剣の扱いは親父に習った。
親父は結構大きな商家の用心棒をしていた。
私は親父に似て勘が良かった。
どうして男に生まれてくれなかったといつも言われていた。
だが同時に、母と二人で私の花嫁衣装を買う為に金を貯めてる事も知っていた。
色は絶対ピンクだと、真珠のピアスでピンクの綺麗なのを見たからそれも買うんだ、と。
ある日店主の命で、私達は家族で行商について行く事になった。
豪奢な絹の織物を守っていた。
山賊に襲われて、必死で戦った。
やっと山を降りきったところで、ハイランド軍に出くわした。
助けを求めて、逆に惨殺された。
私だけが助かった。
私だけが。
覆い被さる父と母の下で、虫の息で。
年老いたハイランド兵と、その人の息子が、深夜その場に舞い戻り私を助けてくれた。
泣きながら、必死で謝っていた。
誰も悪くない。
誰も悪くないんだと。
戦が始まる。
みな殺気立っている。
争い事の気の勢いに乗じて、我の事しか目に入らなくなっている。
戦がそれを呼び起こす。
それは戦が終わるまで続くんだ、と。
誰も悪くない。
戦を終わらせなければ。
理解?
いいや、納得?
違う。どれも違う。
しかし、共鳴はした。『戦を終わらせなければ』
傷が落ち着くまでリューベの焼け跡にある小さな宿場で世話になった。
店主の奥さんは、自分に勢い付ける為に、いつも派手に笑っていた。
旦那と母親をハイランド軍に殺されたと言っていた。
ハイランド軍がみんなおっ死んじまうまで、私ゃ死ねないんだよ、が口癖だった。
その時だけ、人の死を呪う自分に、いつも瞳が哀しそうに歪んでいた。
私は初めてその時、明確に認識した。
『戦を終わらせなければ』
私は剣の腕を磨いた。
1人で、ただひたすらに。
砦も無くなり、ミューズも堕ちて、旅人も商人もリューベに訪れる事が極端に減った。
私は奥さんに、ここを離れて、何処か遠くへ逃げるように行った。
そして、私は同盟軍に入る、と伝えた。
奥さんは、静かに泣いた。
トランに遠い縁戚の者が居ると聞いて、そこまで送って行くと約束した。
旅支度をしたその夜、奥さんと色々な話をした。
自分の両親の話。
ピンクのドレスの話。
恋の話。
馬の嘶きに目を覚ますと、傍らに寝ていた筈の奥さんがいない。
剣の音と、叫び声。
枕元にあった筈の、私の剣が無い。慌てて飛び出すと、頭を抱えてうずくまっている隣の道具屋の店主と、
奥さんの死体。
傍らに、私の剣。
奥さんの名は、マリエッタといった。
「・・・道具屋の店主の話では、砦に居たハイランド兵が、いきなり税の取り立てに来たと・・。彼らはひどく酔っぱらっていて、・・・今期の税はもう支払った、と、言い返す奥さんを、・・馬上からひどく、殴ったと・・カッと来て私の剣を持ち出したらしく・・向かっていった奥さんを・・・・・・ 頭の中が、真っ白になりました・・・・突っ込んで行こうとした私を、体当たりで止めてくれたのが、リィバーでした・・」
「・・・・・・・・」
「彼は、元々ラダトの道具屋に勤めていて、時々、リューベに品物を届けに来ていたんです。その日はたまたま、所用を済ませてから立ち寄った為に、帰りが遅くなって物騒だからと、そのまま泊まっていたみたいで・・・頭に血が昇って騒ぐ私を、・・・リューベの為に・・辛抱しろと・・・今ここでハイランド兵を殺したら、リューベはまた焼き討ちに遭うぞ、と・・・・」
胸が焼けるみたいに、じんじんして、吐き気がする。
でも、頭の中は、とても静かに、昔を思い出している。
哀しそうに笑う、マリエッタの顔。
泣き続けて、謝って、埋葬を手伝ってくれた道具屋の店主。
私と共に戦うと、剣を持った事も無い癖に、闘志を燃やした目で私を見つめた、リィバー。
それでも。
「・・・それでも、私は、・・・・・ハイランドという国を、憎めない。その対象を、憎むべきもの、として、戦う事が、出来ないでいます・・。いつも、私の頭にあるのは、『戦を終わらせなければ』・・・その言葉のみで・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・この手紙は、・・・戦が終わるまで、預かっておきます。その時まで生き残っていれば、マリエッタという女性を、探して、私が渡します」
改めて手元の手紙を見つめた。血は乾いて、封筒は所々パリパリに固まっている。・・・・新しい封筒を、買ってこよう。
その時になって、私は何をつらづらと話し続けていたんだ、と、急に気恥ずかしさが襲って来た。顔が熱くて、手に冷や汗をかきはじめたのが分かる。嫌だ・・私、どうして・・・・・どうしようこの後・・・
「・・・いいや、やっぱり、オレが預かる。出しな」
先程とは違う声の響きが、急に頭の上から降ってきた。
ビクトールさんが手を私の方に差し出している。渡せ、と。
「お前はそいつに引きずられちまう。そういうのは戦う奴にとっちゃ良くねぇもんだ。・・・・出しな」
スッと私の方に歩み寄ってくるビクトールさんの動きに合わせたように、私は更に窓際に寄った。手に持っていた手紙を後ろ手に隠す。フリックさんが前に出ようとして、止めたのが目の端に映った。
なに?どうして、急に?
「・・・・・私が、受け取ったんです。私が、渡します。引きずられたりなどしません。今更、そんな事になったりするくらいなら、私はとうに死んでいました」
「お前は・・・お前1人の力で生き残って来たと思ってんのかよ」
「・・・・・」
「いつだって支えられてた。お前もそれは気付いていた筈だ。そうだろう?今まで生き残って来たのは、剣の腕前どうこうが全てじゃねぇんだ」
「・・・・・・・・・」
「今お前は、自分の想いに手一杯になって、そういう事が全く見えてやしねぇ。そうだろう?」
「・・・・・・・・・」
「親しい奴に死なれて苦しんでんのはお前だけじゃねえ。この城にも、世界中何処にだって吐いて捨てる程いやがるんだ。手元の、味方の奴らの顔が見えてねぇのに、敵兵の死に際に敏感になってる奴がいるかよ。感傷に浸って崩れてく、ダメになってく奴を山ほど見てきたが、このままだとお前もその仲間入りだぜ」
ビクトールさんは、普通に話すのと変わらないくらいの、いつもの声の響きで私にそう説いた。
なのに、私は、ひどく頭に血が昇って、
「・・さあ、渡しな」
「・・・・・・・・嫌です。これは、私が預かったんです」
「・・・・・・・・・・・・・」
ビクトールさんの表情は変わらない。私も正面から、ビクトールさんの顔を見つめている。
「出来ねぇ奴にしろとは言わねぇ。今の状態が続くんなら、お前はオレの歩兵隊から外れてもらう」
「!」
「おい、ビクトール・・・」
「自分の生き死には自分以外の誰かが決めるもんじゃねぇ。強くそう思える奴じゃねぇと、戦場で生き残ってく事なんて出来やしねぇ」
「・・・・・・・・・」
「」
再度、私の方へと手を伸ばす。
私は、
私、は、
「・・・・・・・・たかが・・」
「・・・ん?」
「 たかが一歩兵でも感傷に浸る時間くらいあってもいいはずです!!そんな事にまで構われたくない!!」
「!お、おい、」
「女だろうと男だろうと、感傷に浸っていようとそうじゃなかろうと、私はいつも私個人として戦闘に赴き、戦っている。命令をされればそのように戦うし、無ければひたすら突き進んでいくのみだ。私を任から外したいのならどうぞそのように。好きになさって下さい。だが私は今まで通り戦闘に赴き、戦う。この手紙を持っていようといまいと、その事になんら変わりはない。特別に変わる事などない。なにもです!!この戦が終わらない限りは!!」
「・・・・・・・・・・」
ひどい、・・・ひどい事を言った。これじゃただの八つ当たりだ。ヒスを起こしてるだけだ。
分かってる。本当は。ビクトールさんが何を言いたいのかも、充分に。
だけど。
「・・・・暴言を失礼しました。・・・・・・・出て行って下さい、ここは女性専用です」
これ以上・・・・顔を見られていたくない。
何より、1人になりたい。
ビクトールさんは、もう何も言わず、そのまま静かに部屋を出て行ってしまった。
フリックさんは暫く私の方をジッと見つめていたが、私が何も言わず、固まったままでいると、やがて、ゆっくりと戸口に向かった。
戸を開けて、出て行く時に、少し、私の方を向き直り、静かに、一言、言った。
「・・・死なせたくないんだ。アイツは、もう、誰も。・・・・・・・・分かってるんだろう、本当は」
私は、俯いたまま、彼の顔を見なかった。
やがて、静かに戸が閉まる音がした。
泣きたくてたまらなかったのに、何故だか、涙が出なかった。
オレ達は再度ビクトールの私室に戻り、大きくため息をついた。
ビクトールが椅子に腰掛け、背もたれに体を預けて、上目遣いにオレを見た。
「な?すげぇだろ・・」
「噛まれたな」
「ガブガブとな・・・」
思いがけずの過去を聞く事になって、オレは今までより更に、彼女に対し強く親近感を持つようになった。失った愛しい人。哀しい想い。オレは彼女ともっと沢山、色々な話がしたい。そう、思うまでになっていた。
だが、今の彼女にはそんな余裕はない。ビクトールの言った事は的を射ているし、このままだと確かに、冷静に戦えるのか不安でもあった。
そんな彼女を、今の状態のままで戦地に送り出す事はしたくない。ビクトールはそれを言いたかったんだが・・・どちらかといえばこの男も、器用貧乏というか、なんというか。・・・・大雑把だよなぁ・・・まあ、オレも、人の事は言えんが・・・。
「・・・・・本当に、隊から外すのか?」
「・・・・・・・カレダン達は聞かねぇよ。オレが言っても。多分な」
「・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、アイツらにはそれなりに、オレから言っとくわ。付かず離れず、目を離さないでやってくれってな」
「・・・そうだな。オレからも、頼む」
「・・・戦もそろそろ大詰めだし。これから無茶やる奴も多くなる。オレ達の仕事も・・更に・・増えるっ・・てな」
ぐいい〜と伸びをして、呟くように言うビクトールを横目で見て、オレはもう一度ため息をついた。
「敵軍の中央を突っ切るぞ!!」
覚悟を決めた声の響きで、私達の魂の道行きが決められた。
隣の同胞達と、それぞれ強く視線を交わしあい、大きく息を吸い、走り出し易いよう剣を斜めに構えた。
「だが決して犬死にはするな!息が続く限り、剣を振るえ!走り抜け ッ!!」
私達はビクトールさんの罵声と共に、眼前のハイランド軍を掻き分けるように戦い、そして走った。前を行く歩兵が一人、また一人と頽れていく。
息が続く限り、剣を振るえ、走り抜け。
私達歩兵は、命を懸けて、それを全うする。その為に、ここにいるのだ。分かっている。・・・・・分かっている。
やがて鎧も汗と返り血にまみれ、敵の隊列もまばらに散り始めた頃、霞みがかった蜃気楼の向こうに、同盟軍の城が見えた。私はそれを合図として、左側にいたカレダンの横をすり抜けるように後方に下がった。
「!離れるな!」
流れに逆らった動きをする私にカレダンが素早く気付き、慌てて走り寄って来る。セルエもドゥエインもそれに気付き、妙な動きをした私達に異変を感じ、剣で敵兵を捌きつつ、少しずつこちらに寄って来る。
私は一旦立ち止まって、彼らを見つめた。後方に蹄の音が響く。・・・騎馬隊が、上がって来た。
「・・・・・・・・マドノとザックがフラついてる。ロウの出血もひどい。あいつらを支えてやって。私は、後方を支える。傷ついた奴らを、少しでも多く生きたまま帰したい。・・・頼む」
私は騎馬隊の蹄の音で、彼らが自分達の位置にすぐ到達するのを見越して、スッとその戦列に紛れた。
すぐに訪れた騎馬隊の巻き起こす砂塵に、私の体は綺麗に紛れ、私からも彼らの姿は見えなくなった。
「ッ!待っ・・・!くっそう!」
「セルエ!ザックのサポートに付け!遅れてやがる・・!鎧を脱がせろ!ドゥエイン!」
「オレが行く。まかせろ。カレダン、右側の包囲がキツい。ロウを支えろ。・・・じゃあな」
「ちっくしょう!騎馬隊の砂埃が邪魔で・・・!! ッ!!」
私は自分の特性と体格を生かし、馬の隊列に素早く紛れ込み、低姿勢のまま敵軍がじりじりと迫る後方へと向かった。
ふと、横をはためく青いマント。
顔が見たかった。最後になるかもしれない。私は、死ぬかもしれない。
心の奥でぼんやりとその事を考えた。彼はあっという間にすれ違い、私は後ろを振り向かなかった。
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