That Day





ガサガサと葉の擦れ合う音と共に、近付いてくるの気配に、繁った草を体重で潰し、横になっていたほたるが気付く。
焚き火から外れ、藪の中を少し降りた所に、そう広くは無いが、木々の間に隙間が出来ている場所があった。当然、背の高い草がその隙間を覆う様に繁っていたが、ほたるは構わず乱暴に横になったようで、上から近付いてくるにはほたるの姿が確認出来るが、もし下から来ていたならその姿は草木に紛れて見えないに違いない。降り積もった真っ新な雪の平原の上に自分の後だけ残すような、たとえて言うならばそのような状態で、背の高い草をなぎ倒し、ほたるはそこに居た。

ほたるの頭上側から、が近付いてくるのが分かる。
一歩。また一歩。
腕枕で仰向けになったまま、顔を少し、そちらに向けた。
の姿はまだ見えない。呟くように問い掛ける。

「・・・・・・なに?」

からの返事はない。ほたるの問い掛けに一瞬だけ、身を怯ませた気配。だがまたすぐに、一歩踏み出す。
ほたるに向かって。


が何も言わないのは、きっと、を置いてここに来たオレが怒ってると思ってるからだ、と、ほたるは思った。
戻る気は無いが、気にしてここに来たのならば、誤解は解いておこうと思い、出来るだけ静かに・・・とほたるが考えていても結局、紡がれる声の響きはいつもの彼の口調なのだが。彼特有の、抑揚の無い話し方で、眼前に広がる星空を見つめたままで、近付くに話しかけた。
「・・・・・・・別にオレ、怒ってる訳じゃないから。・・・結構、我慢の限界に来てるから、寝息の聞こえるような近くで寝たくないだ・け・・・・・・・・?」
最後まで話し終わる前に、がほたるの、腕枕をしている脇の辺りにまで歩み寄った。
星をその背中に飾り、真上から自分を見つめる。          と、そのまま傍らに寄り添うように音も無く座り込み、今度は先程より更に近くから、ほたるの顔を見つめた。
そのままゆっくりと、その瞳に浮かぶ想いが届くほどの距離まで近付く。
の息が柔らかく撫でるように、ほたるの頬に届いた。
ほたるの腕が、そうと思わずピクリ、と撥ねる。


「・・・・・・・・・?」

「・・・・好き・だ・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・好き・・だ。ほたる・・」


         見つめ合う。
喉元から音に変え、言の葉に乗せる苦しさに、想いを告げるの瞳は今にも、声を上げて泣き出しそうに歪んでいた。
ほたるは、無表情のままに、それを受け止めた。

やがて、ほたるがゆっくりと手を伸ばし、の頬に触れ、指の腹でゆるりと撫でる。
がその感触に、切なげに目を閉じると、その拍子に、はら、はらりと、ほたるの頬に雫がこぼれ落ちる。
雫は次々とほたるの頬に当たり、小さく弾けた。
ほたるの頬を、の涙がゆるりと伝い、その耳の下へと弧を描き、幾筋も流れた。

は自分の涙の行き先にも気付かず、ただ、ほたるの目を見つめ続けた。


「・・・オレは・・何にも考えてない・・」
「・・・・・・・・?」
「・・・の事以外・・・なんにも・・・だから、がそれに気付いてくれたら、オレはすごい嬉しいんだ・・」


「だって、信じるってそういう事でしょ」






自分が歩むと同じ時間の長さを、みな同じだけ生きている。
重ねる時間の密度はそれぞれ激しく違うように思えても、その実を得るかどうかは各々の心が決める事。

人の心の中なんて、見えなくて当たり前で。
それでも、お互いに自分を委ね、その懐の中で穏やかに瞳を閉じる夜は、築く事が出来る。
手順は、ただ心を開く事。
晒け出したものを受け止めて、ただ同じ時間を共有する。




は、思った。
谷を無くし、全てを失い、独りになって。

再び人肌の温もりを、その愛しさを、
与えてくれたのが、例え、自分から何もかもを奪ったその人であっても。



         見つめ合う。
やがて、消え入りそうに小さな声で、が呟いた。

「・・・・口付けても・・いい・か・・?」

ほたるは驚いて、少しだけ目を見開いた。
だが、すぐにまたいつもの、無表情に戻す。
それでも、交わす視線の先に、瞳のその奥にずっと、煌めき燃え立つ炎がある事に、は気付いていた。
今は、激しく炙るのではなく、ただ、自分を包み込む為だけの、優しい炎。

ほたるは、受け止めてくれる。
戸惑いも、切なさも。
愛おしいと想う、この気持ちも。
そう、信じる事が、出来る。


から、来てよ・・・・」

待った。今までの自分からは想像も付かないくらいの長い時間、待ち続けた。
だから、欲しい。
この時だからこそ、から、求められたい。
ほたるは、少しだけ駄々っ子のような顔を作り、眉を寄せ、を見た。
の切なげに歪んでいた瞳が、その拍子に柔らかく綻ぶ。
「意地悪・・・・・」
小さく、だが微笑うような口元でそう呟いたに、何事か言い返そうとしたほたるの唇が、ゆっくりとの唇で塞がれる。
目を閉じたのは、どちらが先だったか               












「・・・・久しぶり。と一緒に寝るの」

山中の朝方は思うより冷え込む事を予想して、やはり焚き火の傍らで眠る事にした二人は、まずが、菜子の持たせてくれた薄い綿の上掛けを、荷を解き取り出した。ほたるは、と、ふと振り向くと、ほたるの着替え用の上衣・・これは、『戦いで燃えて無くなっちゃったらさんが困るでしょ!』と、菜子が上下ひと揃い繕い、持たせてくれた物なのだが、それを取り出し広げて、即席の寝床にしていた。
「それは、駄目だ。折角菜子さんが繕ってくれたのに」
「平気だよ。菜子ちゃんがそうしろって言ってたんだし」
「そうなのか?」
「うん。少し厚い布で作ってくれたんだって。別々で持つのは荷物になるけど、ひとつになってるから平気でしょって。の事考えたらあった方がいいって思ったって」
「そうか・・・・」
改めて、彼女の洞察力の深さと、暖かい気遣いに、は心から感謝して、頷いた。


二人が座を外した事で消えかかっていた焚き火の勢いを、激しくする為に多めに薪を足して、が炎を背に、ほたるが、火の様子をいつでも確認出来るようその正面に横になった。
てっきり、二谷の診療所でいつもそうやって眠っていたように、ほたるの胸に抱えられて眠るのだと思っていたは、ほたるが自分から体を少し離し、密着しないようにした事に、不思議に思い、しかし無言でほたるの顔を見た。
ほたるは、と向かいあっても、視線を上げるだけで焚き火の確認が出来るよう、の頭ひとつ分、上に体をずらしていた。自分の胸元にあるの顔が自分に向いた事にすぐに気付き、俯いての方を見た。
が何を言いたいのか、ほたるにはすぐ分かった。
何故なら、ほたるの方がずっと、の何倍も、その事を意識していたから。
「・・疲れてるんだから、無理はさせないから。気負わなくていいよ」
「ほたる・・・」
「今日は寝よう」
「・・・・・」
「絶対、すんごい激しくしちゃう自信あるから、オレ。疲れてる時にそんなの、受け止めさせられないし」
いつになく饒舌なほたるの顔を、が伺うようにじっと、見つめている。
腹の奥で猛る情欲を抑えるのに必死なのか、それとも、久しぶりに、愛しい人の温もりを感じつつ眠りの国に行ける事に子供のようにはしゃいでいるのか。
ほたるはまるで、逸る気持ちを落ち着かせる呪文のように、に話し続けた。
「女に嫌われたくないって、思ったの、が初めて。本当は煩わしいの嫌いだし、そういうのめんどくさい。だけど、の事は違うから。・・・だから、が大丈夫まで、オレ、待つから・・・・・・・」
ほたるにとって今こそが至福の時だとでも伝えるように、柔らかく微笑み、を見つめた。

ほたるは多分、の体調の事もそうだが、暗に、秘部に残る傷痕の事も言っているのだろう。
ひどい仕打ちを幼い体に受け、心身共に一生消えない傷を、成長した今もその身に抱える事を。
今やっと、心から自分を受け入れてくれたのに、その体まで焦って無理に開く事などしたくない。自然と訪れるだろうその時を待てばいいのだ、と。


診療所に居た時は、嫌だって言っても触って来たくせに。
は小さく、心でごちた。
要らない時に強引で、欲しい時に、身を引くなんて。
気遣うばかり、なんて、慣れない事をするから、みろ。噛み合わないじゃないか。

触れ合いたい。
ほたる、         欲しい。



ぎゅ、と、唇を引き結んでから、一度ゆるりと解き、はあ、と、息を吐く。
指の先が震えているのが我ながら滑稽で、その事を冷静に捉えている自分の頭の奥が、痺れる体に憎らしかった。
自分の体をゆっくりとほたるに寄せ、互いの体を密着させる。
静かに寄り添うに向かい、ほたるが軽く目を見開いて、少しの動揺を露わにした。
「・・・・・           なに?なんで?」
「・・・・・・・・・・・・」
問い掛けるほたるの鼓動が、早くなったのが理解った。
反った体をもう少し伸ばして、ほたるの顎を唇で掠めた。少しだけ、ほたるの呼吸がふわりと瞼に届く。


喉の奥が熱くて、痛い。
でも今度は、その痛みの訳に、気付いている。
楽になれる方法を知っている。

迫り上がってくる興奮を飲み込めない。
閉じていた唇を、うっすらと開き、その少しの隙間で、伝えようとする。
声にならない声で。




ほたる。






作り物の人形のように、ほたるの指がぎこちなく軋んだ。
の方に伸ばすまいと、自分を制御していた為に強張っていた体が、の行為でその戒めを解かれ、ゆっくりとの体を覆う。
優しく抱きしめるつもりが、思うよりも腕に力が籠もり、かなり激しく自分に引き寄せてしまった。
の髪がその勢いに乱れ、方々に散った。そのすぐ後に、口付ける為に伸ばしたほたるの手に掬われ、その根本をくしゃりと更に乱され。
もう止めようも無いとばかりにの口腔を侵すほたるの舌に、与えられる苦しさからか、の指がほたるの背中の上衣を縋った。
二人から、行為のその始まりへ、否とも応とも発せられる言葉は無かった。
一時も口付けを解くのは嫌だとばかりに、舌を絡めたままの腰に手を伸ばし、その帯を解いた。触れ合うのに邪魔にならない場所へ軽く放るのが精一杯で、眼前に剥き出しになるの素肌に、激しく煽られ、興奮した。
裸になる余裕もなく、二人とも上衣を羽織ったままで、互いの体温にのぼせた。



          まともに頭が働かない。
今まで、数にするのも煩わしい程に、色々な女性と沢山交わって来たのに、満たされる為に辿り着くまでの手順が全く分からなくなる。
その女が何処がイイのか、冷静に考えつつ抱くなんて、どうして今まで出来てたんだろう。
の胸を余すところなく喰らうように味わいながら、が少しでもイイように、自分に溺れてくれるように、と、意識すればするほどに頭の中が真っ白になる自分に、ほたるは驚いた。
キツかったら言って、と、熱に侵されて浮いた声で小さく気遣うのが精一杯で。
どうしても貪るように、抱いてしまう。

「・・っあ!・・っ・・・ほ・たる・・っ!・・」

自分を芯から気遣ってくれたほたるを、少しでも躊躇させないよう、ほたるの舌がの胸から下腹を伝い、そこへ届いた時も、は唇を噛んで、堪えた。
嫌なんじゃない。恥ずかしい。その事を伝えたくて、名前だけを甘い吐息に乗せた。
だが、否定的な揶揄は使うまい、などと、気を使っていられたのはそこまでで、ほたるの指が差し込まれ、滑らかに蠢き始めた時には、もう一欠片のゆとりも残らなかった。
ほたるがの傷付いたそこに、余す事無く舌を這わせ、蜜の匂いに酔いしれる。
舌で吸い、転がし、指と共にその中心を解きほぐす。
激しく翻弄されているのは、ほたるも同じで、包まれる温もりへと止まらない疼きに、もう限界だと喘いでいた。

「はぁっ!あっ、・・もぅっ・・やっ・ほた・・る・・っ!もっ・・あぁっ・・」
「・・・・・・・・はぁ・・挿れて・・い?」
奥からの収縮と、の声が高く激しくなり始めた事に、その時が近い事を感じ取り、ほたるはそこから顔を上げ、の顔を見た。ぎゅっと瞼を閉じて、その端に涙を滲ませている。
「はっ・・ん・・・・ん、ンん・・・っ・・」
自分の体の奥から迫り来る何かに圧され、頷くのが精一杯とでもいうように、頭を少し上下に振った。
指をゆるりと引き抜くと、その指の腹で、与えられた愛撫の為に仄かに色付いている波立った傷痕を優しく撫でた。
が、固く閉じていた瞼を少し、開けた。
          ほたるが、真っ直ぐにの瞳を見つめている。
鼓動がの胸の奥を激しく打ちつけた。


ほたるの瞳の中で、踊る炎と共に映るのは、熱に煽られ、眉を寄せた自分。
紅い頬をして、・・・それでも、気持ちを伝えるように、緩く微笑んだ。

ほたるが、の微笑みを迎えて、自分も微笑みを返す。
ここに来て殊の外穏やかに、いっそふてぶてしいほどの深い、笑み。
ほたるのその艶めかしいまでの男臭い表情に一瞬魅入られ、ぞくり、と、腰から背中に震えた。立ち昇る情欲を堪えきれずに、切なげに眉を顰める。
すぐに、ほたるの中心が、そこに添えられたのが分かった。
軽く触れただけでとても熱く、激しく猛っているのが伝わる。早く、と、固くその意図を主張している。

「・・ふ・・・っ・・・・」
自分を隙間無く包み込むその部分に意識の全てを奪われて、思わず漏れた吐息の狭間で、の名を刹那に呼んだ。
大丈夫?、と、問うつもりだった。
なのに、息付く間も無く意識の全てを感覚に支配されてしまった。

ほたるに組み敷かれ、侵入されて、貫かれた楔の余りの熱さ故に、手放しそうになる意識の欠片を必死でたぐり寄せるように、ほたるの乱れた上衣に縋るの手が、その肉に爪を立てる。
悲鳴にも似た鳴き声を夜空に放ち、反り返ったの体を、決して逃がすまいとほたるは両手でたぐり寄せた。
律動はどんどんその激しさを増していく。





あの晩、月を背に、自分の頭上を舞い上がった、の体。
均整の取れた肢体が自分の眼前でしなやかに回転し、その黒髪が星を遮り、豊かに波打ち、翻った。
今、自分がの体を絶え間なく揺らす事で、その漆黒の髪に、あの時と同じ波間を作り出している。
ほたるはたまらず、の髪を手の平に掬い上げ、愛おしげに口付けた。










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