That Day


ほたるは部屋に入る際、襖を開けたままにしていた。
菜子にキツく言い含められていたからである。風呂から上がってすぐの部屋へ様子を見に行こうとするほたるに、菜子は、
「アンタ達の間に何があったかは、さんも話さないし知らないけれど、さんがアンタをひどく嫌がっている事は事実だから、彼女の警戒を解く意味も含めて、襖は閉めたらダメだよ。分かった?」
と。
暗に、ほたるを信用していないと言われているようなものなのだが、ほたるはそこには触れず、菜子の顔を見つめて首を捻っていた。
菜子がどうしたの?と聞くと、暫くの沈黙の後、菜子に
「名前、って言うんだね?あの女」
と、確認の意を求めてきた。
菜子は訝しげに、ゆっくりと頷いたが、二谷の急患を知らせる呼び声に、そのまま黙ったままのほたるに構っていられなくなってしまったので、
「分かった?襖閉めちゃだめよ!」
と念を押して走って行った。
ほたるは暫くその場で何かを考え込んでいた。
ふと、頭の中に、何かの情景が浮かんだので、目をつぶってたぐり寄せる努力をする。

治療代を稼ぐ為に右往左往した10日の間に、ほたるの頭にひとつ、ひっかかっている事があった。それは、を助ける為に、壬生の残党を塵にしたあの晩、彼等が言っていた事。
壬生に返り咲く事の出来る、人間達を思うがままに出来る、珠・・・・

昔、五曜星・ケイコクだった時に、与えられた任務で、似たような珠を探して、忍びの村をひとつ、壊滅させた事があった。
その四つの珠を手中にした者は、全てを手に入れる力を得るという・・・・



「そう・・・あの時・・・」
ほたるは誰にともなく、呟いた。



「何となく思い出しかけてはいたんだけど、アンタの名前聞いて、全部思い出した。アンタがオレの昔の名前知ってたのもこれで分かった。珠の事なんてオレにはどうでもいい事だけど、オレ、アンタを殺さないでくれって頼まれたんだよね。あん時。あの谷の首領にさ」

左手からボタボタと鮮血を垂れ流しながら、の目を見て、言った。
は立ち上がりかけた姿勢のまま、ほたるをじっと睨み付けていた。それでも、ほたるが左手を犠牲にした成果はあったらしく、きちんとほたるの話に耳を傾けている。
「だいたいオレ達壬生の刺客が行ったら、最後には泣き喚いて命ごいするか、ご機嫌とりして助かろうとするか、大概人間の醜いとこさらけ出して終わりなのに、あの谷の首領は、何ていうか、スゴク潔くて、格好良かった。オレの親父がこんなだったら良かったのにってちょっと思ったくらいだったし。オレが子供でも、ちゃんと力量測って、大人並に扱ってくれた。オレに一騎打ち挑んで来て、お互い手加減せずに戦った。人間にしては、強かったよ。あの頃のオレは、認めてもらうって事に飢えてたから、嬉しかったのに殺さなくちゃならなくて、辛かった」

は、出来るだけ冷静に、あの頃の事を思い出そうとしていた。
朝、薬草を採りに山へ行き、思った以上の収穫を携えて、昼の握り飯を、連れ添った友人達と食べた。
それから、川で水浴びをしたりして、夕刻に、さあ帰ろうと谷の方を見たら、谷の上空は煙で一杯で、夕焼け空がひどい色に染まっていた。

急いて近付けば近付く程、叫び声や怒号や、家が焼け崩れる音が響いて、胸の中でずっと、『近付くな、逃げろ!』と誰かが叫んでいた。

息せき切って近くの林まで辿り着いた時には、ヤツラはもう帰り支度をしていて    

手に、珠を、



は思わず、お守り袋に入れて首から下げている胸の珠を浴衣の上からぎゅっと握った。

「最後にかち合った時に、あの人はオレに殺される事を充分理解した上で、煙に気付いて若い娘が3人、駆け込んでくるかもしれないが、殺さないでやってくれと頼んできた。オレは反射的に頷いた。もう充分だったんだ。楽しかったから、これ以上この刀の余韻を雑魚で汚したくなかったから。分かったって、言った。そんで珠を手に入れて、帰ろうとした時に、林の中に女が見えた。駆け込んできたら峰打ちにしてどっかその辺転がしとこうと思ってた。でも、来なかったんだ。じっとオレを見てただけだった」

「・・・私は、あの時お前の顔を一生忘れまいと、脳裏に刻み込んだのだ。いつか、いつか、復讐してやる、と」

気付けば、は泣いていた。微動だにせず、目を見開いて遠くを見つめたままで、涙だけぽろぽろと零していた。
ほたるはそんなの様子をじっと見つめたまま、左手に刺さったままだった小太刀を引き抜き、ぽつりと言った。
「あの人、息絶える時、遠くを見つめて、『』って言ったんだ。さっき、菜子ちゃんからアンタの名前聞いて、それで全部思い出した」


は、ほたるが居なかった10日の間に、菜子に言われた事を思い出していた。

『あなた達の間に何があって、あなたがほたるくんを毛嫌いしてるのか知らないけど、ほたるくんが瀕死のあなたをここに連れてきてくれなかったら、あなたは確実に死んでた。その後も、あなたが目を覚ますまでずっと付き添ってた。その事はもう、曲げようのない事実なんだから。それだけは認めないとダメだよ』

私は、これで2度、命を助けてもらった事になるのか・・・



は、自分の身に起こった運命に、それに伴う新たな真実に、しっかり見据えて選択しようと、まとまらない頭で必至に考えていた。

ずっと、壬生も、ケイコクも、ずっと『敵』だと思っていた。それは私の生きる導となって、私をずっと支えてくれていた。

今この男は、ほたると名乗っているのだと菜子から聞いていた。自分を助けてくれた時も、私を追ってきた壬生一族とは険悪な雰囲気だった。

この男は、あの時も、今までも、そしてつい先程も、珠はどうでもいいと。

この男は、首領を、殺した。

だが、殺すのは辛かった、と。

私を見逃したと。

谷を、焼いた、壬生一族、は、          ・・・



「・・・・・ねえ」
がはっと気付いた時には、ほたるは自分の顔に息がかかる程に近付いていた。
突然の事に、身動き出来ずに息を詰めて次の言葉を待つ。
「・・キスしていい?」


は今の自分の頭の中とはあまりにかけ離れた事を問われたので、言葉の意味も理解出来ずそのまま固まってしまった。
ほたるはに問うておきながら、唇は今にも重なりそうな位置まで近付いている。
お互いの息づかいを感じる。
はなんとか脳を今現在に引っ張ってきて、慌てて顔を離す。
「なん・・何だ!どういう意味・・・」
慌てて上手く話せない。
先程まで殺すの殺さないのと喚いていたのに、既に体のどこかでほたるを男と意識している自分が居る。
急な事とはいえどぎまぎしている自分が妙に滑稽に思えて、もの凄い羞恥心が襲ってきた。
ほたるはが離れた分、更にに近付き、の腰に手を添えてそれ以上逃げられないようにする。
「何って・・・だから、キス、していい?って」
「だから、どうして今そうなるんだっ」
「今じゃないよ、ずっと我慢してた。山で会った時からずっと、アンタとしたいって思ってた。今はまだ傷の事考えてえっちは我慢するけど、キスくらいはしてもいいよね?」
「ずっとって・・んぅ・・っ!・・」
ほたるの右手はの肩口を、左手は血を流したまま、の頬を押さえて、逃げられないようにしていた。
の右頬がほたるの血に染まっていく。
膝元の掛け布団を汚していく。



気が遠くなりそう  熱い  頬が  体  が  ケイコクの  舌  が




「ぎゃーーーッ!!!!ちょっっ、ちょっとアンタ達一体何をーーーー?!?!!!」
菜子が診察の合間に覗いた時には、畳も布団もあちこちがほたるの血で汚れていた。
多少の口喧嘩くらいはするだろうとは思っていたが、まさかほんの数10分の間にここまでの惨状に相まみえようとは露ほどにも考えつかなかったので、思わず素っ頓狂な大声で場の雰囲気をぶち壊してしまった。
最初はそっと様子を見るつもりだったのだが、部屋の中があまりに静かだったので気になって、ちらと中を覗いたら、二人は熱い口付けを交わしていて、アラvと思ってそのまま何も言わず遠ざかろうと目線を伏せた瞬間、もの凄い血糊が目に飛び込んで来たのである。
菜子のもの凄い叫び声に弾かれて二人はキスを止めた。というか、が慌てて離れた。
ほたるはまだ名残り惜しそうにを見たが、が慌ててこの血はほたるの左手からで、自分がやったのだと説明しようとするに至り、諦めて体を離し、菜子を忌々し気に見て、言った。
「・・・菜子ちゃんが先生としてる時邪魔してやるから」

その後のほたるの顔は両頬とも菜子にひどくつねられて、しばらく腫れが引かなかった事は言わずもがな、である。




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