That Day








「ん・・・・」

徐々に覚醒していく意識。
腕を動かそうとして気付く。自分が今居る場所。そして、

「・・・・もうちょっと寝てていいよ」

そう言ったほたる自身も、まだ眠たそうに目を瞬かせている。ほたるの左手が軽くの肩を撫でた。温かい手の平に、が心地よさそうに目を細め、ゆっくりと瞼を閉じる。




山中で迎える朝の気温は、木々の発する清浄な空気からか夏とはいえ少し肌寒く、しかし傍らの人の体温と、それを素肌で受け止める幸福感は、二人にとって肌寒さを補うには充分な暖かさだった。
昨夜は裸になる余裕もなく、二人とも上衣を羽織ったままだったので、互いの背こそその布で覆われていたが、帯を締めていない為、背中以外は二人とも丸裸に等しかった。
ほたるに抱え込まれ、にしがみつかれて密着している二人の胸元が、規則正しく波打つたびに出来る少しの隙間が許せない、とばかりに、互いに互いを引き寄せる。
乞うて焦がれてたまらないのだ、と、その情感を体の全てで伝えようとするかの様なこの行為は、ぼんやりとたゆたう夢うつつの波間に、無意識のままで何度も何度も繰り返し、行われた。


ふと、ほたるが少しだけ腰を引いた。
「・・・ん・・ほたる・・・?」
         傷が見たい。オレが縫った、痕」

請われた事にが再度うっすらと目を開け、ほたるの顔を見た。正面から捉えたほたるの視線はいつものように無表情だ。だがはそこから少しの翳りを感じ取った。それを不思議に思いつつ、ゆっくりと上体を離し、その場に仰向けに寝ころんだ。
ほたるが半身をずらし、顔をの腹部に寄せる。
抜糸したあとの傷をじっと見つめて、少し軋んだ皮膚を指の腹でゆっくりと伝い、柔らかく撫でた。
「今更だけど・・・・裁縫習っとけば良かった」
「プッ・・お前、それは安直だろう。・・・・私は気にしていない。お前が不器用ながらにも、縫って応急処置をしてくれたおかげで、今、生きてここにいられるのだから」
は、今言われた事に、そうか、と、ほたるの瞳の翳りの理由を察して、柔らかく微笑って応えた。だが、ほたるはなおも口惜しそうに、少し眉を寄せ、ゆうるりと傷痕を撫でる。
「・・・・・・ちょっと引きつってる」
「痛くないから。大丈夫だ・・・・・!ッ・・」
つと、ほたるが傷痕に口を寄せ、舌を出した。ぴちゃり、という軽い水音と共に与えられる湿った感触に、の肩がびくり、と震えた。
零れそうになる吐息を、口元を引き結び抑えるに構わず、ほたるは愛しげにその傷痕を舐め続けた。
傷を治癒させる為にただひたすらにそこを清める           本能からの手段しか知らぬ獣のように、繰り返し、繰り返し。




「好き」

「え・・?」
・・・好き」
「・・・・・・・」
絶えず舌を動かしつつ、ほたるがその少しの合間でに向かい、静かに呟いた。

言われた言葉の真意をとうに肌で気付いていても、直接的に音として耳に届くのは初めてて、は少し頭を起こし、目を瞠ってほたるを見つめた。
その合間にも繰り返される傷への愛撫と、切ない告白。

の事が、好き・・オレ、どうしよう、こんなに・・・」
「ほたる・・」

「好き・・・・・・・オレを見て・・オレだけを、見てて・・オレの側にいて・・」


ほたるの告白は強い熱を持ち、途切れる事無く次々と綴られ、紡がれた。
ほたるはへの想いを声にして発する事に、一切の躊躇も感じてはいなかった。への恋情が、ただもう溢れて止まらなかった。
想いの全てが、ただただ真っ直ぐに、の心へと止めどなく晒け出されていった。

「・・・・・・初めて言った」
が呻くように呟いた。言われた事に今度はほたるが驚き、顔を上げてを見る。
「え?うそ。そんな事無いよ」
「いや、初めてだ。今みたいに言ってくれたのは、・・」
言葉が詰まる。零れそうな嗚咽に思わず口元を手で覆った。ほたるから視線を逸らし、顔を伏せて、手元で縒れて皺になっているほたるの上衣を見た。だがそれも、すぐにぼやけて見えなくなってしまった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・泣いてんの?・・・・・」
ぽたり、と手元に落ちる雫を見つめて、は少しだけ頷いた。
どうしようもないほどに嬉しくて、と、伝えたいのに言葉に出来ない。ほたるから届く言葉があまりにも真っ直ぐで、熱くて、嬉しくて、切なかった。
ふと、ほたるがの顔を抱え込むように抱きしめる。反動で頬や首筋にの涙が弾け、伝った。
どんなに好きだと言い募っても、今抱えている人への想いはその欠片ほどにも語れていないように感じ、ほたるも堪えようもなく切なくなってきて、を抱きしめる腕に力を込める。
「オレも泣きそう・・どうしよう・・」
「ほたる・・」
と全部くっついてしまえたらいいのに。血も肉も、心も、この温もりも、全部オレと同化しちゃえばいい。二人に別れてなくて、一人になれたら、・・・きっと、こんな苦しくない」
「ほたる・・・・ほたる・・・・・・・・」




抱え込んで、強く、強く、腕に力を込めて、抱きしめる。
今腕の中にある愛しい温もりに、想いの限り、ただ、縋った。



















「紅の王ッ!いい加減にして下さい!!」

傍らに佇む紅の王に向かい、辰伶が顔を真っ赤にして大声で怒鳴った。
が、紅の王はにやにやと頬を綻ばせ微笑むだけで、状況は一向に変化する様子が無い。傍らにいた部下達はみな、紅の王がここ      執政室を訪ねて来たその時に、何か内密の話があるのかと察し、恭しく敬意を払い即座に退室していた。

壬生の空は夏の盛りを迎えようと上機嫌な晴天で、窓際に繁る緑の葉から届く陽の照り返しが、キラキラと目に痛いほど輝いていた。


今日、紅の王が執政室を訪ねた事に、実は大した意味合いは無く、そして特に辰伶に用事があった訳でも、無い。
ただ、ここ数日は特別に来客予定も無く、暇だった。昼食後のひと時、るるもお昼寝をしてしまい、一人、城下に気を飛ばし色々眺めていたら、洗濯場の木陰で逢い引きをしている若い世話係と門番が居た。仕事の合間の秘密の逢瀬に、二人共が頬をほんのり赤く染めてふわりと微笑んでいる。
そんな光景を目にして、そういえば、と思い至った。あと半月ほどで婚約の日を迎えると、ここ数日上機嫌に足元が浮ついている辰伶の事を、である。
からかえば、思うその倍ほどに激しい反応を返してくれる辰伶の事         目的は冷やかし半分、そして、喜び事に浮ついて業務を疎かにしかねない事を叱責半分で、暇つぶしにつつきに来たのだ。
人が悪い、といえばまったくその通りだったが、親愛の情あってこその行為である。多少の事には目を瞑って、甘んじて受けて頂きたいものだ、と、紅の王はふくふくと肥えた笑いを浮かべつつ、辰伶の元を訪ねた。
そうして今紅の王は、その笑いを口元にたっぷりと浮かべたまま、額に青筋を立てている以外は恥ずかしさと怒りに真っ赤に染まった辰伶をしっとりまったりと見つめている、という訳である。


「別に悪気がある訳じゃあないのに、そんなに怒らなくたって。ホラ、窓の向こうで罪のない小鳥達が驚いて飛んでいってしまったじゃないか。野蛮だねえ」
「やば・・・・野蛮だなんて言われる筋合いはありませんよ!だっ、大体、心を読んで閨での事まであれこれつつくのはやめて下さいといつも言っているではありませんか!!暇だからってオレをオモチャにしないで下さい!こっちの業務に差し支えますので!」
「私は辰伶の業務が既に差し支えてる様子だから、釘を差しに寄ったまでで、オモチャにしようなんてそんな微塵にも考えてないよ?」
「そっ・・え?」
「昨日業務時間中にのところに忍んでいって、そのまま重要書類をのとこに忘れて来ちゃったでしょう?」
「うっ」
「届けに来たに怒られる事がまた嬉しくて、その場で不埒な事をしようとして、叩かれて、」
「ぐっ」
「で、叩かれたせいで記憶が零れたのか、官僚方との定例の食事会の期日を間違えて」
「!いや、あ、あれは王が期日を変更してっ」
「で、それを聞いた事を忘れちゃったんだよね」
「・・・・・・・・・・・!!・・も、申し訳ありません・・・・ッ」
「ハイ。分かればよろしい」
「くぅ・・・・ッ」


紅の王はいつもいつでも辰伶の心を読み、こういった戯れをする訳ではない。
この能力が時にひどい暴力であるという事をきちんと理解しているから、立場を利用して圧するのは言語道断だと、普段からきちんと気付いている。
だが、それはそれ、これはこれ、だ。紅の王とて辰伶が憎くてする訳ではない。むしろこの実直極まりない友人が可愛くて可愛くて仕方が無いから、たまに上司と部下という立場を越えて、友人として垣根無く相手をして欲しいだけなのである。
という事で。
たまに気が向いた時に辰伶の心を読むのは紅の王の個人的な楽しみでもあるという事はまあ、差し置いて。

紅の王は今し方のやりとりに、してやったりと、これ以上無い満面の笑みで、にぃっこりと微笑み、懺悔と屈辱との狭間で歯を食いしばる辰伶を見ていたが、ふいに窓の方を見やり、大げさに吐息を吐いた。
「まあ・・・嬉しくて楽しくて仕方無いのは分かるんだけどね。婚約の日を迎えたらそれを官僚方に公言出来るし、そこから下々にも広がればやっと、上から下から並みいるへの求婚者を排除出来るしね。そうしてそのひと月後には新婚さんになる訳だし。二人が本当に幸せそうで、私も心から嬉しいよ」
「・・・紅の王・・」
「・・・ああ、部屋はちゃんとの個室も作ってあげないとダメだよ。布団もちゃんと別々にね。ケンカした時困るでしょ?が、だけど」
「だっ・・から!そうやってオレの願望を盗み見るのを止めて頂きたいんです!!」
「だってそんな大きい布団、は絶対喜ばないと思うんだけど」
「紅の王ッ!!」
辰伶の怒号にビリビリビリと窓が鳴った。真っ赤な顔で肩を怒らす辰伶とは対照的に、紅の王はくすくすくすと含み笑いを零し、実に楽しそうだ。持ち上げて落とす、辰伶をからかうにはこの王道とも言える手順が不可欠で、紅の王は絶対そのツボを外さなかった。故に、辰伶は本日も、今までのそういった時と変わらず、完全にオモチャにされてしまっている。

           と、紅の王の気配が変わった。何かを探っているように、呼吸が静かに変化する。
だが、その紅の王の変化を不審に思い、辰伶が身構える間に、紅の王の頬がふわりと綻んだ。
「・・・・・おやおや、里帰りかな?私は座を外そう。謁見室で待っているよ。久方ぶりなのに君と戯れてる姿など見せたら、彼に呆れられそうだからね。君が」
「は?あの・・」
唐突な変化に上手く対応出来ず、思わず問い返すと、つと辰伶の机の上を指差し、続けた。
「ああ、そこの書類は重要だから、引き出しの中に片付けておいた方がいいよ。彼等がここに辿り着くまでに出来るからちゃんとしておくように」
言われている事柄に訳が分からず戸惑う辰伶に向かって、紅の王は柔らかくひとつ、フフッと笑うと、じゃあまた後でね、と手を振り、扉を開け、するりと出て行ってしまった。
「なん・・・紅の王?一体・・・」
いきなりの事に戸惑い、紅の王に向かい、引き留める為に挙げかけた手が、やがてゆっくりと下ろされた。

言っていた事の意味はよく分からなかったが、来客はオレに、なのだろうか?・・・里帰り?
紅の王に視えるモノが辰伶には見えない。実は今回のような事はままある事で、急を要する内容ならいつも、自分の元を去る時きちんと一言残していってくれる。先程のは政治的な内容の来客でもない口振りだったので、辰伶はその場で腕を組み心当たりを考えた。
『里帰り』で思い当たる人物は稀少だ。そのうちの一人に、婚約後、連絡を取りたいと考えていた。だがソイツ・・・ケイコクは、今現在何処でなにをしているかの見当も付かないのだ。気の向くままあちらこちらとフラフラうろついているに違いない。根っからの根無し草なのだから。
それに先程、紅の王は『彼等』と、複数人を指す表現をしていた。ケイコクが途中で誰ぞと鉢合わせ、行動を共にしたとしても、行き先を壬生に定める理由が浮かばない。わざわざ自分に会いに来るなどという殊勝な行動を取るとも思えない。
ケイコク以外の誰か・・・?里帰り、という事、は・・狂か?いや、ヤツが今戻る理由ももっと浮かばん。
          門に向かった方がいいだろうか。だが、・・・書類を片しておけと言っていたな。

色々不審に思いつつも、言われた事に素直に従い、自分の机に広げていた書類の束を整理し、引き出しにしまった。と、トントン、と、扉をノックする音が響く。
「どうした、・・・・・・・・?」
何用か、と、扉の向こうに気を飛ばしたその一瞬で、辰伶は先程想いを馳せていた人物・・・ ケイコクの気配を感じ取った。だが、今ここにケイコクが訪ねて来るともどうしても思えず、いやしかし、と、現実に感じるその気配に少し戸惑った。
と、扉の向こうから、部下の声が届く。
「・・あの、ケイコク様が辰伶様を訪ねて来られているのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
やはりケイコクなのか?!と、辰伶は、ほたるの唐突な来訪に驚きつつも、久々に会える事の嬉しさに、ほたるには絶対に見せない異母弟への親愛の情を一瞬だけ瞳に浮かべた。が、ほたるに少しでもそんな事を気付かせるのは、非常に癪に障る事だとばかりに、すぐに殊更に厳しく表情を律した。
部下の声が少し遠慮がちなのは未だ紅の王がこの部屋に居るのではと気遣っての事だろう。辰伶は声を低めに整え、扉の向こうに応えた。
「・・・ああ。構わん。入れ」
表では咳払いをし、裏では久方ぶりに逢うほたるの相貌を懐かしく思い起こし・・・同時にふと、壬生の再建に尽くした日々の様々なことが辰伶の脳裏を過ぎった。

ほたるが壬生の地を後にしてから、自分は執政役として大変な努力をし、壬生の城下町を整え、民にとってより住み易いものへと変化させていた。
今日のこの日の壬生は、もちろん携わったもの全ての努力によるものだ。しかし、自分も生半可な労力ではなかった。自分は、陣頭指揮を執っていたのだから。
今日、この部屋に来るまでに、ケイコクは城下の街道を通って、その様子を目にして来ている事だろう。

         と、急に己への自負がめきめきと湧いてきた。
どうだケイコク!今日こそはこの兄の力量を凄いものと認めざるを得ないだろう?!
誇らしさで胸を一杯に反り返らせて、ふんぞり返って扉が開くのを待った。
と。



ゴオォッ!!

途端、もの凄い炎の固まりが、開かれた扉の向こうから押し寄せて来た。辰伶はにやついた顔でふんぞり返っていた為に、一瞬対応が遅れ、頭部の白いもさもさ部分をチリチリに焦がしてしまった。
ああああ、と、傍らで慌てる辰伶の部下を余所に、カラン、とお馴染みの下駄の音と共にほたるが姿を現した。その表情はひどく険しく、細い目を更に細めて辰伶を睨み据えていた。
対する辰伶も、久しぶりの対面だというのに初っぱなからコレか?!!と、わなわなと肩を怒らせて、ほたるに向かい声を荒げた。
「ケッ          ケイコクッ!!キサマッ、いきなり何をするッ!!」
「門からここまでも結構遠かったのに、さっさと戸を開けないからなんかムカついた。さっきの返事の仕方もすんごいえらそうだったし。辰伶、なにさま?」
「なっ、ナニサマ、だとうっ?!キサマ、オレが壬生で平時どのように勤めているかこの際しかと聞かせてやる!そこに座れ!!」
「ヤだ。なんでオレがそんな事しなくちゃなんないの。あーウザい。相変わらずだねそのウザさ」
ほたるの飾らない物言いとそれに逆上する辰伶というこのやりとりは、相変わらずと言えばそれまでの事だが、実は、ほたるはここ      壬生の地を、誰よりも一番に去っている。という事はあの戦いの後の一番ひどい状態の時に旅立った、という事で、以来、壬生に戻るのは今回が初めてなのだ。
此処まで来るまでに目にしたであろう壬生の街並みの、素晴らしく穏やかな事に、少しは自分達の努力の証を見い出して、讃えてくれているかと考えた自分がバカだった・・・本ッッ当にバカだった!!と、辰伶は怒りにわなわなと肩を震わせ、ほたるの眼前に舞曲水を突き出した。典型的な、愛しさ余ってなんとやら、である。
「キッキッ・・キッ・・キッサマアアァ!!!我が水龍の餌食にしてくれる!!!!」
「何、やる気?手加減しないよ。           あ、ちょっと待って」
「なんだ!!!」
ほたるも自分に対し、その双頭の剣を向けてくるかと思いきや、急に何かを思い出した様子で、背の荷を降ろし、ゴソゴソと中を探り始めた。と、何かを握りしめ、辰伶の顔元に差し出した。
「コレ、ありがと。助かった」
            な、・・・に?」
ほたるの手の平に包まれているそれは、水色の小さなちりめんの袋だった。辰伶は何かを思い出し、軽く息を呑んだ。
「・・・コレは」
「辰伶がここ出る時持たせてくれた裁縫道具。ありがとう」
言われて、確かに、自分が渡したものだ、と、辰伶はしげしげとそれを見つめた。ほたるのいつもの抑揚の無い声色だが、自分が滅多に聞く事のないお礼の言葉をさらりと言われ、驚きと戸惑いで上手く対応が出来なくなる。
「あ、・・あ、ああ。・・あ?使ったのか?お前が?」
「うん。おかげでを助ける事が出来たから。それ一回きりだけど。もう使う事ないと思うから、返す」
                待て、話が読めん。順序立てて話せ」
「だから、辰伶にありがとうって」
ふわりと微笑うほたるから、今まで見せた事もない素直な表情が自分に向けられた事で、辰伶は更に激しく戸惑い照れてしまい、あっと言う間に耳まで赤くなってしまった。それでもそういう自分の動揺を悟られまいと、必死で表情を取り繕う。
「だから・・・、              ゴホン、何をだ。そもそも、『』とは?」
「だから、・・・・・・辰伶、相変わらず頭悪い」
「なんだと?!!!」
言われた事についまたいつもの問答に戻ってしまいそうになったその時、扉の方からくっく・・と、部下達の押し殺した笑い声が多重奏で聞こえ、辰伶はキッと視線を強くしてそちらを睨み、一喝しようとした。
「キサマらそこで何をしてッ・・・・・?」
笑っている部下達の横で、見慣れない相貌の女性が一人、こちらを見つめていた。
彼女もやはり、辰伶に失礼だと、必死に笑いを堪えている様子で、しかしその瞳の光は殊更に穏やかだった。
っていうの。ずっと壬生に付け狙われてて殺されかかったんだけど、辰伶知ってた?」


                  は?」


ほたるの抑揚の無い声色とはあまりにもそぐわないその物々しい内容に、辰伶とその部下を含むその場の空気が一瞬でパキリと凍りついた。
ケイコクは今、何を言った?
静まり返ったその場所で、辰伶の頭頂部のチリチリだけが、涼をとる為に開いた窓からの、湿気を含んだ生ぬるい風を背後から受けて、フワフワと猫の毛の様に優しく揺れていた。










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