「ハアァ!!」
ギィン!! ・・・・キン! ガッ!!
火花が散る。後方に進む毎に怪我人が増えていく。私は彼らをサポートしながら、更に後方、敵の真っ只中へと突っ込んで行った。
死体が増えていく。味方のも、敵のも。足元に、転がって。
「チッ!いい加減国に帰れっ・・っ!・・クッ!・・・・・!!」
ハッ、とした。聞き慣れた声。 ドゥエイン!
私は、自分より斜め後方に、見慣れた長身を見付けて、剣を振るいながら徐々にそちらに駆け寄った。
「なんで追ってきた!私1人なら身長差に紛れて退却しやすいのに!だから私だけ来たのに・・!」
「なんだ。ちゃんと帰る事考えてたのか」
「・・・・・ッ!ばかっ!アンタ達の仕事は私を守る事じゃないだろっ!」
「そうだな。だからオレも怪我人の加勢に来た。・・・・喋ってる余裕は無いな。囲まれた」
ハッ、と、気付いた時には遅かった。味方の軍勢は遠く北に。私達は数名の負傷兵と共に、いつの間にかぐるりと囲まれてしまっていた。
死ぬ。死ぬか。私も。
そう考えて、戸惑う事なく、懐の手紙に手を伸ばした。
私は右手に剣を構えて、左手に手紙を持ち、眼前に立ち並ぶハイランド兵に、その剣の切っ先を向けた。
そして、出来るだけ遠くに、後ろに控えるハイランド兵達にも聞こえるように、腹の底から大声を出した。
「・・・マリエッタという名の恋人がいる兵士を知っているものはいるかッ!!」
いきなりの私の申し出に、今にも一斉に斬りかかろうとしていた彼らの殺気の波が乱れた。
いつの間にか私達を囲うように輪になっている。逃げ切れない。きっと、どうやっても。
ざわめくハイランド兵。
私は彼らの顔を、ひとつ、ひとつ、舐めるように見渡していった。
そして、再度問い掛けようとした、その時に、後方から1人の兵士が人並みを掻き分けてこちらへ寄ってきた。
私達の眼前に立ち、私をギロリと睨み上げた。若い・・・・。私に手紙を差し出した、あの年若な兵士と同じ位の年頃だ。
・・・軽い、目眩がした。
「・・・・・・・オレの、親友だ。マリエッタは、オレの妹の名だ」
私は静かに息を吸って、吐いた。そして、少し強い口調を作って、言った。
「そうか。彼の息の根を止めたのは私だ」
「!コイツッ・・」
私は、勢い剣を構えようとする彼の鼻先に、手紙を突き出した。
「彼から預かった。マリエッタに渡してやってくれ」
「えっ・・・・?手紙・・」
戸惑いながらも手を出し、手紙を受け取った彼に、私は低い声で言った。
「確かに渡した。お前も死ぬ前に前線を引け。ここでお前に死なれたらまたこの手紙は路頭に迷う事になるぞ」
出来ることなら引いてくれ。頼む。・・・・私はそう願いながら、彼の目を見つめた。
彼は暫く手紙を握りしめ、私を睨みつけていたが、やおら剣をしまい、ドスを効かせた声色で言った。
「・・・・・・・・お前の顔、声、覚えたぞ」
「親友の敵討ちなら、無駄だ。私の方が、強い」
「・・・!!」
確信を持って即座に言い放った私に、彼はプライドを傷つけられた怒りの表情で歯を剥いた。そのまま、再度剣に手をかけようとした時、後ろからのっそりと、もの凄い大きな体をした兵士が現れた。
「なら、オレが討ち取ってやろう。その兜も鎧もはぎ取って、素っ裸にして死体を晒してやる」
私の前に庇うように立ちはだかろうとするドゥエインを目で制して、私は一歩、前に進み出た。
大きい。筋肉も凄い。それを強調する為か、それとも、大きさが合う鎧が無いのか、この男が付けている鎧は胴当てのみだった。・・・目がギラギラと、血を求めている。
私は静かに剣を斜めに構え直した。狙うのは、・・・・足か、首か。
「・・・どちらがどちらの死を奪う事になるのか それを決めるにはいつも、僅かな時間しかいらないんだ。そんな脆いものを我力の証とするは愚かな事だとは思わないか、デカブツ」
「・・・ッ女!!オレ達兵士に口はいらねぇ!必要なのは力のみよ!ウオォオッ!!」
ザッ・・!と、空気が耳元で鳴った。思ったより動きが素早い。そして、荒い。一瞬の隙を突いて、剣戟などお構いなしで足払いをしかけて来たり、拳を振り回してくる。だが私にとってはその方が助かる。力の差が大きすぎて剣を受け流すのもキツい。
私達を囲うハイランド兵から野次が飛ぶ。殺せ、と、そこだ、と、みな喚いている。
激しい動きの最中、一瞬、手紙を受け取った少年の様なハイランド兵が、かたとも動かずこちらを凝視しているのが目の端に映った。・・・緊張しているように見える。大人びた表情を取り繕おうとしているのが分かる。
分かる。私もそうだった。昔は。
「ハアァッ!!」
私の僅かな気の乱れに本能で気付いたのか、瞬間じりっと後方に退いた私に、大きく振りかぶって斬りかかって来た。私は勢いを受けきれず、もろに尻から転倒した。歯が軋むような音と共に、眼前で激しく火花が散った。
体勢を崩した私に向かって、そのまま斬りつけてくる。もらった、と思っているのか、口元に狂気を帯びた笑み。私の鎧など物ともせず力業で串刺しだ、とでも?
さあっと、自分の中の血の流れが、その規則的な動きを止める。何も感じない。
こういう時、いつもそうだ。私も、我を忘れているのか。
命の奪い合いに。狂気を伴って。
「ぐああぁっ!!・・・ぁガッ!・・・・・・ッ・・・・・」
血しぶきがもろに顔にかかって、その匂いが自分を覆い、人としての何かを失わせているように、見えなくさせる。
何もかもを。
勝敗は一瞬だった。私は大男のその剣の切っ先を僅かな動きでかわし、全体重で私に突進して来た奴のその勢いを逆手に取って、喉元に勢いよく剣を突き刺した。その後僅かに身を乗り出しただけ。
奴から急速に、その巨体を支える力が失われていくのが分かる。のしかかられるのはごめんだ。
私は体ごと後方に剣を引き抜いた。再度、勢いよく血しぶきが飛ぶ。私の鎧に掛かる。あっという間に足元に血溜まりが出来る。威勢の良かったその巨体は、自分の血溜まりの中に、力無く頽れた。
・・・途端、息が苦しくて、でも、滴る血が口から、鼻から、自分の中に入って来そうで、顔を上げられずに、俯いたまま手甲で顔を拭い、空気を勢いよく吸い込む。ハア、と一度吐いて、先程、手紙を受け取った兵士の姿を目の動きのみで探す。・・・居た。顔がひどく、強張っている。
「・・・・死にたくなければ、前線を退くんだ。・・・私達はチェスの駒だ。だが誰もが同じ時間、同じ命を持っている。この手に。・・・・奪う命の重さは、・・計り知れない・・・」
最後の方は誰も聞き取れないほどに小さい呟きとなった。
リィバーの顔が浮かんで、消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分達を取り囲むハイランド兵達の殺気 。
大男の死を眼前にして萎んでいたのに、また急速に持ち直して来たのを肌で感じて、私は顔を上げて彼らを見渡した。・・・手紙を受け取った兵士は居ない。退いたのか。・・・良かった。
いつの間にかドゥエインが私の背を護って立ちはだかっている。私達の間には、傷ついた同胞が数名、固唾を呑んで震えている。彼らはもう動けそうもない。突破する道も無い。ハイランド兵達も、私達が手詰まりなのを充分に見越して、自分達の人数に勝機を見たのだろう。
終わりだ。何もかも。
彼らがまさに飛びかかって来ようとしたその一瞬に、北から激しい剣戟と歓声が聞こえた。共に響く馬の蹄の音。
ハイランド兵達も、私達も一斉にそちらを見た。赤い・・・走る炎の様な、・・・・・バレリアさん・・?!
その後ろに翻るオレンジのマント。大刀が次々とハイランド兵をなぎ倒す、あれは・・ハンフリーさん!!
そして、その後方から、彼らの部隊の面々が突っ込んで来る。・・・何故。
「ッ!!」
ドゥエインの呼び声にハッとして、本能的に剣を構えた。戦列を物ともせずに突き崩していく彼ら同盟軍に、後ずさりを始めた者もいたが、ならばせめて私達の首を、と、奮起した者も数名。その内の1人が私に斬りかかって来た。ギリギリで受け流し、剣を構え直す。・・気を抜いていた。こんな時に・・!
剣戟を繰りかえしつつ、退路を探る。ドゥエインも目でバレリアさん達の動きを追っている。私達の背後に挟まれて怯えていた同胞の目に、再び生気が戻る。 ・・・助かる、のか・・・?私達は・・・・
頭の先から一気に汗が噴き出し始めた。血の気が戻る。体が、熱く、脈打ち始める。
「ウオォ ッ!!」
ハンフリーさんが激しい気合いと共に、私達を塞いでいた六、七人のハイランド兵を一気になぎ払う。退路が開いた!
「スゲェ・・」
ドゥエインが感嘆の呻きを上げる。私は足をやられている同胞を支えて、その後方から響く蹄の音の主を見つめた。マイクロトフさん!カミューさんも・・・!
「早く!怪我人をこちらに!」
「戦陣が乱れた今のうちに!・・・ハンフリー殿も、お早く!」
「あなたもひどい怪我だ。早く私の後ろに・・・」
カミューさんが、怪我人を支えていた私に馬上から手を差し伸べる。私は慌てて頭を振った。
「わっ・・私は、大丈夫です」
「しかし、その出血は・・」
「・・・・これは、返り血です。私は、何処も傷ついていません」
カミューさんの視線が、足元の死体を捉えた。その後私を見て、合点がいった、というように微笑んだ。
「あなたが殿ですね。噂は聞いています。このような巨体を相手に、無傷とは。戦う貴女の姿を拝見したかった。まさに伝説の戦女神ストゥールの如くの・・・」
「・・・早く行け」
興じて馬から降りそうだったカミューさんに、ハンフリーさんが私の横から怪我人をひょいと抱え、その背に乗せ、そう一言言った。カミューさんは、私に向かって恭しく一礼すると、マイクロトフさん達と共に、来た道を駆け戻って行った。
ハンフリーさんが私の背を軽く押す。ふと見上げると、少し憂えた瞳があった。
「・・・戻るぞ」
「・・・・・どうして・・・」
何故、私達のような雑兵の為に。
「・・・・当然だ。同胞を見殺しにする奴はあの城には居ない」
言葉少なに、ぼそりとそう言って、大刀を構えて、走り出した。ドゥエインと私はその背を追った。
「ビクトールさんっ!!」
シュウと、主立ったメンバーで、ミューズからの痛い敗戦に、重苦しい空気を抱えていたオレ達は、カレダンの呼び声に思わず顔を上げてそちらを見た。
名を呼ばれたビクトールがカレダンに走り寄る。何事か言葉を交わし、・・・・オレを見た。何だ?
ビクトールはそのままオレ達に向かって、へらっと笑い、ちょっと出て来るわ、と言って、カレダンと大広間を出て行ってしまった。・・・・・何だ。気になるな。
「・・・すまん。オレも、ちょっと」
シュウの方を向いて一言言って、オレもビクトール達の後を追った。
何処にも姿が見えず、走り回りながらあちこちを目で探った。城の庭は負傷兵とその家族で溢れかえっていて、人波の隙間をせわしなく走り回るトウタ達救護兵の姿が見える。
・・・こっちには居ない、か?・・・・何だ。どうして、こんなに気になるんだ。
オレは落ち着かない気持ちで庭に降り立つと、人並みの間から、門の前に仁王立ちになっているビクトールとカレダンの姿を見付けて、そちらへ走り寄った。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「うわッ・・な、なんだよ。脅かすなよ」
いきなり背後から声を掛けたオレに、ビクトールが驚いて振り向いた。表情が何処か強張っているようで、オレは探るようにビクトールの顔を見た。
ビクトールが頭を掻いて、チッと舌打ちをする。カレダンがチラ、とオレを見てから、視線を門の外へ戻した。
「・・・・・なんだ。何か・・・」
眉を寄せて何も言おうとしないビクトールに、一歩進み出て問いただそうとした時、南から蹄の音と、砂埃が見えた。カレダンがそちらに向かって走り出した。ビクトールも踵を返し、そちらに走り寄る。オレも慌てて後を追った。
砂埃の主は騎士団の面々だった。それぞれが怪我人を乗せている。走り寄ったカレダンに、騎士の1人が応対している。やがてその騎士も城へと戻り、後方から走り寄ったオレ達に向かってカレダンが威勢良く吠えた。
「無事のようです。・・・・ったく!肝が冷えるたぁこの事だ!戻って来たらぶん殴ってやる!」
「まだ他にも残ってる奴が居るのか」
ビクトールが低い声でカレダンに問うた。カレダンは今し方騎士団が戻って来た方角を見つめながら言った。
「最後衛に配置されていたハンフリーさん達の部隊と、共に行動していたバレリアさん達の部隊が人だかりに気付いて、怪我人を連れに戻った騎士団の面々を誘導した先に達が居たみたいです。ハイランド兵もまばらに散ってたらしいですから、もうそろそろ・・・」
カレダンが言葉を切った。走ってくる兵の姿が見える。カレダンが腕組みをしてそれを見る。今度は走り寄らないらしい。ビクトールがため息を吐いた。オレは。
駆け戻る同胞達の中に、彼女の姿を必死で探した。気持ちが粟立って落ち着かない。
・・・どういう事だ。ビクトールの部隊は戦陣の先頭を突っ切っていた筈だ。ビクトールが無事で戻っているのを見て、オレは、当然今回も彼女は無事戻っているのだと、・・・・・・・思い込んでいた。
おかしな事だ。
オレ達は、自ら望んで、
誰が、いつ死んでもおかしくない場所に居るのに。
オデッサはなんと言っていた?
いつも、オレは傍らに立ち、彼女を護った。
護りきれなかったのは、その時に側に居なかったから?
違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。
そういう事じゃないんだ。 きっと。
次々駆け戻ってくる同胞を、肩を叩いて労ってやり、よく無事戻ったと、笑顔で迎えてやり。
バレリアの部隊も、ハンフリーの部隊も通り過ぎて、ハンフリー当人が居ない事を不思議に思い遠くを見やった。
最後の最後に、彼らは戻って来た。
「ドゥエイン!!」
その姿を認めて、カレダンが慌てて駆け出した。ドゥエインはハンフリーに支えられて足を引きずっている。その傍らに、無防備な体勢の彼らを護るようにが寄り添っていた。顔も体も血にまみれている。
オレはその時、の戦闘後の鎧姿を初めて見た。
その表情も、初めて見る。無表情な中に、激しさと、ひどい空虚さを纏って。
駆け寄ったカレダンがハンフリーからドゥエインを受け取り、何事が話している。ハンフリーは、その場で語らう彼らを置いて、足早に門の中へと入って行った。自分の部隊の連中が気になるんだろう。門の側に居るオレ達に向かって、通り過ぎる際に一度、頷いた。ビクトールがハンフリーに向かって一言、すまんかったな、と言って手を振った。
ふと彼らに視線を戻すと、に向かってカレダンが怒鳴っている。真っ赤な顔で。
と、その一瞬後に、がドゥエインを支えるカレダンごと抱きしめた。・・・・・なに?!
「・・・・・・・おいおい」
ビクトールものその動作に驚いたらしく、隣で目を見張っている。しかし一番度肝を抜かれたのはカレダンらしく、目を見開いて固まっている。ドゥエインは苦笑しているようだ。
やがてゆっくりと離れると、彼らに向かって何事か呟いたようだが、門の前にいるオレ達には聞こえなかった。
は二人から離れると、オレ達に向かって早足で近付いて来た。無表情なのに変わりはないが、先程纏っていた空虚さはなりを潜め、代わりに少し強張った頬。
オレ達の前に立ち、姿勢を正して、ビクトールに向かって、はっきりと言った。
「独断で隊列を離れて、申し訳ありませんでした。・・・手紙は、マリエッタの兄というハイランド兵に出会う事が出来、当人に渡して来ました。その目的で隊列を離れた訳ではありませんが、結果としてそうなりました事を、お伝えしておきます」
・・・ぐうの音も出ないとはこの事だ。こうまで完璧に「言い訳」されて、言葉を返せる訳がない。案の定、ビクトールは喉に物が詰まったような顔でを見ている。・・・・たまらんな。こんなのが下に居りゃ。
だがコイツのいいところは、下の者をそれ相応に扱わないところだ。はまだそれを知らないらしい。彼女が頑なだからか。
「・・・・オレは、抱きしめてくれないのか?」
ホラ来た。悪ガキそのものの無邪気な顔で、笑ってを見ている。今度はがグッと詰まった顔をした。オレはの表情の変化が、・・・・・愛しくて、思わず苦笑してしまった。
そんなオレにどう感じたのか、はチラとオレを見て、一度瞬きをすると、ビクトールに向かってぽそりと言った。
「・・・・こんな体ですが、・・・汚れますよ」
「構わんさ。してくれよ。アイツらにしたみたいに」
両手を広げて微笑うビクトールに対し、が躊躇している間に、ドゥエインを支えたカレダンが追いついた。ビクトールがドゥエインを見てニヤッと笑った。
「・・・痛みも消えたろう。オレも抱っこをせがんでるとこだ」
「しつこい男は嫌われますよ〜」
「気を付けろよ。危険を感じたら蹴っ飛ばせ!そんで逃げろ!」
「お前らなぁ・・・・」
わやわやと囃し立てて、門の中に消えた。ビクトールがシッシッと払う仕草をして彼らを見送ると、再度に向き直った。はなんとも言い難いキツい表情でビクトールを見ている。
「なっ・・なんだよ冗談・・・・・・・・・・・」
ビクトールがへらっと笑って笑い事にしようとした時、がふわりとビクトールの頭を抱えるように手を精一杯伸ばし、抱きしめた。・・・・オレは、少し、・・・かなり、心中穏やかじゃなかったが、見なかった事にしてその場を去った。これ以上の側に居ても、オレに言える事は何もない。
くるりと踵を返し、門の中へと向かう途中、ビクトールがに対し、静かに呟いたのが聞こえた。
「生きてくれよ。オレがお前らに望むのは、それだけなんだ・・・」
オレは手当の為に、庭に広がる人並みの中に、ハンフリーの姿を見付けてそちらへと歩み寄った。
ハンフリーの隣で手当を受けているのは、ハンフリーの部隊の者だろう。少し腕をやられたようだが、そう大した怪我ではないらしかった。ハンフリーが、寄って来たオレに気付いて顔を上げた。
オレが口を開く前に、ハンフリーがオレに向かって抑揚の無い響きで言った。
「・・・・・偶然だ。囲まれている同胞を救う為に突っ込んだら、中にがいた」
オレは、その言葉の響きに含みの無いのを捉えて、らしい、と、思わず苦笑した。感謝するな、と、言いたいんだろう。
「・・・・・・今度は無茶をするなと言っておけ」
「・・・・・・・・オレが言う事じゃないさ」
そう。オレが言う事じゃない。オデッサの時も、オレは、分かっていて、無茶をさせたんだ。本気で止められなかった。
失いたくないと分かっていても。・・・そういう事じゃないんだ。
「・・・・フリック?」
急に表情の無くなったオレに対し、ハンフリーがその変化を訝しく感じたんだろう。オレは自分の中で複雑に絡まる感情の波に呑まれる前に、気持ちを切り替えて、無理に笑顔を繕い、ハンフリーを見た。その背をポンポンと叩き、その場を後にした。
大広間へ戻る道のりは重く、・・オレの脳裏に、いつの間にか、以前読んだハイランド兵の手紙が、その文章がちらついて、まとわりついて、吐き気がした。
気付かなければいけない事を、無理に見ないようにしている自分に。
『マリエッタへ』
『行商に来た人から、指輪を買った。本当は、ちゃんと顔を見て、自分の手で君の指にはめてあげたいけど、』
『ハイランドに、そしてこの時代に、生まれて来た事を誇りに思う。君が居るから、僕は、』
『必ず、生きて帰るよ。その時まで、この指輪は』
『愛してる。君が居るから、僕は、戦える』
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