凄惨な事実はより親しい者に衝撃を持ってそれが当然の理屈だと容赦なく心にねじ込まれる。
呆然と佇むタローの側で、ひどく取り乱してしまった事実が、後になって凄まじくオレの心の中を荒らした。
今誰より辛いのはタローで、オレじゃない。
それでも、堪えきれなかった。みっともなく喚き、壁を殴った。
掛ける言葉も見つからない自分。
ナナミを失い、キバも戦場に散り。
死。
そこにいた筈の存在が、振り向けば何も無かったようにかき消える。
その事実で、こんなにも無力感に苛まれる。
孤独に蝕まれ、やがて、その人の記憶がただ、取り留めもなく脳裏を過ぎる頃、
後にはただ、心に空いた暗い穴に、静けさだけが滾々と満ちる 。
ナナミが死んだその翌日の朝には、タローとシュウの間では既に、皇都へ攻め込む期日が決まっていた。
それに異議を唱える者は無く、皆が一切の惑い無く、最後の戦いだと意気を同じくした。
オレ達は最後の合戦となるだろうその日に向けて、新たに加わった面々と共に、平野でのその戦陣の最終調整をし、後に城攻めへの細かな作戦会議を始めた。
そして会議と並行して、それぞれの部隊の人数調整や配置調整をこなし、その日へと順当に準備を進めた。その間、駆け足ではあったが、特になんの障りも滞りもなくその日その日を過ごし、黙々と自分の仕事をこなしていった。
タローは、自分の身を気遣う皆に対し、常に穏やかに微笑っていた。
ナナミの遺体は、本人の意向もあり、誰の目にも タローにさえも触れさせず、深夜にひっそりと埋葬された、と、ホウアンから聞いた。
そうしてロックアックス城を落としたその8日目の朝に、オレ達は皇都ルルノイエへ向けて出発した。
トゥーリバーに到着したその夜、私達小隊のメンバーは全員、レナナさんやバーバラさん、グランドルさん達から呼び出され、宿屋の大広間へと通された。
彼らは私達に、この後の城までの道程は自分達に任せて、お前達は今ここから反転し、再度本隊と合流しろ、と言った。 彼らは、私達が言葉にしないまでも、心でそれを強く望んでいる事を、察してくれていた。
けれど、それで本当にいいのか、と、惑う私達の背を、大丈夫だからさっさと行け!と、笑顔で強く、押してくれた。
皆に心からの感謝を告げ、必ず、と勝利を誓い、私達の小隊はトゥーリバーで皆と別れた。
そして一刻も早く本隊と合流すべく、急ぎ馬を走らせた。
グリンヒルで一度馬を換えてから、ロックアックス城に向かった。到着後、そこにはもう皆の姿が無い事を確認し、一旦城で装備を整え、隊の皆の剣を磨いた。
出来る限りの準備を整えた後、再度馬に跨り駆けたその先で、騎士団領とハイランド王国の端境の森が激しく焼けただれ、苦い煙を上げて燻っていた。焼けて頽れた木々を跨ぎつつ、焦げた死体を横目に馬の腹を必死で蹴った。不安に逸る鼓動を抑え、ただただ前を目指して寡黙に進んだ。
その日の夕刻、同盟軍の野営の天幕が沢山立ち並ぶ場所に辿り着いた。眼前の平原の中に広がるその様を目にした時、強い郷愁の念が、胸中一杯に広がった。やっと還ってきた、皆のところに。
やっと皆と一緒に戦える・・・!
見張りに配置されていた兵士達が私達に気付いて駆け寄り、案内を一人寄越してくれた。指定の場所に馬を繋いでから、カレダン達の天幕の場所を教えてくれ、彼とはそこで別れた。
彼が戻り際、ツェンダヌの頭を軽く小突き、お前務まるのか?とからかった。が、ツェンダヌはすぐさま彼に向かい、強い視線で、お前よりはと威勢良く息巻いた。その場所にいた兵士達の間で、たのもしいなと合いの手が入り、若い彼らにそこかしこから歓迎の手が上がった。
私達はカレダンを探し、教えられた天幕に向かった。やがてセルエの小隊とカレダンの小隊のメンバーを見付け、その脇で焚かれていた火の側で、食事をする彼の姿を見付けた。
彼らは私が名を呼ぶ前に私達に気付いてくれ、火の側に座っていた皆も順に立ち上がり、よく来た、よく間に合った、と笑顔で迎え、肩を叩いてくれた。
まずはとにかくメシだ、と、彼らは火の側に私の隊の皆を座らせ、新たに加わった人数分の食事を用意してくれた。次々とパンやチーズを手渡され、皆手に手に受け取ったものの、自分達がベテラン勢に囲まれている事に少しの緊張と困惑を抱え、上目遣いにチラと私を盗み見た。若い彼らのそんな可愛い仕草に少し苦笑しつつ、軽い頷きをそちらに返すと、彼らはやや畏まりつつも順に食事を取り始めた。
カレダンから、今夜は私の小隊の皆を、セルエの小隊の皆と一緒に居させるといいと言われ、私は素直に頷いた。セルエの小隊は、隊長は若いがそのメンツは壮年のベテラン揃いで、戦歴の浅い若い彼らにとっては、明日の合戦へ向けてとても良い刺激になるだろう。立ったままパンを頬張りつつチラとそちらを見ると、初めは共に火を囲んで食事をするのにも気負っていたのに、話がロックアックス城を落とした時の事、ここまでの道中の事になると、皆そちらへ身を乗り出し、食事もそこそこに真剣に聞き入っている。その様子が自分達の若い頃を見るようで・・・、私はカレダンと目を見交わせて、ほろ苦い懐かしさに、密やかに微笑った。
私は食事を簡単に済ませてから、カレダンにビクトールさんの所在を聞いた。多分、主な将の面々と食事中か歓談中だろうと思っていたら、もう天幕で横になっていると言われ、まだ宵の口だろう、と、少し驚いた。
まさか怪我でも?と即座に考えたが、いつもの彼なら合戦の前夜は、少々の怪我など構わず私達と共に酒盛りだ。それに、動けないほどの怪我なら、カレダンが黙っている筈がない。
カレダンに問うよりビクトールさんに会おう。すぐそう考えて、ビクトールさんの天幕の場所を聞いた。そして、火の側に歩み寄り、副隊長を任せているアスタに、食事が終わったらここの近くの空いている場所に、自分達用の天幕を張る様にと告げてから、そちらに向かった。
天幕の周囲は思うよりも静かで、いらぬ不安が頭を擡げる。
その天幕は、ビクトールさんとフリックさん、カレダンとディックさんの4人用だと聞いている。けれどカレダンもディックさんも、合戦の前の晩はいつも、あちこちの天幕を遅くまで忙しなく歩き回っている。今夜もきっとここは、実質は二人専用となるだろう。・・・そんな事を考えつつ、今ここにフリックさんが不在だといい、と、少し思った。純粋にビクトールさんを心配する気持ちが、フリックさんの顔を見て浮き足立って、冷静さを欠いてしまうかもしれない自分へ、小さく叱咤した。
・・・何事も無ければいい。
そう願い、出入り口の前でビクトールさんの名を呼ぶと、中から少し篭もった声で、おう、と返事が返ってきた。
失礼します、と出入り口の布を捲り、ビクトールさんの姿を見て驚いた。
ビクトールさんは天幕の奥の寝具に座り、酒瓶の口を銜え豪快にラッパ飲みしていた。その様子はいつもの事だが、そのビンを持つ腕にも、胡座をかいた足にも、そこかしこに包帯が厚く巻かれている。更に顔を見ると、頬が少し赤くただれていた。
自分を見つめて、驚きに目を見開いた私に、ビクトールさんが酒瓶を横に置いて、こちらに軽く手を挙げた。
「よう、来たか」
「ど・・どうしたんですか一体?・・あ、の、もしかして森の焼け跡・・・・・?」
「ん?ああ、これか?」
腕を少し持ち上げ、包帯の巻かれた部分に軽く目をやり、すぐに逸らして、足元の袋から少し大きめの干し肉を取り出した。そのまま口にポイと放り込み、たくましく咀嚼する。
「・・・・おっと、誤解すんなよ。オレが下手打った訳じゃ無ぇぞ。作戦のとばっちりだ。 まぁ、気にすんな」
「き、・・気にすんなって言ったって・・・・」
軽い言い様に呆れて言い募ると、彼は顔の前で手をひらひらと振り、にへ、と笑う。そのまま、来い来い、と、笑顔で私をそちらに招いた。
私は素早く彼の傍らに歩み寄り、寝具の脇に座り、正面から頬の傷を見つめた。近くで見ると、一目で火傷だと分かった。そうひどくはない、・・けど、明日は少し腫れるかもしれない。塗り薬は塗ってあるようだけど・・・・・
右側の頬から下へ、首筋にかけてが一番ひどい。そこから近い襟足の毛先が、焼けて不格好に縮れていた。
「・・・そんな心配そうな顔すんな。っと、そうか。もしかしてオレの男前が上がったってか?ん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・怒りますよ」
どこまでも茶化したその物言いが癇に障って、低い声で応えた。ビクトールさんはワハハと軽く笑って返し、ポンポンと私の肩を叩いた。
「んな怖ぇ顔すんなって。オレは大丈夫だからよ。大げさにぐるぐる巻きにされちゃあいるが、大した怪我じゃねぇ。明日は誰よりも活躍すんぜ。見てろよええ?」
早口にそこまで言って、私の肩を軽く叩いたその手を拳にして、そのままそこをトン、と突いた。続けて、ふてぶてしく笑う。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・なんだよ。信じねぇのか?」
「・・・・・・・・」
どうにも、この調子で通すつもりらしい彼に、私は軽く吐息をついて、枕元を見回した。今飲んでいた酒瓶と、干し肉の入った袋。汁物が入っていたのか、空いた椀がひとつ。
「・・・食事は終わったんですか?それは食後の一本?」
「ん?なんだ?」
「食事が済んだなら、髪を切りましょう。男前、下がってますよ」
私はビクトールさんの肩先で、縮れてちょんちょんになっている髪を指さし、半目で意地悪く言った。
いつもの、彼なら。
まだ更に、茶化して続け、私をからかっただろう。
けれど、今の彼は、違った。ああ、と、中途半端な笑いを残したまま、私から目を逸らし、枕元の酒瓶を見た。
ゆっくりと瓶を持ち、一口飲むと、そのまま背を丸めて、顔だけ上げて私を見た。
「・・・・・・・・・・そうだな。・・・気遣ってくれるんなら、・・オレは今夜ちぃとばかし疲れてる。これを飲んだらもう寝っちまおうと思ってた。だから、散髪やその他の事は明日に回して、とりあえず笑顔でオヤスミの挨拶なんかしてくれっと嬉しいんだが」
言いつつ、両腕を広げ、母親にキスを強請る子供のように唇を尖らせた。
・・・・おどけてはいるけれど。
「・・なんだよ。マジに取んなって冷てぇ女だな」
笑ってはいるけれど。
ビクトールさんの態度からやんわりとした拒絶を感じて、私は追求を止めた。淀みなくスッと立ち上がり、天幕の出入り口まで歩いてから、振り返って彼を見た。
少しの意思表示を、彼に、残したいと思ったから。
「・・・・その怪我に、何があったのかは聞きません。でも、・・・・・・・・・」
「?」
「怪我がその程度で済んで、・・・・今、生きていてくれて良かったと、心からそう思います。・・・今日はゆっくり休んで、明日また指示をお願いします」
ふいにビクトールさんの目元が、今まで見た事が無いくらい、辛そうに歪んだ。
「・・・・・・・・かなわねぇな。ったくよ」
隙を見せたのは一瞬で、一言ごちたその時には、火傷のせいか、笑顔の頬が、僅かに強張っているように見える程度だった。
ビクトールさんは私達に対し、普段とてもその喜怒哀楽を分かりやすく伝えてくる。けれど、今の彼からは、私達には知り得ない暗澹たる断崖を感じさせた。
他人には触れさせない深い、闇。彼の中に潜むその存在を、今、初めて強く、知りたいと思った。
・・・・・・・でも。
立ち入る事に強情を張る年でもない。
それで信頼が薄れる訳でも、まして絆を疑う事も無い。
今は、彼にとって、と、潔く去る事を良しとして、私は軽く会釈をして、出入り口の布を捲って身を屈めた。
去り際に顔だけそちらに向けて、目礼する。
「・・・おやすみなさい」
「ああ。・・・お前も早く寝ろよ」
「はい」
素直に返し、天幕を出た。
気遣ってくれたその一言は、染み入るような深い情を含んで、心に、届いた。
「ハァ・・・・・」
胸に溜まった澱みを、月夜に優しく解き放つ。
今日は、空を憎みたくなるほどに晴天で、夜空は併せて見事な満月が眼前の中央を陣取っている。
その廻りを、降り注ぎそうなほどの星々が飾り、闇夜に、宝石の煌めきのような輝きが隅々まで満ちていた。
同盟軍の城でそうしていたように、ただ、月を見上げる。
ここから何事も無く進軍すれば、明日は皇都に到着するだろう。今度はもう、その時を歯噛みして待つ必要などない。皆と共に出陣し、皆と共に剣を振るう。
心はひとつ、同じ結果へ願いと共に、ただ突き進むのみ 。
その時を思うと、足元がざわつく。手指が苛立ち、落ち着かなくなる。
私は服の裾をぎゅっと掴み、猛る気持ちを抑えようと深呼吸した。明日はいつもの合戦の様に、自分の事だけ考えて突き進む訳にはいかない。私は小隊長だ。ビクトールさんの指示に従いつつ、かつ、若い彼らを必ず生かして家族の元に帰さなければ。
新たな決意を胸に刻み込み、心を静かにして星々を見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・来たのか・・」
背後から、草を踏む柔らかい音が近付く。
散りばめられたその輝きの見事さについ見とれてしまっていて、気配に気付くのが少し遅れた。
掛けられた声の主がその人だと心で確信し、早くなる鼓動に、そんな現金な自分に軽く苦笑しつつ、ゆっくりと後ろを振り返った。
「さっき小隊の皆と到着したばかりです。皆はセルエのところに・・・ ・・・・・?」
「・・・・・・・そうか・・・」
「 ・・・・・・」
彼は、今までになくとても疲れた顔で、それでもなんとか笑顔を作り、私に微笑み掛けてくれた。
だけどその目元は今にも泣き出しそうな情感を漂わせていて、そのあまりにも頼りなげな瞳の色に驚き、私は彼に、微笑い返す事が出来なかった。
さっきのビクトールさんの辛そうな表情といい、・・・・・・・一体・・?
「・・・今日はあまり風が無いな。・・・・すごい月だ」
私の傍らまで歩み寄りつつ、静かに、本当に静かにそう呟いて、空を見上げた。
月明かりに浮かぶフリックさんの横顔が儚げに揺れ、瞳は物言いたげに歪むのに、唇は固く閉ざされたままだった。
死に際に。
人は何を考えるのだろうと、物思いに沈んだ夜があった。
考えれば考えるほどに抜け出せなくて、出口が見つからなくなり、途方に暮れた。
当然だ。
死の刻を、その意味を真に理解出来るのは死んだ当人だけだ。
指先が冷たい。ふいにそう感じ、手袋を外した。オレの唐突な動きにがこちらを凝視している。彼女の方を見ずに両方とも外し、足元に放った。腕を組み、拳を脇に挟んで、その圧迫にやっと感覚が戻って来た気がした。
特におかしい事は無かった。
オレは今まで通り、しなければならない事をしてこの数日を過ごした。当たり前に笑い、怒り、指示を出し、
剣を振るい、馬を駈けた。
そこまで考えて、ひとつの事に思い至る。そういえば、・・・・ナナミが死んでから、ビクトールとまともに目を合わせていなかった。今唐突にそれに気付き、自然に失笑が漏れる。
ふいにがオレの足元に屈んで、手袋を拾った。立ち上がらずにそのまま草の上に座り、オレを見ている。
座れと、目で促している。
「・・・・すまん。ありがとう」
笑顔を作り、その場に大人しく座った。無言で差し出された手袋を受け取り、腰の剣帯に挟み込んだ。カチャリ・・と、留め具が傾いで、軽い金属音が耳に届く。それが執拗に鼓膜にこびり付いて、微かな苛立ちが眉間を焼いた。
フ、とひとつ息をつき、剣帯を・・・外して、剣を傍らに置いた。
「・・・・・・珍しいですね。剣を、外すなんて」
「・・そうか?」
「ええ。初めて見たかもしれません」
「・・・・・・・・・・・」
今のの言葉に、何か、揶揄が濃く含まれていると感じた。チリチリと痛み続ける眉間にだんだん呼吸が荒くなる錯覚。手を身体の脇の地面に下ろそうとして、先に置いた剣の鞘に指が触れた。そのせいか否か、また指先が冷えて来たように感じ、再度腕を腹に抱え込む。
彼女が初めて見たと言った、オレが剣を外す姿。
の言葉に含まれた揶揄。
それがオレの想像と同じか、そうじゃないか、無性に知りたくなった。
安定を欠いた衝動で、彼女の顔を見るより言葉が先をついて出た。の方を向きつつ、それを低く問い掛けた。
「・・何をだ?オレの・・・」
何を知ってる?
そう続けようとして、声が出なかった。
彼女が、ただ、真っ直ぐに、オレを見つめていたから。
「・・」
「・・・はい」
「抱きしめても、・・いいか?今・・」
「・・・・・・・・はい・・」
一拍の沈黙の後、静かに応えたの声に、オレはゆっくりと両腕を伸ばし、彼女を深く胸に抱えた。
動きに沿って流れたの髪が、オレの顎に触れ、柔らかく擽った。
「・・あったかいな・・・・」
彼女は、生きている。
抱きしめれば、温かく、確かな弾力を保って、オレの腕の中でその命の存在を証明する。
の背に回したオレの手の平の下で、彼女の肌が、規則正しい呼吸に合わせ、優しく息づいている。
オレの背に添うの手。オレの肩に顔を埋めて、深く吐息を吐いた。
ふいにの手の平が、オレの背にしがみつくように服を握りしめたのが分かった。頬が強く密着する。
このままオレの腕の中に閉じこめていられたら。
・・・・・・・・・・そうだ。間に合わなければよかったんだ。
あのまま皆を率いて城に帰れば、この合戦には間に合わなかった筈だ。
どうして戻ってきた。
理屈じゃない。
戦いに行かせたくない。
このまま、 。
どこか、麻痺している。
そう認識する前に、考える事を止めていた。
いつからか、オレの手はの背を柔らかく撫でていた。指の先が、彼女の体温に痺れて少し浮いて、そのまま、求めるままに静かに、彼女の髪に触れ、うなじに触れた。オレの視線のすぐ先で、髪の間から、肌の白さが艶めかしく月の色に滲んで馴染み、オレはそれに誘われるように顔を下に深く傾げて、そこに口付けを落とした。
軽く触れて、・・長く、もう一度 。
オレがキスを落としたその動揺か激しく彼女の肩が揺れた。やがてゆっくりと顔を上げ、眉を寄せてオレを見た。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
名を呼べば、応えると思っていた。
けれど、彼女は口をうっすらと開いたまま、沈黙している。何を言おうか必死で思案しているようにも見える。
オレは、
「・・・・・・・、・・オレは、お前が・・・・・・・・・・・・・」
何も言わない彼女が、なぜかひどくけなげに感じ、
唇の隙間から漏れる密やかな呼吸に惹きつけられるように、オレは彼女の方へ、顔を静かに寄せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・私を見てください・・・」
あと僅かで唇が触れる距離で、震える声でそう小さく呟いた。
オレはのその一言に金縛りに遭い、全身を硬直させて彼女を見た。
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