彼女の魂は、空に手を掛けた後だった。
「痛っつつ・・」
「ハイおしまい。まったく、水膨れを壁に擦ってはがしちゃうなんて・・見てるだけで痛いです、もう」
「いやいや、オレぁわざっとやったんじゃ無ぇんだぜ。そもそも、オレ様の男前な面に無様な痕が残るような真似、好んでする訳ゃ無ぇだろが。壁が勝手に落ちてきて勝手に擦ってったんだよ。なぁフリック」
「あっちょっと!動かないでくださいっ!」
即席の長椅子に軽傷者と並んで座らされ、順繰りに手当を受けつつ、斜め向かいでディックと話し込むオレに向かい、話しかけようと顔をずらしたせいで、ビクトールが看護の女性にカッカと叱咤されている。親子ほども年が離れてるんじゃないだろうか。ビクトールの目元が優しい。・・・オレは、今どんな顔で笑っているんだろうか。
王国軍と新同盟軍の戦争は、新同盟軍の勝利でその終結を迎えた。
タローはアップルと、主立った将達とで、元・・ハイランド王国の摂政官達を囲み、今後の新たな国作りの為にも、今居る、焼け出された市民や兵士に対し、今、新同盟軍から出来る限りの政策を話し合っている。
無責任なようだが、オレ達は所詮傭兵、戦の為の雇われ者だ。命を懸けたが、その代償は彼らとは違う。戦いが終わった以上、それを生業とするオレ達は、今後の政策をどうするかなんて重っ苦しい会議の場にはもう必要無い。オレ達が今しなければならない事は、出来るだけ多くの兵達と、その顔を見て話をし、様子を見て、そいつらに合ったねぎらいの言葉を掛けてやる事だ。
特に、そうしろと誰かに言われた訳じゃない。ただ、今ここでは、それがオレ達に一番適した役目だからだ。
「・・・毎度、思うんだが。・・大きな合戦の後ってのは・・結果はひとつなんだが、喜怒哀楽全ての表情があけすけに表れるというか・・見れない顔は無ぇというか・・・感情の展覧会っつか」
「プッ」
「なんだよ笑うなよカレダン。オレぁ至極真面目に、どっちかっていや感傷も含めてだな」
「似合わないな。オレも笑っていいかビクトール」
そうディックが続け、カレダンと声を上げて笑う。ビクトールが、この野郎とカレダンの頭を抱えて引きずっていると、なぁにやってんですかでっかい男らが絡まって、と、包帯だらけの兵士達が満面の笑顔で応える。
戦いの後に。
泣く者も、笑う者も、絶望を感じる者も、未来に希望を馳せる者も、
全員に、平等に訪れる、明日を想う瞬間だ。
自らの手で切り拓いた時間に、
今を、生きている、これからを、生きていく、新たな始まりの時だ。
オレ達は軽傷者用の第4天幕から始めて、第1まで様子を見て、その後その周囲に張られている休息用の小さな天幕を、ひとつずつ時間を掛けてぐるりと周っていた。ディックとは途中で別れ、カレダンもここを最後に、残っている仕事に戻ると言った。早朝からの戦闘行為に加えて、オレ達ももうさすがに重い疲れを感じていた。とりあえず、晩飯もまだだったので、この隣の天幕を見たら、一旦メシにするか、とビクトールと話していた。
皇都へ赴く日の早朝に、の姿を探した。
各々が戦場へ向けて黙々と準備を進めるその合間を縫って、の隊を探したが、いる筈の場所に姿が見えず、彼女の姿を見付けられないままとうとう出陣へと時間が迫り、将の集う天幕へと戻った。
オレのすぐ後に天幕に戻ってきたビクトールが、オレに気を利かしたのか、の隊は夜明け前から陣営周囲の見張り番を代わって出ていたそうだ、と教えてくれた。オレが今朝から彼女を気にしていたと、そんなに分かりやすかったんだろうか・・。複雑な顔で、そうか、と、返事をすると、ヤツはニヤッと笑って続けた。逸るガキども抑えるのに大変らしいぜ、叱咤する声が響いて、近くのヤツが張り番どころじゃねぇって笑ってたってよ、と。
ビクトールの笑顔に窘められ、それならいい、と、オレももう、考えるのを止めた。
彼女にとっても、オレにとっても、今は合戦に集中する時だ、と。
一度、心で彼女の無事を強く祈り、そこからは完全に気持ちを切り替え、剣帯を強く引き締めて、馬の背に跨った。
戦いが終わり、陣営へ戻ってからも、彼女の姿を見ていない。負傷兵でごった返す中を探すゆとりはビクトールにもカレダンにも、当のオレにも無かった。ただ、激しく剣を振るい、一切の隙無く戦う様を市街地で何度も見たと、ハンフリーが教えてくれ、第3天幕に居合わせたザックも、隊の他の連中の話と一緒に、の事を、今までに見ないほどの集中力だった、と戦いぶりの勇ましさを話していた。だから、きっと、こうやって天幕を廻っていれば何処かで会うだろう、と、考えていた。
今日も夜空は、豪奢な月をその中央に迎えていた。
「またこっちは・・、まだまだ壮絶だな。なんっつーか、・・・・お前ぇら臭ぇ」
「あっひどい!!ひどいですよビクトールさんっ!!」
「お前ら、まだ治療にいかないのか?もうあっちは晩飯配り終わってたぞ」
「えっ?!そんな、オレ達手当してもらおうって並んでたんですけど、軽い怪我ならこっちで待ってても順に、手当に廻ってもらえるって聞いたんで・・つい、寝ちまってました」
「誰から聞いたんだそんなデマ。あっちは誰も抜ける暇無ぇくらい今も大わらわだぞ。どれ、怪我見せてみろ」
ビクトールがしゃがんで、若い兵士が差し出した腕を診た。オレはその周りで、戦闘に疲弊し、手当よりも睡眠だ、とばかりに雑魚寝している兵士達を、さっと順に診て回った。足の踏み場に困るが・・・それぞれよく寝入っているようで、いびきと、起きている奴らの小さな雑談が混ざって、なんだか懐かしい空間を作りだしていた。
その天幕の出入り口近くに、足からひどく出血している兵士を見付けて、その周辺に転がって仮眠していた数人を叩き起こし、第2天幕に連れて行かせた。そうして、天幕の兵士全体に聞こえるように、時々自分の周りの奴の顔色を確認してやれ、と言い残し、次の天幕に向かった。
「・・う・あ っ、・・・しゃがんでばっかで背中固まっちまうな」
ビクトールがぐいっと腕を空に伸ばし、めいっぱい広げて言った。オレも首を何度か回して、ひとつ、フ、と息をついた。
「腹も減ったし、さっき話したように一旦戻って、メシにしよう。カレダンはどうする?第1に戻るのか?」
「そうっすね。シェンゼンの状態も気になるし・・セルエの奴がガキみたいにずっと泣いてやがって・・」
カレダンが重い顔でそう呟くように言った。シェンゼンは市街地で弓兵からセルエを庇い、胸から腹にかけて矢を何本も喰らってしまい、今晩がヤマだと言われていた。
シェンゼンは元サウスウィンドゥ市警備兵で、サウスウィンドゥが王国軍に強襲された時、新米兵士だった息子をその戦いで失っていた。この合戦に出向く少し前に酒場で会った時、セルエの隊の副隊長になってから、以前より目の色が明るくなったなとビクトールに言われ、照れ隠しに大笑いしていた。セルエを護る事に自分の未来を見出したんだろう。その信念を貫いて、今、生死の狭間を彷徨っている。
「・・・・・・・・・・」
「助かるといいがな。セルエは同盟軍の城に警備隊として残るって決めてたんだろ。シェンゼンは若い奴らの教育に回るってよ・・・・・・おっと、」
天幕と天幕の間でつい話し込んでしまっていたオレ達の横を、ぶつかりそうになりながら小さい頭が駆け抜けた。オレ達からはそいつの頭しか見えなかったが、すれ違いざまに顔を見たカレダンがすごい速さでそいつの腕を掴んで引き留めた。
「待てっ!お前、確か・・の隊のガキじゃねぇか?どうした血相変えて、うおっ、」
「離せっ!!」
そいつはカレダンの顔も見ずに、涙と鼻水まみれの顔で、掴まれた腕を激しく振り解いた。そのまま、今オレ達がいた場所の隣の天幕に駆け込んでいった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
オレ達は一瞬目を見交わせて、すぐにそいつの後を追い、その天幕の出入り口を捲った。・・・・ッ、?!・・甘ったるい、むせ返るほどの血の匂いが 。
「アスタ!!だめだッホウアン先生とこにどうしてもいけない!!他の軍医の先生も天幕から離れられないからとにかく連れて来いって、じゃなきゃ診れないって・・・!!」
「無理だってさっき言ったろ!ハァッ・・・血が止まらないんだ!!鼓動を戻すのだって今止める訳にいかない!!鼓動が・・ハッ・・止まったのはついさっきだ!!手を止める訳にいかないんだ・・ハァッ・・おい代われ!」
「死なないで下さいっ!さんッ!・・・頼むっ!・・」
「?」
「?・・・・・・・・?!・・おい!!どけっ・・!!・・・?!」
オレは、横になったの周りを囲うように輪になっている兵士達を、乱暴に押し退けてそこに駆け寄った。!!、と激しく名を呼んでも、固く閉じられたままの目蓋に、背中からドッと嫌な汗が噴き出し始めた。
「どうした?!・・おい、急いでホウアンを呼べ!オレが呼んでるって言やすぐに来る!急げ!!・・ああいいオレが行くッ!!」
ビクトールが奥に横たわるを見て、すぐに近くにいた兵士にそう怒鳴ったが、そのまま慌てて天幕から駆け出していく。カレダンも駆け寄ってきて、オレの横からの手を掴み、脈を取った。
が、
「・・・・・・・・・・?おい、ウソだろ?一体、」
「どいてっ!!・・・・・・ぅ ッ・・ハアッハアッ・・」
片腕を吊った兵士が、呆けたカレダンを押し退けてに近づき、へたり込んでゼイゼイと激しく息をつく兵士の横で、の頭を抱えて口付けて、必死に呼吸を促し始めた。そして、もう一人、どこからかき集めたか、厚い布地をキツく巻いたの腹に、体重を掛けないように腰を浮かせて乗り、いつかホウアンが軍の皆の前で教えた通り、胸の谷間を両手で必死に、何度も圧し続けている。
圧しながら、涙をボロボロとの胸や腰に零している。
ちょっと、待て。
待ってくれ。
オレはの呼吸を必死に促していた若い兵を押しのけて、彼女の頭をガッと抱えた。
「ッ!!オイッ!!」
聞こえるか、と、出せる限りの大声で呼びかけた。目蓋は閉じられたままで、ピクリとも動かない。頬が冷たくて、
冷たくて、
一瞬、唇が動いた気がして、オレは反射的に彼女の口元に手をやった。手袋をしたままだった事にそこで気付き、苛立ちながら素早くむしり取り、再度唇に軽く当たるくらい近付ける。隣で、今呼吸を促していた兵士が半泣きになって見つめている。何も、何も感じない。
「・・・呼吸が止まったのはいつだ!!いつからだ!!」
「わっ・・分かりません!オレ達がここでさんが寝かされてたのに気付いたのはついさっきで・・主な軍医の方々は手一杯で・・オレ達・・ッ!」
「フリックさんそこに陣取るんなら呼吸を戻すのを続けて下さいッ!オレ達、彼女を死なせたくないんです!!」
「お前らは、」
「第十四歩兵小隊のメンバーです・・フリックさん早く・・!」
「・・・・・・・・・ ・・死ぬな・・っ!」
オレは大きく息を吸い込み、に口付けた。彼女の頬を支える自分の手が、小刻みに震え始めた事で、オレは、自分が激しい恐怖に襲われている事を知った。
唇はとても冷たかった。
圧力に耐えかねて揺れる喉笛に、吐き出される空気は虚しく口角を撫でるだけ。応えて欲しいと必死に熱を送っても、蘇り繰り返される事は無く、一度に対しただ一度きり。
オレの口付けに跳ね返るの唇の弾力に、叫びだしそうなほどに哀しくなる。
お前への初めての口付けがこんなにも苦しいものになるなんて、オレは、オレは・・今の今まで・・・!
・・・・!!
いつの間にか、カレダンが胸の圧迫を代わっていた。カレダンとオレと、の上で何度も何度も繰り返される同じ動きに、この行為には決して終わりがないような、そんな果てしなさがじっとりとオレの胸中を取り巻き始める。
汗が目に入り、視界がぼやける。拭う間も惜しくて、固く目を閉じてやり過ごす。目を閉じるとまるで、応えてくれと、愛しい人に愛撫を繰り返しているような錯覚に、今、目の前の現実から逃げ出したくてたまらない自分がここにいるんだ、と、激しく意識して狂いそうに辛かった。
やがて天幕の中が慌ただしくなり、顔を上げるといつの間にかホウアンがカレダンをどかせ、の腹に巻かれた布を手早く外していた。ホウアンも、疲れた顔をしている。後ろで、ビクトールが苛立たしげに唇を噛んでいる。
ホウアンが傷を触診し、助手で来たんだろうディエラが上から湯を掛けている。洗われて綺麗になっていくの腹の傷が、実はそんなにも幅が無い事が見て取れて、オレは少しだけ、一瞬だけ、ホッとしたんだ。
ホウアンが左手での手首の脈を取り、右手を彼女の服の裾から胸へ差し込み、胸の谷間を直接軽く押さえて、覗き込む若い兵士に時間を聞いている。オレは彼女の頭を抱えたまま、ぼんやりとその様子を見つめた。
そうして、その告知は思うより早くオレの目の前に、これが現実だと静かに差し出された。
「・・・・・・・・・・・・・・・ 」
「どうした?・・・・・・ホウアン?!」
「・・・・・・・・鼓動は完全にとまっています。傷も・・かなり深く、・・出血量が・・。ビクトールさん、彼女は・・もう・・・・・」
「ッ!!・・・・いや、ホウアン、もっとちゃんと診てくれ、傷を縫って、」
「 ・・・もう、・・手の施しようがありません・・」
「もっと胸の圧迫を続ければまだ・・息を吹き返すかもしれんだろう?!ホウアン・・!」
「すみません。・・もっと早くに処置が出来ていれば・・、あるいは・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ くそぅッ!!」
「う・・うぅ・・さんっ・・・さ・・・ッ・・」
「そんな・・・なんでっ・・どうしてこんな・・・・・ふっ・・うッ・・うぅッ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと、ゆっくりと、頬を包んで、オレは、彼女に息を吹き込もうと、
大きく、吸い込もうとして、 喉が、 いや、
まだ、
まだ、彼女は
早く、もう一度 目を
「・・・・・・チクショウ・・・ッ・・・・・・・・ッう・・・ッ・・・」
「・・ダメだっ!生き返ってくださいっ・・もう一度・・・オレ、オレ達にっ・・」
「君、止めなさい。・・もう、・・・・・・・」
「ホウアン先生ッ・・・!!だって、だってオレ達、教えてもらった通りにやったのに・・っう・・・うー・・ッ・・・」
生き返って、
だめだ、もう もう、
長い髪が翻って、その背に踊る。
『・・・・・・・さっき少し立ち寄った酒場で、ドワーフが蘇生の秘術を編み出したって噂を聞いてね、』
オレは、振り返ってオデッサを見た。彼女が少し上目遣いに、素晴らしい思いつきだと得意げに指を立て、笑う。
まばたきをして、オレを見て、やや後ろを歩くビクトールを見た。
『なんだよ急に?』
『すごい大きな、雷の力を貯められる機械を作ったって。そして、その機械の中心部に、ドワーフ一族に伝わる宝石が入っていて・・・』
『?』
『こう、心の臓めがけて、機械の先の槍のような物を』
『・・・・・・』
オレとビクトールは顔を見合わせて、またしょうもない、と溜息をついた。
そうだ。彼女はよくこう突拍子もない事を言った。時には奇抜な戦術と繋がる事もあり、そうバカにしたもんでもなかったが、大半は笑い話で終わっていた。
だが、死んだ。
もう、
『ね、心の臓が止まった時に。荒療治だけど、効き目あるかも』
『無茶な話だぜ。そのまま死んじまわぁ』
『お前なら大丈夫だろ。試してみてやるから今すぐ瀕死になれよ』
『心から辞退させていただきます』
オレの皮肉を軽くあしらったビクトールに、笑って返さず本気で睨んだ。
ビクトールはいつもオレを適当に相手していて、当時のオレはなぜかヤツがとても嫌いだった。
オデッサがいる事で、オレ達は、
だが、死んだ。
『ちょっと、もう。・・だから、そう難しい話じゃないと思うのよ。フリックは回復の紋章だって扱えるんだから、それを使う時と同じ感覚を呼び起こして、こう、胸元に、』
『無理に決まってるだろそんなの。そんな夢みたいな事出来てたらこんなに人は死んでないさ』
『だから少しでも助けるよう、まず行動してみるのよ。いい?剣を・・・・』
死んだ。
彼女は死んだんだ。
『フリック』
『剣を、そして 』
「さんッ・・さんッ!!うっ・・うぐぅっ・ふっ・・・」
「どうしてっ・・・オレらはさっさと帰したくせに・・・・こんな・・一人で・・うっうぅっ・・」
バサッ・・
「ホウアンさん、リノアさんが呼んでます。トウタくんも手が離せなくて・・」
「分かりました。・・・ビクトールさん、フリックさん・・すみません・・」
カチャ・・・・
「 いや・・行ってやってくれ。すまねぇな無理矢理引っ張ってきてよ・・、・・・・・・?、オイ?」
シャリ・・
「・・・・・・フリック?オイ、剣抜いて何・・・・・・オイ、」
「うっ・・グズッ・・・、?え?」
「・・・・・・フリックさん・・?」
「・・・・天雷、」
「・?フリック?!お・・オイッ?!・ッ・・・・ァッ!!」
耳鳴りが酷い。
ギキ ・・・、と、ずっと頭の奥で何かを引っ掻いてるような音が・・・・・・・。
煩い・・・・・
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!・・ィッ!!・・リック!!てめぇ何やって・・!オイ怪我ねぇかお前ら?!」
「・・・・・っ・・だ、大丈夫です。なんともない・・オイ、ツェンダヌ大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫・・熱ッ!・・剣が・・剣がバラバラに・・フリックさん・・?!」
「・・・っあーッ、耳が痛ぇ!スッゲェ音だったな・・天幕キレイに無くなっちまった・・」
「あちっ、・・ホウアンさん大丈夫ですか?」
「え・・ええ、・・・・・・・、?・・」
「全員怪我無ぇな?ハァ、・・オイ、フリック!お前一体、・・・ ?!」
耳鳴りが・・・・少しだけ、止んだ。かわりに、ビクトールさんの怒鳴り声が・・・。
自分の周囲に感じる沢山の人の気配に、反射的に起き上がろうと身体の横に手を付いて、下腹部に力を込めた・・・つもりで、少し身じろぎしただけのような。ああ・・・・月が眩しくて・・・・・・・・・私・・。
目が、・・うまく開かない・・。
「・・・・・・・・・・・ぅ・・・ハァ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・え?!・・・・・さん・・?!さんッ!!」
「・・・・・・・?!」
「君達彼女の耳元で強く呼び掛け続けてください!ディエラ、急いでもう一度湯と清潔なガーゼを取って来てください。あと、・・・ビクトールさん!第2天幕に居るマーカスに、止血剤を5と2の配合で完全に溶かしたものと、混合湯を薬缶一杯に入れてもらって、急いで持って来て下さい。ビクトールさん、覚えましたか?5と2の止血剤と、混合湯です!急いで!!」
「!!う、お、おう!わ、分かった!」
「さんッ・・良かっ・・良かった・・・・オ、オレッ・・」
アスタ・・・・顔が泥まみれだ。・・・・涙が・・・
「ざん目ぇ開げててくだざい!閉じないでッ・・・ゥッ・・ズズッ・・ざ・・っ・・」
・・・鼻水が・・・・・ツェンダヌ・・何て顔して。
「、聞こえるか?!見えるか?!・・ッ!」
カレダン・・・見えるよ。大丈夫・・・聞こえてる。
「・・・、・・・・・・・・・」
?・・声が、・・出ない。喉が・・・・痺れて・・・・・。
「・・・・・?・・」
「・・・・・・・?・・・ッ・・・ハァ・・」
頭の上から、フリックさんの声がして、そちらを見ようと首に力を込めたけど、まともに力が入らず頭が全然動かない。
視線だけでもそちらに向けようと、精一杯目を上に動かしても、彼の前髪が、視界の隅で少し揺れるだけ。
そっと頬に誰かの手が触れて、優しく撫でてくれたので、私はその感触を味わうように少しだけ目を閉じた。すると、呼吸を確認するように、指が私の唇に、そっと触れた。
「・・・・・・・・・・・・フ・リッ・・・ク・・さ・・・?・・・・・」
やっと、声が出た。彼の名前を呼べたけど、届いていないかもしれない。
うっすらと見えるフリックさんの前髪が、小刻みに震えてるように見えて、自分の目の焦点がおかしいのかと、何度か瞬きを繰り返した。ぎゅっ、と閉じて、ゆっくり開く。
「苦しいのか?大丈夫か?」
「さんっオレ達みんないますから!あの後、たくさんの人をみんなで運んだんです!オレ達、・・・」
「だからオレも連れてってくださいって言ったじゃないですかっ!!オレがついてってればこんな傷負わせたりなんて・・っ」
「お前らうるせぇよ耳元で!!一人ずつ喋れよ!!、今ホウアン先生が治療してくれるからな!辛抱しろよ!」
「カレダンさんこそちょっと、よけてくださいよっ治療の邪魔ですよ!」
「なにいっ?!鼻水だらけの顔しやがっておまっ、付けんじゃねぇ汚ぇっ!!」
「いいですよみなさんその調子です。どんどん耳元で騒いであげてください」
「・・・・・・・っふ・・・・、・・・っ・・・・」
笑いたい。みんなの様子がおかしくて、顔を上げてみんなの顔をちゃんと見て、笑いたいのに、うまく動かない自分の身体がじれったい。
みんなは、少しだけ笑った私の顔を見て、それからまたわあわあとてんでに喚き散らし始めた。ホウアン先生は私の胸の谷間と首筋に手を入れ、鼓動を確かめている。視線がどこか遠くを見ていて、・・・何かを考えている。私は、・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・、・・」
頭の上から再度、優しく名前を呼ばれて、その響きの甘さ、あまりの心地良さにずっと浸っていたくなる。
なんとか必死で力を込めて片腕を上げ、ゆっくりと、本当にゆっくりとしか動かなかったけど、必死で自分の頬へ手を伸ばした。ずっとやんわり私の頬を撫でてくれている手を、ありがとう、と、包み込みたくて。
でも、そこにやっと届いたと思ったら、逆にそのままグッと掴まれ、強く握られた。あまりの力の強さに指のふしに痛みを感じて、思わず少し顔を顰めてしまった。
と、ほぼ同時に、体中が激しく痛み始めた。痛い・・・・ッ・・なんか・・・体中に何か刺さってるようなひどい痺れが・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ・・・・・・ぅ・うッ・・・・ッ・・・・・・・」
・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・泣い・・てる?
・・・・・・フリックさんが・・・・?
「傷部分をもう一度きちんと洗います。みなさんで彼女の四肢を抑えて下さい。暴れますよ」
ホウアン先生の声がして、 あとは、何も考えられなかった。
急激に戻ってきた痛みに身を捩り、呻き声を上げ、握ってくれた手にみっともなく縋りついた。
飲みなさいと大きな声で言われ、必死に口を開けたけど足りず、誰かの指でこじ開けられ、そこに何かが流し込まれて・・・・・・・・・・そこからは、もう何も感じなかった。
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