叫んだまさにその時、唐突に、同盟軍側から銅鑼が激しくかき鳴らされた。不規則な連打・・・・・・合図だ!!
私はサッと馬に飛び乗り、隊列の端に廻った。その際に剣を抜き頭上に構え、皆に抜刀を促した。剣と鞘が擦れ合い、小気味良い音が続く。皆、緊張から額に汗を滲ませ、頬も強張ってはいるものの、目の輝きの勇ましさは、気合いの強さを示していた。
目の前の戦況を、沈黙を強いられ固唾を飲んで見守ったこの時間・・・・。
歯噛みしてもただ潜んでいるしか出来なかった自分達。その責め苦は、永遠にも感じられた。
さぁ、この苦境に今こそ解き放たれた我ら援軍のその雄姿を見よ !!
突如、森から上がったただならぬ大音響に、敵軍兵士もオレ達同盟軍兵士も剣を止めてそっちを見た。
あの旗印は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!
「同盟軍の援軍だ!!」
「味方が来た・・!オレ達は勝てるぞ!」
「なんて数だ・・・・・・あんなにどこに潜んでたんだ・・」
雲を映すほど磨かれた鎧に身を包み、喊声を上げ猛々しく進軍するその様に、敵味方関わらず一斉にどよめきが上がる。二部隊に別れ、合わせて一万はいるだろうか。それぞれ背後に巨大な同盟軍の旗を、高々と何本も掲げている。どの旗も、オレ達により一層その存在を鼓舞するかのように、左右に忙しなく振り続けていた。
断続的に、だが決して途切れる事なく続く鬨の声が、その場に立ち竦む全員の腹の底にビリビリと痺れて届く。
地響きがするほどにわざと雄々しく足を踏み、具足を激しく鳴らす。肩がぶつかるほどに寄り添い剣を降り、火花を青空に景気良く散らす。
オレは傍らのディックと目を見交わせて、状況の不審さに首を捻っていた。
これだけの数の援軍をどこから引っ張って来た?恐らく策はシュウの独断によるものだろう。・・・成るか成らないか、某かの不安要素があってオレ達に告げられなかったのかもしれない。だが、今、この頼もしい援軍は、現実としてオレ達の目の前に在る。
唐突に現れたその兵団は、威勢の良さに相反して、進軍の速度が思うより鈍い。だがじりじりと迫る同盟軍の援軍に、王国軍側は性急な決断を迫られていた。
眼前の王国軍の並列がやや撓んで乱れ始めた。そうだろう。あの援軍がこの包囲網に到達し、その端から食い荒らし始めたら、この戦況は今よりオレ達により有利な方向へと、著しく変化する事は必至だ。
どうする。合戦を続けるか、退却するか、どっちだ ?!
王国軍側の銅鑼の音が、大きく三回、空高く響き渡った。
現状で自分達が劣勢に追い込まれるような事になるのは避けたいと考えたのか、ここは撤退と決断したらしい。銅鑼の音に合わせ、敵部隊の将と思われる者達の発する退却の号令が、あちこちから漏れ聞こえてきた。
方々でまだ多少の鍔迫り合いが繰り広げられているものの、王国軍勢はやがて徐々に兵を引き始めたようだ。そうこうするうちにこちらにもシュウから伝令が届き、深追いはするなと指示が出た。
オレ達は隊列を整えつつ、グリンヒル側へとゆっくり後退した。背後に迫っていた王国軍の騎馬隊は、早々にバラけて撤退したようだ。突入して来た時の猛攻がウソのように、その時にはもうその姿は跡形無く消え去っていた。
こちらも伝令の通り無駄に深追いはせず、王国軍側も撤退を最優先として動いた為、思うよりも早く草原は開け、敵軍勢は大挙してロックアックス城の方へと退いていった。
それを複雑な胸中で見送った後、オレは前衛で戦っていたビクトールが戻って来たのを機として、ディックに隊の損害を詳しく調べるよう指示を出し、ビクトールと共にシュウの元へと急ぎ向かった。
ビクトールが拳を突き出し、オレに向けた。オレも拳で返し、口の端で笑う。
「よぅ。お互い無事なようだな」
「ああ。 ビクトール、一体あの援軍は・・」
「な。手品でも見てるみてぇだ。シュウのヤツ・・・今回は背骨が折れるほど抱き潰して褒めてやらねぇとな」
ニヤリと含み笑いしつつ言うビクトールに、オレは、ヤツにそこまで近付く前にあの三白眼で睨み殺すかの如くに激しい拒絶を受けるだろうが・・と、半ば呆れ顔で呟くように返答した。だが今回の結果に対し、背骨が折れるほど、との敬意はもっともだと、同時に深く頷きもした。
ほどなくタローの傍らに添うシュウを視線の先に捉え、そこにもう到達するという直前に、後方から次々と、問うような声が上がった。
それはあちらこちらで瞬く間に連鎖を呼び、やがて大きな歓喜の叫びに変化した。え・・・・・・・・?!
振り返ったオレとビクトールの視線の先に、抱擁を交わし合う沢山の家族や恋人達の姿があった。肩を抱き合う友人達や、はしゃぐ子供達に紛れて、テツやトニー、コーネルの姿も垣間見えた。一体、これは・・・・・・・・
「これで良かったのかい?シュウさん」
聞き覚えのある声に、ハッとする。オレもビクトールも口をあんぐりと開けて、歩み寄ってくる親しい人物の顔を凝視した。
「上出来だ」
「バーバラ・・・それに・・・・・・」
「まったく人使いが荒いよ。私らまで引っ張り出すとはね」
その後方から、普段見られない、・・・というか、まずあり得ない、と言った方が的確だろう。同盟軍の兵服を身に付けたレオナが現れた。オレ達はそこでやっと、この援軍がどうやって成り立ったかに気付き、更に驚愕し、二人を見つめた。今の兵団は、非戦闘員の集団だったのか・・・・!
「すまんな。だが、充分役に立った。2度は使えぬ方法だからな。すぐに城に戻ってくれ」
シュウが淡々と言葉を返す。だが心なしか、めずらしい事に、声色がわずかに弾んでいるようにも感じた。
「レオナ・・・お前ら・・・」
ビクトールがそっちを指さしつつ、だが呆気に取られてまともに言葉が続かない、というように口ごもった。オレもかなり頓狂な顔で二人を見ていたんだろう。レオナとバーバラが、そんなオレ達を見て勢い良く吹きだし、愉快げに大声で笑った。
「アッハハハ!すごい顔だねビクトール!目ん玉落っこっちまうよ」
「ホントだ!ああ・・・可笑しかった!本望だね。その顔見たさにここまで来たようなもんだからさ」
「いや、・・本当に驚かせてくれるぜ。こんな無茶な作戦考えつくシュウも凄いが、あの人数じゃ統率を取るのが大変だったろう。・・・・・そういや、率いていたのは誰だ?グランドルか?」
ビクトールが、そうと考えつく一番的確な人物の名を挙げた。グランドルは城の船着場を一手に仕切っている、気は荒いが人望熱い人徳者だ。オレもまず始めにグランドルの名が浮かんだ。誰かと協力して指揮を取ったとしても、心身共に率いる将は必要だ。それも、この現状で、戦闘をその生業としない者達をその気にさせ、無条件に信頼されるような大人物・・・・・・・・・
「いや、だよ」
・・・・・・・・?
あの援軍を率いていたのが、?
「?」
「そう。だよ。すっかり騙されたねビクトール」
「・・・そうか。何かあるたぁ思っちゃいたが、・・・なるほどな。アイツはどこだ?」
「あっちでアンタの隊の連中にもみくちゃにされてたよ。・・・可愛いねあの子。あんなに健気だったとは知らなかったよ。皆の前で立派に・・・・・・・・・・・・ 」
オレは話し込み始めたレオナとビクトールから離れ、混雑するその場所を見つめた。
人波をかき分け、少しずつ前へと進みながら、彼女の姿を目で探した。
オレの頭の中で、様々な感情が駆け巡った。
こんな、事を
一人で抱え込んで、無茶をして、
こんな危険な事を
いつも
別れの時も、
あの夜も
どうしてオレに言わなかった
ああ、
無事で良かった、・・・・・・・・・
これと同じ歯痒さを、昔、感じた。
そんな女を好きになったという、心底沸き上がる誇らしさと併走する、
胸を掻きむしりたくなるほどの、それは、
慟哭にも似た、
オレの中で、何かが奇妙に符号した。
覆い被さるように、瞬く間に広がる真っ黒な、既視感。
「フリック」
肩越しに呼ばれ、意識が現実に引き戻される。が、喉が思うように動かず、声を発する事が出来ない。
黙ったまま呆けたように前方を見つめるオレに、ビクトールが怪訝気に再度呼びかける。
「・・なんだ。どうした?」
「・・・・・・・・・・・ああ。いや、・・なんだ?」
肩に掛けられたビクトールの手の重さに、揺り起こされたような錯覚。
だがお陰で、今度はまともに返事を返す事が出来た。ビクトールがオレの横に並び、話し始める。
「シュウが、敵さんにバレて追っかけられる前に帰さなきゃならんから早く行かせろだと。まぁ、もっともだ。レオナとバーバラも身内のケツ叩きに戻ったよ。は?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
オレは、自分の記憶に沈み込み、意識を上手くそこへ向けられず、の姿を見付けられずにいたから、ビクトールの問いに対し返事が出来なかった。
ビクトールはそこを眺めてすぐに彼女を見付けたらしい。声色が穏やかなものに変化した。
「ん?・・ああ、いた。なんだよ嬉しそうに笑いやがって。よっぽど不安だったんだな。合流したらタップリ労ってやらねぇとな」
違う。
「見てるぜ。行かなくていいのか?」
「え?ああ、・・・・・・・・・・・・・・」
「・・フリック?」
その姿が、唐突に視界に飛び込んできた。
がオレを見ている。
城への帰路に合わせて、やがてその方向へと動き始める人々の波の間で、
兜を外し、髪を風になびかせてその場所に佇み、がオレを見つめている。
視線は熱を顕わに示し、心の奥にある何かを穿つ。
抗いがたい引力を持ってオレを引き寄せる。
違うんだ。
の口が、ゆっくりと動く。その形に柔らかく開き、空間に綴られる言葉は、
『 ま た 』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
オレは呆けたように薄く口を開け、彼女の姿をただ、見つめた。
ビクトールが大きく拳を振り上げ、に向かって勢いよく突き出したのが目の端に映った。ガハハハとバカ笑いが耳に届く。も併せてサッと手を挙げ、大きく振った。そしてくるりと身を翻し、彼女が将として成ったその援軍と共に、遠ざかっていった。
オレはただただ、彼女の後ろ姿を見つめた。
そうするしか出来なかったから。
何千もの兵団を率いて去るの後ろ姿に、かつての彼女の長い髪がダブる。
オレは。
まるで空に向かって手を伸ばすような衝動に焼かれながら、揺れる彼女の長い髪を見つめていた。
それは、いつも、
子を従える獅子の母のように、尊大で、優雅な後ろ姿だった。
思い出すのは。
宣告と、
激しい動揺の後に訪れた、
真っ暗な、出口の無い、
静寂という現実 。
「違う」
その時は、まだ、バカなことを、と、すぐに拭い去る事ができた。
単純に、昔見た光景と重なり、それがあまりに酷似していて、否が応でも、思い出さずにはいられなかったんだ、と。
ナナミが、敵の矢に倒れるまでは。
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