「ハアッ!!」

かけ声と共に馬の腹を蹴る。手綱を操り、目標の位置まで一気に駆け上がる。背後に続く鬣の波。蹄の音。
自分の頬が緩むのが分かる。
勢い良くオレの髪を浚い、マントを弄ぶ風は、こんなにも・・心地良いものだったか?


2時間ほどの訓練の後、城の周囲を騎士団と早駆けした。馬の速度を緩めて、歩幅を合わせて馴らした後、厩舎へ戻り、皆と共に馬の汗を拭いた。その時その場で軽く、皆と他愛ない談笑を交わした事が、そうと意識せずずいぶんと気晴らしになったようだった。
その後皆とそのまま風呂へ向かい、それから夕食までの少しの時間、自室で1人になり、ぼんやりと考えた。
自分の中にある深い、暗い闇と、目を逸らさずに見つめ合う。











あの晩、が早々にオレから離れて階下に戻ったのは、きっと、オデッサの事で気を使ったのだ。『好きだ』と言われたその時に、オレが、オデッサの事を考えたのだろう、と。





本当は。

本当は、怖いのだ。また、同じ気持ちを味わう事が。



          護りたい。心からそう思い、常に寄り添うように傍らに居たとしても、命の糸が断たれるのは、本当に一瞬の事だ。
オデッサの場合は、状況が違う?
違う。そういう事じゃないんだ。


ただ、少しでも長く、側に居たかった。
一緒に居て、同じものを見て、笑い、お互いの体温を共有していたかった。

彼女の、恐らく今までで一番、オレを必要としてくれていただろうその一瞬に、オレは側に居なかった。

今なら分かる。彼女が事切れるその一瞬に、きっと、オレの事を考えただろうという事が。 オレに、ただ、その名を呼ばれる事を求めていただろうという事が。
ただの一人の女に戻り、オレの体温を求めただろうという事が。


その一瞬に傍に居てやれなかった事が、ドス黒い固まりとなって、いつまでもオレの胸の奥に在る。
お互いをお互いとして必要としていた事実。
解放軍など関係なく、全てのものをとっぱらって、残るものはただ、本当に、空気の中を軽くたゆたうような、目に見えない、心許ない、だけど必要な、そんな、標無いものなのだとしても。





納得のいかない事だ、と、喚き散らしたところで、いつもそれが必然のように舞い降り、去っていく。
それが、死だ。
例えそれが、倒すべく敵兵でも、護るものを同じくした同胞でも、愛おしいと毎夜愛した人でもだ。
その必然を、分かったような顔をして受け入れ、悟る事など、オレには絶対に出来ないから。
だから、剣を持つ事を止めない。


『オデッサは、死にました』


もう、あんな思いをするのは嫌だ。
それが当然の様に、目の前に突き出されるのは。






喉の奥から固まりがせり上がってくる。
熱い。
            くそう。・・・・・泣くのなんて、それこそ、・・・・いつ以来だ?



バカね、と、またオデッサの声が聞こえた気がする。
そう、バカなんだ、オレは。いつまでたっても。






は、あの夜、オレの事を・・初めて見た時から、好きだったと、言ってくれた。

オレは、墓場で佇むを、彼女を初めて、・・・・・そこに佇むのは一人の女性と意識し、その横顔をずっと見つめていたい、と、思ったあの時から、・・・・彼女と同じ気持ちだった。
それでも、あの時、受け止める事に躊躇した。
・・・オデッサの事を考えたから。



を抱きしめる事で、オレの中でオデッサへの気持ちが変わる事はない。
ビクトールは、そこで躊躇する事こそがオデッサに対して不実だと言った。そうだ。彼女なら確かにそう言うだろう。もう抱きしめる事の出来ない自分にいつまでも縋るのは止めて、とでも言いそうだ。
ひどく、傷付いた顔で、オレの時間を止めてしまうのが自分だなんて思いたくはない、と、・・・オデッサなら。

だが、はどうなんだ。
オレの中に、オデッサへの想いを、自分を許せない暗い淀みを抱えたままで、常にそれを心の奥深くに宿したままのオレと結ばれて、それで彼女を不幸にはしないか?
傷付ける事が分かっていて、殊更に傲慢に彼女を求めて、抱き寄せて、         それでいいのか?
オレは、再度失う事に怯えるだろう。
愛おしいと、一生を共にしたいと願った女性が、また自分を置いて逝ってしまう事に怯えて、・・・そうして、彼女の自由を奪うかもしれない。
神聖なもののように想い、願い続ける事と、囚われる事とは違う。
だがそれは常に紙一重で、そして、それはオレの中のオデッサへの気持ちを象徴している。

また誰かを心から愛する事を、恐れている。
戦のただ中にいて、誰かを愛おしいと想い、その微笑みをいつまでもそのままに、と、願う事を。
無茶をせず何よりも生きていて欲しいと、切望し囚われ、常に奇跡に縋る事を。
弱い、自分。それは事実、だ。変えようのない、オレ自身。
だが、それでも。

大事なのは、目を逸らさず、正面から向き合う事だ。
きちんと向き合いたい。この数日間、彼女が何を思い、考え、今に至るのか。
そして、オレの、この気持ちも。
彼女を求める、オレの。









オレは顔を乱暴に拭い、ベッドから立ち上がると、そのまま流れるように戸に手を掛け、自室を後にした。














レストランでアナシア達と夕食を食べ、その後なんとなく一人になりたくなって、フラリと城の中を散歩した。
目的もなくただブラブラと歩いているうちに、自然と墓地の近くまで来た事に気付き、そんな自分に少し苦笑しつつリィバーの墓を訪ねた。

墓標の前に立ち、周りに誰も居ないことをいい事に、それでも小声でぼそりと、伝えた。
「・・・フラレたよ。やっぱり言わなきゃ良かったかな。・・・フリックさんを苦しめただけだった」
何か言って欲しかった。なんでもいい。リィバーがもし生きて目の前に居たなら、なんと答えただろう。
「・・もうどうしようもないけど、せめて、顔を合わすことがあれば、今まで通り、接してくれるといいな・・・傲慢で、ひどいわがままかもしれないけど・・・」
リィバーの墓標は、沈黙を守っている。心細くてたまらなくて、雨風に晒されて掠れた文字を指の先で軽く辿った。


フリックさんと過ごした時間が、切なくて苦しくて、・・・リィバーが生きてた頃みたいに、言葉を交わす事も夢の中だけだったあの頃に、戻れるならもう二度とあんなバカはしないのに、と、自分を罵った。
同時に、あの晩、抱きしめられた腕が、暖かかった胸が、問い掛けてくれた優しい声の響きが胸に迫って、恋しい人とのかけがえの無い瞬間をこの身に得られた幸せに、遠くから見つめる事しか出来なかった時間になど戻りたくないと、泣き声を上げる。
このぐちゃぐちゃに絡まった感情を、ただ、後悔とだけ呼ぶのなら、その言葉を作った人に問いたい。
その先は、どうしたらいいの、と。

それでも、暗い顔をすると、すぐにビクトールさんが感付いてしまう。それでなくともハイランド兵の手紙の事があった後だから、世間話の合間にでも、その様子がフリックさんに伝わる事があるかもしれない。
そう考えると怖くて、その事で、もしかしたらあの晩のことが、と、フリックさんの心をこれ以上煩わせるような事にだけはなりたくないと、懸命に平常を装った。体を動かし、内に向かおうとする気持ちを出来るだけ外に向けるよう努力した。



「墓標に向かってなら素直に話せるなんて・・バカにしてるね・・ゴメン」

情けない事をしている。今の自分は嫌いだ。そう自分を心で否定して、リィバーの墓標に謝ってから、大きく息を吸い、目を閉じた。


真っ暗な闇。
しばらくすると、穏やかな凪がその闇を撫でた。
黒い闇の中に、沢山の星が瞬いた。
次第に、そうある事が当然のように、その瞬きは静けさを取り戻す。

『生きる為に、プロポーズした』
誇らしげにそう言ったドゥエイン。
私もそう、思いたい。思えるようになりたい。
受け止めてもらえなくとも、少なくとも今は、・・・・もしかしたらずっと、私のフリックさんへの気持ちが変わる事は無いから。


『そういう奴がいるんなら、言っとけよ。死に際の後悔ほどキリの悪いもんは無ぇぞ』

ドゥエインが優しく諭してくれたその言葉を、静かに心で反芻する。
あの時とは違う気持ちで、顔を空に向けて、ゆっくりと息を吐いた。
もう一度軽く吸って、同じ言葉を空に返す。

「うん。そうする」





「・・フリックさんが、好き・・・」

彼の顔を思い浮かべて、気持ちを込めて、空に呟いた。
鬱屈した感情が、少し、軽くなった。もう一度。

「・・・好きです・・・・・・・」




返す言葉は何処からも、当然の様に、無い。
でも、夜気が、閉じた瞼に心地良い事に気付いた。
ゆっくりと目を開けて、少しの藍を含む夜空に散りばめられた星々を、神聖な気持ちで見つめた。
切なさは変わらない。けれど、一人でも顔を上に向けることが出来た。
空を仰ぎ見ることが出来た。

私は視線をリィバーの墓標に戻し、今にも泣き出しそうだった先程とは違う、挑むような強気の表情で語り掛けた。
「・・・・戻って寝る。またね、リィバー。今度は、もう泣きごと言わないから。聞いてくれてありがとう」
軽く手を振り、部屋に戻ろうと来た道へと淀み無く振り向いた。
力強く一歩を踏み出し、視線を上げた。             その道の先に、・・・・・・・・・・・・・・・・青い・・・・・・・・・・・・!?・え?ええ?!!な、?!
「・・・・・・!!!」
居る筈の無い人の姿が在る事に、私は激しく驚き、思わず口元を両手で覆った。












「・・・・・・・・・・・・・・・・・・その、・・・悪い。立ち聞きするつもりじゃ、・・・無かったんだが・・」
赤い顔でぼそぼそと呟くように言い訳する今のオレは、誰から見ても心底カッコ悪いんじゃないかと、自分でも思う。


を探して、酒場やレストラン、そして訓練場にも顔を出したが、何処にも居ない事に腹を決め、彼女の部屋を尋ねる事にした。
同室の女兵士に何事かと詮索されるのを覚悟の上で、そこを尋ねるのに今居る場所から一番近い道筋を選んだ。
墓地への入り口の前を通り掛かり、もしかしたらと思い、そっちへ方向を変える。

ここに来て、オレがを初めて見た時の様に、その墓標の前に佇む彼女の後ろ姿を見つけた。
やっと見つけた、と、安堵の気持ちと同時に激しくなる動悸に、ハア、とひとつ息を吐いて、声を掛けようとして、
      彼女が小さい声で何事か呟いているのが聞こえた。
そして、自分が今、探し回ったその勢いのままに、とてもデリカシーの無い事をしようとしたのだと気付いて、慌てて立ち止まった。彼女は墓参りの最中なんだ、と。
ここからはの声は、小さくて聞こえない。だけど、邪魔されるのは嫌だろう、きっと、と考え、気付かれぬよう墓地の入り口まで戻ろうと思った。気配を消し、ゆっくりと来た道を振り向いた。



「・・フリックさんが、好き・・・」


・・・・・・・・え?


「・・・好きです・・・・・・・」



          重ねて、はっきりと届くの声。
オレは慌てて振り向き、彼女を見た。空を仰いでいる。表情は見えない。けれど、それは、今ここに居るオレに向けられたものじゃなくて・・・・・。

体温がすごい速さで上昇した。照れる、なんて一言で表せるほど可愛いもんじゃない。オレは思わず片手で口元を押さえた。じゃないと何か飛び出しそうで。そのくらい、なんというか、胸が苦しい。顔が熱い。
そのまま身動きが出来ずその場で硬直してしまって、今すぐここを去らなきゃならないって事を完全に失念してしまっていた。
あ、と気付いた時には、はオレの姿に完全に気付いてしまった。
真っ赤な顔で、みっともなく硬直するオレに。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
驚いた顔で頬を赤く染め、立ち竦むのその表情が、オレの前でどんどん険しいものに変わっていった。
眉を顰めてその瞳に怒りを顕わにし、肩を怒らせて唐突にこちらに向かって歩き始める。
怒らせた、か?           そう考えつつも、どうする事も出来ず、近付いてくるを赤い顔で見つめた。
やがて相対するに当然な距離まで来て立ち止まり、オレの顔を睨み上げて、低い声で唸った。
「・・・・・何処から聞いてたんですか?」
          ど、何処、から・・・?        ・・・・い、言・う、のか?
黙ったまま、の怒りの視線を受け止めるオレに、彼女が再度、同じ声の響きで問い掛ける。
「・・・フリックさん。何処から、聞いてたんですか?ずっと、私がここに来てからずっと、そこに?」
・・?、いかん。なんか誤解されてる。・・が、・・・・・・
オレは、の『何処から "聞いていた" 』という問いに、明確に答えることが出来ずに、固まったまま、それでも、ずっとここから覗き見てた、なんて誤解は避けたい、と、なんとか上手く言葉を選ぼうと動転しきった頭で考えた。
                             浮かぶ訳無い。

「フリックさん!!」
「ッお、         オレを、好きだ、と、・・・言ってくれた事だけだ。・・・・聞こえたのは」
勢いよく名前を怒鳴られて、とうとう白状したオレに、その内容に、が更に顔を赤くして目を見開いた。
「!!・・・・・・・・・・ッそ、・・・それだけ?ですか?」
「・・・・ああ・・」
の怒りの勢いに圧された事と、観念した事とで、オレは大人しく、彼女に事の経過と顛末を話す事にした。
出来るだけ神妙な表情で、場を誤魔化すつもりは一切無い事を表し、彼女を見た。
はまだ少し眉を潜めて、恥ずかしさと怒りから紅潮した頬をオレの眼前に晒したまま立ち竦んでいる。
彼女のその様が、可愛くて、・・・そのままその頬へと伸ばしそうになる手をギュッと握りしめ自制し、オレは、深呼吸するように静かに息を吸い、吐いて、静かに言った。
「・・・・・・すまん。立ち聞きするつもりじゃなかった。お前を探してて・・」
「・・・?私を、探して?」
拍子に、問うような視線に変化する。オレを見上げる彼女の瞳が真っ直ぐにオレを捉える。
         ああ。・・・あちこち見て廻ったんだが、何処にも居なかったから、もしかしたらと・・ここに寄ったんだ。・・・誓って、・・・・さっき言った事以外は何も聞いてない。せっかくの墓参りを邪魔してしまって、すまなかった」
「・・・いえ・・・あの、じゃあ、私に何か・・?」
はオレの謝罪の言葉を聞いてから、オレに問うた事の答えは得られたと納得したのか、しかし変わらない気恥ずかしさと居心地の悪さからか、少し俯いた。そして、足先を動かし、立っていた位置を少し後ろにずらした。
が後退した分、オレは一歩前に歩み出た。
その瞳が不思議そうに、オレを見上げる。


「・・・・・・・
「・・・・・はい」
「・・オレは、」

不安げに揺れる、彼女の瞳。
オレに、好きだと伝えてくれたあの夜と、同じ。



「・・・・オレは、・・・・・・・嬉しかった。お前に、好きだと言われて。・・・・・嬉しかったんだ。本当に。・・・今もだ」
静かに、ゆっくりと話し始めたオレの顔から、視線を逸らさず見つめるの瞳が、言われた事に驚いたのか、少し見開かれる。
          彼女の変化が、とても、愛しい。

「あの晩、オデッサの事を考える為に屋上に行った。だが、思いがけずお前と話が出来て、・・・ああ言われて、嬉しかったんだ。だから・・それを、伝えたくて」
オレの口からオデッサの名前が出た事に、彼女の瞳が少し怯んだのが分かった。・・・・・それでも、オレから目を逸らさず、見つめている。真剣な表情。
            ・・・・・だから、あの晩、オレに言ってくれた事も、・・・・今のも、・・・オレは、忘れる事は出来ない。・・すまん。約束は守れそうにない」
自然、自分の顔が綻んで行くのが分かる。いかん、真剣にオレの言葉を聞いてくれている彼女に失礼だ、と思いつつ、止められない。
ならいっそ、誇らしく。
に想ってもらえる自分に、誇らしく、微笑おう。










微笑った・・・・・・・・。

どうして、今、そんなに誇らしげな微笑みを?
私は、本当に驚いてフリックさんを見つめた。視線の先の彼の微笑みは、本当に嬉しそうで、誇らしげで。
見とれてしまった。初めて見た。こんなに、こんなにも心から微笑む彼を見たのは、・・・初めてだったから。

「すまない。・・・こんな男で。・・・・・幻滅したか?」
「い、いえ・・」
ふわりと微笑み、そう呟くように言うフリックさんの問い掛けに、私は慌てて目を伏せた。見とれて釘付けになってしまっていた事に気付いて、どんな間抜けな顔をしていたのかと考えるととても恥ずかしかったから。

ジャリ、と、砂が擦れる音。ふと、フリックさんがもう一歩、私に近付いたのが分かった。どきん、と、耳の奥に響く動悸の音が、現状を訴えている。
早く顔を上げて。フリックさんがどんな表情で、どんな目をして自分を見てくれているのか、ちゃんと見て。
彼は、あの夜の私の告白に、答えをくれようとしているのだから。
私は天国と地獄の狭間に立たされたような不安定さ、に恐怖にも似た感情を感じつつ、それでもギュ、と、唇を引き結び、顔を上げて、彼を見た。
先程の微笑みは消え、変わりに、少し切なそうに潜められた目元。


「生きよう」

「・・・?」


私の告白に対するフリックさんの答え・・自分が考えていた言葉のそのどれとも違う言葉を聞かされて、その真意を視線で問うた私に、フリックさんは少しの動きで頷き、そのまま視線を墓場に向けた。
リィバーの墓標を見つめている。私も、追うようにそちらを見た。
無言で佇む木の十字架。

「この先、必ず生き続ける、と、約束する事は出来ない。それは、お前も、・・・・・そして、オレも同じだ」
「・・・・・」
自分達の立場を示唆するかのような彼の言葉に、思わず、墓場に立ち並ぶ墓標達に視線を泳がせる。墓標の数はリィバーを埋葬した時の何倍にも増え、私達の眼前に所狭しと立ち並ぶ。
失われた同胞達の命・・・私も彼等と同じ、この城の『兵士』だ。
再度フリックさんがもう一歩、ジャリ・・と砂を鳴らして私の方に近寄ったのが分かった。ゆっくりと顔を上げて、彼を見つめる。
         だが、自分の心の中に指針を建て、この先の自分に対し明確にし、それを目標にする事は出来る。戦う目的はそれぞれ何であれ、結果、その先に辿り着くところは同じな筈だ。だから・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・生きよう。オレは、お前にそれを、言いたくて・・」
「・・・・・生きる・・」
「ああ。・・・・・・・・・・・・・戦が終われば、・・・・何に囚われる事も無く、お互いをお互いだけとして、見つめ直す事が出来たら、・・・その時は・・・・」
私の方を見て、呟くように紡がれていた彼の言葉が、ここに来て少し言い辛そうに言い澱んだ。・・・・・先程より少し、強張ったように見える、頬。仄かに、赤い・・・・。
「・・・・・・・フリックさん・・?」
「・・・・その時は、オレから、お前に、・・・オレの気持ちを伝える。だから・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そこで、フリックさんは完全に黙ってしまった。視線を少し逸らして、あらぬ方を見つめて何事か思案している。
『だから・・』・・・なんだろう。言葉の続きを聞きたい。だけど、・・・・



生きる。
その言葉は、とても象徴的だ。今まで、フリックさんの抱えていた想いや、今も・・・彼を捉えて放さない恋情を、はっきりと物語っているように感じる。
それは、失った彼女への。

でも、これからを『生きる』と、・・・・・私へ、言いたかった、と、言ってくれた。
嬉しかった、と、・・言ってもらえた・・・・・。






「抱きしめても、いいですか」
「、         え?」
言い淀んだままの沈黙を唐突に遮った私の言葉に、言われた内容に、フリックさんが驚いて目を瞠って私を見た。
「・・あの夜、本当は私、あなたの背に手を回して、強く抱きしめたくてたまらなかったんです」

少し強めの口調で挑むように言った私を見て、フリックさんは、更に顔を赤く染めて、私を見た。
多分私は彼よりもっと赤い顔をしていると思う。でも。
さらけ出したのは、本当に、心からの気持ち。

何に言い淀んだのか、今はもう、いい。
ただ、私に、今、戦いの日々のその先の事を、伝えたいと思ってくれたフリックさんを、
私を捜して、ここに来てくれた彼を、・・・強く、抱きしめたい。

傲慢なのは分かっている。でも、今は、目を逸らしていたい。
目の前に居るの。
私は。

ただ求めている               その事だけが、すごい勢いで突き上げてくる。






フリックさんは、何度か瞬きをして、それから、目を伏せた。
そうして・・・・・



ゆっくりと、伸ばされた指先。
私の髪に触れて、もう一歩。

あの夜と同じように、片手で、私の背を抱いた。
温かい。
少し早い胸の鼓動と、反して潜められた息遣い。・・・・私も、同じ。

私はゆっくりと、フリックさんの背に手を回し、その背を抱きしめた。
私が腕に力を込めたその瞬間に、フリックさんが、私の頭にそっと、優しく口付けを落としてくれたのが分かった。













自分に言い聞かせるように、心の中で静かに呟いた。



今、この手の中の温もりを、優しい口付けを、私は一生忘れない。
いつか事切れるその瞬間まで、心の奥深くにしまい込んで。

私はもう、決して死を恐れない。
生きるために。














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