That Day





気付けばもう昼時を回っていた。
が菜子を手伝い、食器を出し、炊き立てのご飯をそれぞれよそっていく。みそ汁や卵とじから、食欲をそそるなんとも言えない匂いが、ほこほこの湯気と共に皆の鼻孔を刺激した。

お昼までご馳走になって、と、恐縮するアキラに、ほたるくんを借りてて悪かったね、と、頭を掻きつつ二谷が笑った。
「子守してもらってたんだよ。いやぁ、助かったよホント」
「子守・・・・この男がですか?」
聞き慣れない、そして、アキラがほたるに対し、もっともそぐわないと思っているその単語を耳にして、アキラが驚き、問い返した。二谷が、菜子から手元に置かれた白飯を、お先にいただきます、と言いつつ頬張り、むぐむぐと話を続ける。
「産婆さんは近所にいるんだけどね。逆子だってのは以前から聞いてて、もしもの時には呼ぶからとは言われてたんだけど、お産が少し早まったんだね、今朝早く急に呼ばれちゃって。いやあでも、無事産まれて良かった本当に。なんだかんだで僕の出番は殆ど無かったよ。すごいねぇ命の力って。僕は医者になって長いけど、こういう時はつくづくそう思うよ」
「はぁ・・それは、よろしかったですね」
アキラの日常には聞き慣れない単語の続出で、一息にそう話した二谷の満面の笑みに、アキラは言葉が繋げず、差し障りのない相づちを打った。
二谷は愉快気に顔一杯笑いを含ませ、そのまま話し続けた。
「ほたるくんは大変だったみたいだけどね。これはさっきの反動?子供返りってやつかなハハハ」
二谷の言動にまったく悪気は無い。が、ここに至ってもほたるにしつこくしがみつかれたままのは、二谷のその言葉に心底苛立ち、そちらに顔を向け低く呻いた。
「・・・・笑ってないで尻にお灸でも据えてやって下さい・・・!」
それを聞いて二谷がまたワハハと勢い良く笑う。朝慌てて出た為に整える時間が無かったのだとばかりに、その口元にちくちくと伸びた無精ひげに米粒が飛んだ。菜子が自分の茶碗を持って二谷の隣の席につきつつ、二谷をじろりと睨み、先生行儀悪いですよ、と窘める。
もアキラの隣に座り、待っていたアキラと共に二人、いただきますと手を合わせた。それを見てから菜子が、自分も手を合わせ、箸を持つ。
そして、の腰にくっついて離れないほたるを苦笑いで見やり、しみじみと言った。
「あそこは子沢山だからね〜。私も、去年のお産の時は本っ当に疲れたもん。気持ち分かる」
それを聞いてほたるが、ぴくり、と反応した。ゆっくりと顔を上げ、視線を細くして菜子を見やる。
「・・・菜子ちゃんわざとオレに行かせたんでしょ」
「あ、分かった?助かったわ〜ありがとねvv」
悪びれもせずにっこりと微笑んで返す菜子に、ほたるは眉を八の字にして菜子を恨めしげに睨んだ。
「・・・・菜子ちゃんのバカ」
そんなほたるの目線になど怯む事も無く、菜子は素知らん顔で食事を進めている。
何でもそつなくこなす様に見える菜子が、避けるほどの子守とは、一体?と、不審に思ったが、二谷に聞いた。
「何人くらいなんですか?お子さんは・・」
「今日の子合わせて8人目」
「うわぁ」
「8人」
の疑問に、二谷は箸を茶碗に置き、指を8本立ててその人数を示し、おどけた表情で告げた。
が思わず呻いて、アキラもその人数を思わず口にする。
もさすがに驚き、口をあんぐりと開けてほたるを見た。

         と。
皆がほぼ同時に、7人の子供に振り回されるほたるを想像して、思わず一斉に吹き出してしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにがおかしいの」
ほたるがの腰から顔を離し、怪訝気に眉を寄せ、こらえきれないとばかりに腹を抱えて笑う皆を見回し、ぶぅ、と、頬を膨らませた。






その後、しつこくにしがみつくほたるをどうにかそこから引き剥がし、全員食事を済ませた。
後の片付けをする、と、残ったを置いて、アキラは、ほたるとと、二人の寝室に戻り、今後の事を色々話し合った。

ほたるはのしたいようにさせると言う。
は一度谷に戻りたいと言う。
アキラは壬生に一度行った方がいいと勧める。
アキラは、自分の考えを静かに説いて聞かせた。

が谷に戻った際、球がの時のように消えてしまったら、調べようがない事もあるかもしれない。月の里が非協力的で、もうひとつの隠れ里の場所も掴めないのなら尚更、後の祭りとなっても困る。
そして、壬生に行くのなら私達も同行したいのですが、と続けた。
そこで、ほたるがいつもの飄々とした物言いで、アキラに言った。

「ここにオレ達がいる事は前回の襲撃で多分バレてるから、にこ先生と菜子ちゃんの安全の為に、オレ達の居ない間、アキラに、二人を護って欲しいんだけど」

言われ、二人とも、ハタとそれに気付く。
は谷の事、アキラはの体の事にそれぞれ囚われていた為に、大切な事がその道筋から外れてしまっていた。改めて、ほたるを見やり、そうか、そうですね、と、お互いに深く頷く。
ほたるは、飄々とした物言いはそのままに、後を続けた。
       それに、邪魔ばっかされたくないし。二人が一緒に居ると、色々気にして、させてくれなそうだから」
言い終わると、瞬時にほたるの頭の両側から、アキラとの鉄拳が飛んだ。
「「もうほたるは黙ってろ(なさい)!!」」
語尾以外は、二人の怒号が見事に調和した事は言うまでもない。




壬生の位置はここから東、の里は西に位置する。
とほたるが壬生に行ってから、一度ここに戻って来て、詳細をアキラ達に報告する。それから改めて、まだ刺客が訪れるかどうかを見て、アキラとが同行するかどうか状況によって決める。
そして、の故郷、暁の谷に向かう。

一時の問答はあったが、後はすんなりと手順が決まった。
神妙な顔で、自分達の今後の道行きに気持ちをはやらせるの背後で、壁にもたれ眠気に誘われて瞼を擦るほたるに、アキラが少しの険しさをその気配に漂わせ、言った。
「・・・手紙を書くから、あなたのバカ兄貴に渡して下さい。いいですね?」
「え?うん、いいよ」
ぼんやりと返事を返すほたるに、ちゃんと辰伶の手元に手紙が届くか一抹の不安を感じつつ、アキラは深く吐息を吐いた。

自分達の手順はこれでいい。
だがまだ肝心の段取りが残っている。
ちょうど頃合いに、昼食後の片付けを終えて戻って来たに、事の説明をしている最中に、二谷がひょっこりと顔を出した。
「遅くなったけど、さんの包帯代えようと思って。今いいかな?ほたるくんもアキラくんも、代えとこうね」
鞄を広げつつ、二谷が笑顔で、まずアキラくんから、と、アキラに手を出すよう言った。
アキラはの方を向いていた体を、の布団の傍に鞄を広げた二谷に向けて座り直し、姿勢を正した。そんなアキラを見て、続いても、も、姿勢を正し、二谷を見た。
ほたるは、皆のそんな気配に気付いてはいるものの、依然壁にもたれたまま、今にも閉じそうな瞼と奮闘していた。
二谷は、自分に向かい皆がいきなり膝突き合わせ姿勢を整えて見つめてくるので、何事かと驚き、目を瞬かせた。
そして、アキラが、まず自分達の、ここまでの道程と、4人の置かれた現状、そして今後の動向を、きちんと道筋立てて、二谷に話して聞かせた。


の怪我はまだ遠出が出来る程ではない。
二谷から、遠出してもいいと許可が出たら、ほたるとの二人で、壬生に行く事。
その後、自分達二人がここに残って、ほたるとが戻るまで、来るやもしれぬ壬生の刺客から、二谷と菜子の二人を護る事。
そこまで話し終わり、後を続ける前に、二谷の反応を見る為に、アキラが一拍置いた。
「ふぅむ・・・・」
二谷が、まだ無精ひげの残る顎をざりざりと手で擦り、鼻から軽く息を吐くと、そう間を置かず、アキラを見て、普段通りの声の響きで言った。
「じゃあ         大工さん急かして、ひと部屋早く整えないとだね」
「・・・・は?」
出て来た言葉のその内容に、思わずアキラが聞き返した。
二谷は当たり前のようにアキラを見て、うん、と、頷き、言葉を続けた。
「お金勿体ないからアキラくん達もう今晩からここに泊まりなさい。今夜は・・・・うーん・・・と。・・・ここで一緒に寝てもらってもいいかな。菜子ちゃんには僕から説明しとくから、後で二人分の布団の場所を菜子ちゃんに教えてもらって、運んで来なさいね」
優しい口調ながら、有無を言わせずアキラ達の所在をここに決める二谷に、アキラは二の句が継げず、戸惑いをその表情に浮かべ、二谷を見た。
巻き込んでしまった事を詫びようと、その瞬間を姿勢を正して待っていたは、肩透かしを喰らったようにカクンと気負いを外されてしまった。
二谷は、そんな面々を見て、包みこむような笑顔を満面に浮かべ、言った。
「僕は君達が好きだから、成った事に不満も不安も無いよ。心配しなくて大丈夫だから、ね」
皆は揃って声を失い、二谷を見た。二谷は再度、深く微笑んだ。

一時ののち、アキラが無言で深く頭を下げ、二谷のその思慮深さと、包容力に感謝の意を示した。
慌てて、もそれに倣った。
「ちょ、ちょっとやめてよ、恥ずかしいからそういうの。さあ、アキラくん、包帯代えよう」
二谷が頬を赤くして、慌てて顔の前でぶんぶんと手を振ると、鞄の中から新しい包帯と傷薬を取り出し、アキラの方に手を伸ばす。アキラが素直に手を差し出して、二谷が包帯を外し始めた。
一拍の静寂に、が呟くように言葉を添えた。
「ありがとう・・・先生・・・。本当に、・・・すまない」
二谷は、少し照れたような表情で、うんうんと小刻みに頷いた。






アキラとが宿を引き上げ、二谷の診療所に腰を落ち着けた頃には、時刻は既に夕飯時に近くなっていた。
夕食の支度を手伝う、と、は、昼食の片付けをする際に菜子に申し出ていたので、その日の夕食はの作った料理が並んだ。
食卓に並んだ料理が思うよりも美味で、皆口を揃えて美味い美味いと舌鼓を打った。
は終始照れ笑いを浮かべていた。


「ふぅ・・」
火照った体から湿り気をゆったりと吐き出すと、は夜空を見上げ、星の瞬きを見つめた。
風呂上がりに、雫の滴る髪をそのままに、寝室にすぐには戻らず、少し離れた廊下の縁側でしゃがみ込んでいた。
次々と変化する、自分を取り巻く日常。
その変化は、一人で彷徨っていた5年間とは、比べ者にならぬ程の暖かさと豊かさを、の心にもたらしていた。
が見付けてくれたから。
アキラに助けてもらえたから。
二人に出会え、そして今が在る事が、はこの上ない幸運だと心から感じていた。
少しの、ほたるに対する違和感とぎこちなさを除けば。

は、今はほたると名乗る、昔はケイコクだった男に、一抹の居心地の悪さを残していた。
飄々と何を考えているか分からぬほたるの振る舞いが、昔が自分に聞かせてくれた『ケイコク』の風貌と、一人の人間として表裏一体、実の所何も変わらないのではないかという不安を抱かせていたのだ。
にこやかに微笑う事がない。
茫洋としてとらえどころがない。

は、確実にほたるに対し、図らずも甘い想いを抱き始めている。
にとって、果たしてそれでいいのだろうか。
『ほたる』は、これからのを泣かせたりせず、幸せにしてくれるのだろうか         

自分はほどに頭も良くは無いし、勘も決して良い方ではない。
自分が、ただでさえ掴み所の無いほたるという人の事を、どんなに考えたとて、何の答えも得られないのは分かっている。だから、沢山話しかけて、沢山接触しないと、端で見ているだけでは決して『ほたる』の事を理解する事は、自分には出来ないだろう。
だが。

「・・・・無理。昨日あんな事しようとしちゃったのに、そんな昨日の今日で、おんなじ部屋に寝るなんて、・・・どうしたらいいか分かんないよ・・・何喋ったらいいの・・」
は濡れた頭を抱え、ほとほと困った様に呟いた。

ほたるはに対し、特に何を意識する事もなく普通に接していた。
しかし、ほたるの普通は、一般的な普通とは異なる。そっけなく見える時もあれば、言われている側には突き放されているように感じる、気遣いの感じられない言動も再々あるのだ。
はただでさえほたるに対し、『殺そうとした』という負い目がある。誤解からとはいえ、それはつい昨日の出来事であって、差し違える覚悟で握りしめた短刀の柄の感触は、未だ生々しくの手の平に残っていた。

「・・・・・はぁ・・・・」
は再度、抱えた手を放し、頭を空の方に向け、そこに瞬く星を見つめた。



「・・・なんで部屋戻んないの?」
「わ!びっ・びっくりした・・!いつから・・」
昼間、ほたるが帰宅した時と同様、今度もまったく、近付いてくる気配に気付かなかった事に激しく動揺し、は驚きの声を上げた。
そんなに対し、ほたるはしれっと現状の報告をする。
「今。さっき敷き布団運んで、今掛け布団運んでるとこ」
言われ、が慌てて立ち上がり、ほたるの両手に抱えられている二組の掛け布団に手を伸ばした。
「て、手伝いますっ」
「ます、いらない。そんな話し方アキラだけでいいよ」
「・・・・・・・・わ、・・かった。・・ひとつ持つから」
「うん」
はい、と、ほたるは素直に、が布団を一組受け取り易いように、抱えていた位置を低くした。は微妙な表情で手を伸ばし、布団を一組前に抱えると、ほたるに背を向けて歩き出した。
と、すぐに、背からほたるに呼びかけられる。
って呼んでい?さん、とか、ちゃん、とか、付けて欲しい?」
「・・・別に、呼び捨てで構わない・・けど・・」
ほたるに背を向け、歩く速度もそのままに、はぎこちなく応えた。
ほたるは、いつもの抑揚の無い響きで続ける。
「ご飯ホントに美味しかったよ。アキラはいいね。・・・はご飯作るのどうなんだろ」
「・・・美味しいよ。私、何度も作ってもらったもん」
他愛ない内容の返事を返したとは思った。が、ほたるからの返事がない。
沈黙を不審に思い、立ち止まって振り向くと、ほたるが少し後ろで立ち止まり、ぼんやりとした視線を自分に向けていた。が伺うように問い掛ける。
「・・・・どうしたの?」
「オレ、まだの事、あんまり知らないんだって思って。・・・のご飯、早く食べてみたい」

何の含みもない。
言葉通りの、子供のような。


「・・・・そっか」
「なに?」
「今、私の方が、あなたよりの事知ってるんだ。・・・そっか。・・・なんか、優越感」
がそう言いつつ、にこぉ、と、満面の笑みでほたるを見た。

ほたるが、のその笑顔の豊かさに、少し驚いて、軽く目を見張った。
そして、その一瞬後に、が気付かぬくらいほんの少し、口の端で笑い、すぐに、むぅ、と、拗ねた子供のような表情を作った。
そして、やおらに近付くと、両手で胸に抱えていた布団を片手で支え、もう片方の手で、やはりこちらも両手で布団を抱えている為、隙だらけになっているの脇を、つんつん、と軽くつついた。
「・・・・・・・・・・・・・・・なんかムカつく。えい」
「やっ!くすぐった・・キャハハハ!つっ・・つつかないでよっ!布団落としちゃうっ」
「えい、えい」
「やあっはははぁっ・・キャーハハハッ!」
いきなりのほたるの攻撃に、は身を捩って笑いながら逃げまどう。と、廊下の端から凍るような殺気が、すごい勢いで近付いて来た。
「あ」
「え?アキ・・」
「ほ                     !!!!」
アキラが、ものすごい勢いで二人に駆け寄ると、バシィッ!!と、激しい音を立ててほたるの頭をはたいた。
先程、厠から戻りしなに会話を交わす二人に出くわし、そのまま心配で廊下の端から聞き耳を立てていたのだ。
がほたるに対し、少々のぎこちなさを感じているのは、アキラにはとうに分かっていた。だからこそ、自分は姿を見せず、廊下の端で待ったのだ。
が、これを機に、ほたるが腹に一物も無い、見たそのままの男なのだという事を少しでも理解してくれればと。
なのに。

         なんで私のをつついてるんですかこの男はっ!!
アキラは一発では怒りが収まらず、もう一発殴ろうと手を振り上げた。と、すぐさまほたるが頭上に片腕を掲げ、応戦の体勢を取る。
「痛いからヤメテ」
に何をするんですかっ!このヘンタイッ!!」
「なにって・・・もっとえっちなこといっぱいしてるくせに・・・」
ほたるが眉を寄せてアキラを睨んだ。途端、言われた事柄にアキラの怒鳴り声が裏返る。
「えっ・えっちってなんですか私はいいんですよ私はっ!!」
「じゃあアキラに」
言うが早いか、ほたるが掛け布団ごとアキラにのし掛かり、バターンッと派手な音をたて廊下に倒れ込んだ。
「痛っ!急に何をっ・・・・?!」
ほたると布団の下敷きになり、抗議の声を上げるアキラをそのままに、ほたるは被せた布団ごとアキラの両手を抑えつけつつ、アキラの脇に手を伸ばしコチョコチョとくすぐった。
「えっ?!ちょっ何を?!コッコラ!!ほたる!!?アッ・アハハやめっ・・ほたるっ!!このっ・・いい加減にしろよっ?!!」
「愛情確認だもん」
「ナニがっ・・こっ・このぉっ!!」
しれっと言いつつくすぐるのをやめないほたるに、アキラがとうとうぷつんと切れた。その場でどっすんばったんと激しい騒音を響かせ、掛け布団ごとくんずほぐれつの取っ組み合いを始めてしまった。
が騒ぎを聞きつけ障子戸を開けて、不思議そうに顔を覗かせる。廊下の先で暴れる男二人を見て、その傍らに肩を揺らして笑っているを見付け、声をかけた。
「・・・・何をやってるんだ??」
「・・・・・・・愛情確認だって」
実に楽しそうな笑顔で、そう自分に言うに、はただ眉を寄せ、小首を傾げて不思議そうに見つめた。
は、そんなにもう一度微笑み返すと、ようやっと解れた苦い欠片を、ふう、と、柔らかく穏やかに吐き出した。










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水珠