怒号。    砂埃。     返り血。


剣戟。    嘶き。     耳鳴り。


気が付いたら、体中生臭い。
剣先は血と油にまみれて、切れ味も鈍くなり、そうなってくるともう、斬るというより、叩き割る、といった方がふさわしい。
女の私に、肉弾戦は不利だ。だが、望んでこの場に居る以上、自分で終わりを告げて去るなんて、そんな都合のいい事は通らない。

ひたすら体が軋んで、どうにもならなくなってくると、徐々に耳が利かなくなってくる。
気配だけを勘で感じ取り、意識に考えとして繋がる前に体を動かし、ただ進む。



「マーック!右手側が手薄になってる!ドゥイエンはどうした!」
「分からん!さっきまでオレの斜め前を突っ切ってた!」
「弓隊の合流だ         !兵を引けぇ!下がらせろ          ッ!!」
「負傷兵に手を貸せ!歩けない奴は引きずれぇっ!クズクズするなっ!!」



怒号。   怒号。    怒号。



ギィン!
火花が散って、刀が折れた。
共に、鎧の繋ぎ目から、腹を斜め半分に割いた。
眼前に舞う赤い、華。

疲れた。部屋に帰りたい。
風呂に入りたい。存分に浸かって、そして、


「・・・あ・・う・・た、・・・頼む・・・」

私は自分の足元から、小さな呻き声を聞き取った。
ひどい耳鳴りの中、何故かその声は綺麗に透き通って、私の心に直接響いてきた。
少年のような、年若いハイランド兵。

「た・・のむ・・これを・・」

もう動くことすらままならないだろう深手を負って、震える手で懐から、血に濡れた手紙を取り出した。
ゆっくりと、ゆっくりと私に差し出す。

「マリエッタ・・に・・・これを・・・・愛して・・るっ・・て・・」

私の足元に差し出された手紙。もう痛みも感じないのだろう。視線が朦朧としている。

「戻っ・た・・ら・・・結・婚・・・・・し・・・・・・・マ・リ・・エッ・・・・・・・ッ・・・・・・・・・・」

軽くヒクついて、動かなくなった。

私は、手紙を受け取り、自分の懐にしまった。




















が?」
その日、昼飯も終わり、ビクトールの私室に所用で訪ねて来ていたオレは、意外な話を耳にする事になった。


「そうなんです。死にかけのハイランド兵から、手紙みたいなもんを渡されて。グリンヒルに到着した時、側まで寄って手紙を見せるように言ったら、返事もしやがらねぇんです。仕方ないんでそのまま、城に帰ったらビクトールさんに報告しようと」
傭兵隊の砦に居た時からの顔なじみで、ルカの急襲から逃げ延びた後、そのまま噂を聞きつけてこの城に辿り着き、共に戦っているカレダンは、剣の腕前もそこそこだが、目端もそれなりに効く知れ物で通っていた。
ビクトールが、怪訝気な表情を浮かべているオレに、カレダンはの左側で戦わせてるんだ、と言った。
そのカレダンが、が不審な動きをしたのを見た、と、ビクトールに報告に来たのだ。

「手紙ねぇ・・・」
フーン・・と、伏し目がちに椅子を軋ませ、背もたれ一杯に体を預けて、ビクトールが呟いた。
「アイツに限ってなんもアヤシイ事ぁないと思うんですが、・・リィバーが死んじまってからのアイツは、なんかこう、鬼気迫るというか、相対して危なっかしい戦い方をするというか。・・・・ちょっと、まあ、心配でして」
砂塵舞う混戦の最中、歩兵の彼女の姿を確認するのは、実はかなり難しい。オレも、何度か目での姿を探したが、きちんと確認出来た事は一度も無かった。
一番近くでいつも見ているであろうカレダンに対し、オレは少しの落ち着かない感情を感じて、彼から視線を反らした。そして、彼女が剣を振るい、激しく戦う様を想像したが、それは容易な事じゃなかった。
屋上で語り合って以来、一度も接触してない。遠目でもいい、姿を確認したくても、自分が慌ただしくて、なかなか出来ないでいた。
           最初はこんなちっこい女なんかと並んで戦えるかって一番喚いてたお前が、心配!」
ビクトールが、わざと大げさに驚いて見せた。気持ちは分かる。カレダンはどちらかと言えば、女ははべらすもの、と関白なところがある。当時はだいぶゴネたんだろう。
だが、カレダンはそんなビクトールに対し、真剣な表情で言い募った。
「からかわねぇで下さいよ。分かってんでしょう、大将にも」
「大将言うなよ。お前がオレらのとこから上がって来たからって、今の大将はタローだぜ」
ちょっとキツめの視線でビクトールが言った。口の端は笑ってるが、この男は大事に思うヤツに対してのそういったけじめには結構うるさいところがある。タローを支えたい一身もあるんだろう。
カレダンも、口が滑った、とばかりに苦笑いして、頭を掻いた。
「はは、失礼しました。          んじゃ、まあ、そういう事で。よろしくです」
「ああ、ありがとな」
パタン、と、カレダンが出て行ってから、ビクトールが再度、フウ〜、と、椅子の背もたれに体を伸ばす。
オレは、素知らぬ顔で問うた。
「・・・どうするんだ?・・・行くのか?」
「うぅ〜・・ん・・」
「・・・おい」
煮え切らない態度のビクトールに痺れを切らし、オレは腕を組んでいた肘で軽くビクトールの頭をこづいた。
「・・・・・・・・お前なら、どうするよ。フリック」
「え?」
「自分の指揮下の者が、そういう行動に出たら、だよ」
「・・・・・・・・・・・・」
自分に振られると思っていなかったので、一瞬戸惑った。が、すぐに考えは頭に浮かぶ。
当然、取り上げて、中身を確認し、捨てる。          そう言おうとして、言葉が出てこない自分に愕然とした。ビクトールが、再度頭を振ってため息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・・らしくねぇなあ、そういう時はいつも即決だろがお前は。・・・・こりゃハンフリーの目に狂いは無さそうだ」
「ハン、な、に?」
          なんだって?・・・今、何を言われた?
「とっくに聞いてんだよオレは。言い出すまで知らん顔して楽しんでようと思ったが、場合が場合だよなあ。・・・どうする?行くか?お前が」
「・・・・・・・・・・・・・って、オイ、え」
まともな返事が返せないでいるオレにビクトールが、今度はオレがこづく番だ、とばかりにグーでオレの頭を横からグリグリと押した。
「おいおいおい、フリックさ〜ん。なんだよ、めでたい事じゃねぇか。お前もやっとそういう気に」
「なってない。誤解だ」
やっと頭の中がまとまって来た。オレはビクトールに静かに言った。
「確かに、彼女の事は気になる。女性に対して、こんな気持ちになったのは本当に久しぶりで、どうしたらいいか分からなくなってる。正直、戸惑ってるところだ。・・・・だが、オレは今でも、オデッサが好きなんだ。オデッサはもうオレにとって、一生、なくてはならない存在なんだ。それだけはどうしても、変えられない。・・・こんな気持ちで彼女に近付くのは、この上なく不実だ」
静かに、だが止めどなく気持ちを晒したオレに、ビクトールは驚き、オレを見つめた。





『解放戦争の時に失った恋人の事を今でも愛しているって・・・』

屋上で、オデッサの事をの口からそういう風に聞かされて。
すぐに、自分がその時、何をしているのか、見えなくなった。

途端に胸苦しくなって、口の中の酒の味も、苦々しいものに変わった。

そして、

がオレのマントに手を伸ばし、優しくすくい上げ、

愛しげに、口付けた。



途端に、腹の底から熱くなって、どうしていいか分からなくなった。
その場から逃げ出したい衝動に駆られた。
同時に、俯くの顔に手を伸ばし、上を向かせて、オレのマントに口付けたその唇を、激しく奪いたくなって、たまらなかった。


胸苦しさが、歓喜に変わって、その後、後ろめたさが支配した。





「・・・・なんで不実だって思うんだ?それこそ、オデッサに失礼なんじゃねぇのか?」
ビクトールがオレを見つめたまま、声の調子だけはいつもの軽さで、しらっと言った。
「!・・・・だが、オレは・・」
「まあまあ、いいや。そうやって葛藤し始めただけでも、な。ハンフリーだってそれが嬉しくって、黙ってられないって顔でオレんとこ来てなぁ。・・・・心配してんだぜ。分かってくれよ」
立ち上がってニコニコと笑い、オレの肩を叩いて、一言、付け加えた。
「大事なのは、求める気持ちだ。それがあるから、葛藤もする。・・・そうだろう?」

・・・いつも思うんだが、こういう時にどうしても、してやられた気持ちになるのは、もう、一生変わらないんだろうか。
チッ・・・なんか腹立つな。

「で?!どうするんだよ!」
オレは苛立ち紛れに声を大きくして、ビクトールに詰め寄った。ビクトールは、ああ、そうだった、と言わんばかりの風情で、再度椅子に座り直した。
「なあ。どうすっかな〜・・・怖ぇなオレ・・・絶対噛みついてくる。アイツ」
「噛み・・」
「女兵士っちゃみんなそこそこ気の強えもんばっかだが、あいつの芯の強さは格別だぜ。自分がこうと思った事で人にアレコレ言われても、並みの男ならガウガウ言い返されてその辺で小さくなっちまわぁ」
「・・・・・・・・」
そんなに気が強いのか?初めて見た時も、屋上で話した時も、きっと芯が強い女性なんだろうとは思ったが、ガウガウ言い返す様子は想像出来ないな・・・
           ちょっと、見てみたいかもしれない。

オレが、見た事のないの一面に興味を馳せていると、ビクトールが、そんなオレの心を読んだみたいに、斜め目線で一言、言った。
「・・・・覗き見すんなよ。女兵士共は、後が怖ぇぞ」
・・・言われなくても。この時間だと多分、居るのは女兵士専用の共同部屋だ。そんなところで立ち聞きなんて出来る訳ない。
「・・・・行ってこいよ。後で、様子を聞かせてくれ。オレは自分の仕事に戻る」
スッと背を向けて部屋から出ようとするオレの手を、ビクトールが縋るように捕まえて情けない声を上げた。
「なんだよ来るって言えよ〜!」
「どっちなんだよ・・・」
今度はオレがため息を付く番だ。・・・・まったく。





















同室のアナシアが、部屋に備え付けの共同机にうつぶせている私に、気遣わしげな表情で話しかけて来た。戸口を指差しているので、そちらを見ると、ビクトールさんが作り笑顔で手を振っている。・・・もう、話が行ったのか。
予想はしていた。カレダンが私に、あの瞬間を見ていたと話しかけて来た時には。・・・・きっと、渡せと言うだろう。中を開けて、・・・・私が上官なら、そうする。・・・・・・・・だけど、私は。


アナシアがビクトールさんを部屋に入れると、人払いをして、自分も外へ出た。女兵士の数は男に比べて5分の1にも満たない為、上級指揮官以下は8人部屋に同居する。今は食後の昼休みで、連日の戦闘行為の合間の小休止を、みなそれぞれがぼんやりと過ごしていた。
昼寝中だった者も居て、自分が原因で追い出す事に申し訳無く思いながらも、席を立つ気にはどうしてもなれなかった。

「・・・・入れよ」
「え・・」
私は、ビクトールさんの呼びかけに、ゆっくりと顔を上げた。戸口から遠慮がちに入ってくる・・・・フリックさん?!
「・・・・・・大丈夫、か?」
「は・・・」
後ろ手にゆっくり戸を閉めると、遠慮がちに私の顔を見て、伺うように、一言、そう言った。・・・どうして、フリックさんまで・・?そう問いたい気持ちが言葉になる前に、ビクトールさんが頭を掻きながら言った。
「いや、カレダンがオレんとこに報告に来た時に、フリックも部屋に居たんだよ。んで、お前が心配で心配でつい、付いて来ちまって、な」
にへ、と笑ってフリックさんの方を見て、更に頭を掻いた。フリックさんは赤い顔をして、慌てて反論しようとした。
「なっちっ違・・!・・・・・いや、・ゴホン・・・・ああ、心配だった。上官の1人として、お前の取った行動がな」
急にきつい目元になって、腕を組んで私を見た。ドキン、と、嫌な感じに胸が鳴った。
フリックさんに対して身振り手振りで何かを言おうとしているビクトールさんを放って、フリックさんがきつい表情で話し続けた。
「・・・本来なら、受け取ったその日、その翌日なりに、ビクトールへ届け出て、中身を確認して然るべきだろう。違うか?」
「・・・・はい。その通りです。申し訳ありません・・・・」
フリックさんの言う事はもっともだ。私は敵方の兵士から文書を預かったのだ。おかしなもので無いと信じたからそうした、と言ったところで、戦争中の私達の状況下で、私の取った行動は軽率に極まると言えるだろう。
こうなる事は分かっていた。中身を、・・・・開封しなければならないだろう事も。・・・・だけど。

私はゆっくりと立ち上がり、自分のベッドの脇に、ハンカチで包んで置いていた例の手紙を優しく取り出し、ビクトールさんの前に立ち、その封を開けた。蝋で軽く止めてあっただけなので、指を差し入れるだけで簡単に開いた。
血に濡れた封書。これを差し出した兵士は、ひどい出血だったにも関わらず、血は中までは染み込まずにすんでいたようだ。便せんは一枚きり。読むか?と差し出したビクトールさんに、私は首を横に振って答えた。そのまま、窓際に歩み寄る。
ビクトールさんは素早く内容を確認してから、スッとフリックさんに手渡した。フリックさんは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに手を伸ばし、受け取った。軽く目を通して、・・・・少し、息苦しそうにして、眉を寄せた。
再び便せんを手渡されたビクトールさんが、私の持っている封筒を渡せ、という風にやんわりと手を伸ばした。私はゆっくりと、手に持っていた封筒をビクトールさんに渡した。ビクトールさんはさっと中を見て、それから、便せんを中に戻した。そのまま、淀みのない動きで、私に差し出した。
「指輪が入ってる。落とさねぇように、しっかり封をし直しといてやれ。・・・いや、封筒は替えてやった方がいいかもな。署名は?」
それが当然のように言われて、私は慌てて封筒を見た。が、署名は無かった。否定の意を首を振って表すと、ビクトールさんがひとつ、息をゆっくりと吸い込んで、改めて私を正面から見据えた。
「・・・・・二度と、こんな事はするな。いいな?」
・・え?・・・てっきり、渡せと言われると思っていた。
「・・・・・・・・・いいんですか?持っていても、このまま・・」
「中身は問題無いものだった。これ以上は受け取ったお前の自由だ。好きにすればいい」
「・・・・・・・・」
神妙な顔で手元を見つめる私の肩に、ポン、と手を置いて、ビクトールさんが静かに言った。
「戦はいつか終わる。・・いや、終わらせなきゃならねぇ。オレ達の手で。・・・そうだろう?」

               ・・・・・昔、同じ事をハイランド兵に言われました・・・」

「・・・・?」
私が何かに取り憑かれた様な顔で、ビクトールさんを見つめて話し始めるのを、ビクトールさんは訝しげな顔で見つめ返してきた。
今、私の目の前に、彼らは居るのに、私の目には違う人の姿が映っていた。・・・マリエッタ・・・・・







BACKNEXT

夢トップへもどる