That Day


その夜、食事も済んで、の部屋に再度行こうとするほたるを二谷が呼び止めた。
そのまま自分の自室へとほたるを連れて行き、部屋に入って障子を閉めると、ほたるに奥に座るよう勧めた。
机の引き出しの鍵を開け、中から、今日ほたるが持って帰って二谷に手渡した報奨金の袋を取り出し、そのままほたるに手渡した。
ほたるは素直に両手でそれを受け止める。
「・・・なんで?人殺したお金なんていらないとか?」
ほたるの口から思いがけない言葉が出て来て、二谷は苦笑いしつつ否定した。
「ああ、いや、・・・・そういう事考えてくれるんだね。何だかほっとするよ。さっきこのお金を僕に渡してくれた時の君の話しぶりは、なんというか、こう、ちょっと・・・人ではないような空気というか・・・・根本から違うもののような怖さをちょっと感じたから・・・」
「人間じゃないもん、オレ」
再度、ほたるの口から思いがけない言葉を聞いて、二谷は目を見張った。
ほたるは構わず話し続ける。
「壬生一族っていうの。人間より強くて、長生き。そんだけなんだけど、怖い?」
たわいもない事、という風に話すほたるに、二谷は二の句が継げずにいた。
そんな二谷に一向に構わず、ほたるは自分との出会いからのいきさつを二谷に語って聞かせた。
あいだ、二谷は相づちも打てずにほたるの話に聞き入っていた。心底驚いたが、出来るだけ現実を素直に受け止めようと、頭と心で試行錯誤していた。
そして、人種が違う、という事に重きを置くよりも、今目の前に居るこの男に、自分は好感を抱いた事を優先させる事にしたのだ。
がオレを避けようとしてたのはそんな感じ。でもさっきもう仲直りしたから」
素知らぬ顔で、仲直り、と言ったほたるに、何故か年相応の幼さを感じた気がして、二谷はふっと、肩の力が抜けるのを感じた。

少し笑って、ほたるの左手を取り、傷の上に厚く巻かれた包帯をしげしげと見る。
「・・・・血の色は同じだもんね」
「・・・・・」
「ひどい怪我をしたら死ぬんでしょ?無茶したらいけないよ。命は大事に、ね」
「・・・オレ、にこ先生好きだよ」
ほたるが少し笑ってそういうので、二谷もつられて言った。
「・・・僕も君が好きだよ。君は独特の雰囲気があるので誤解されることも多いかもしれないが、ただ人より寄り道せず真っ直ぐなだけなんだ。そう生きる事が何より難しい世の中だから、君は疎まれるか求められるか、相対した相手に二つに一つの選択肢しか与えない。その、壬生の世界ではどうか知らないが、人間の世界では、君はまともに生きていく事すら難しいかもしれないが・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」
ほたるが何を考えているか分からない静かな表情になり、じっと二谷を見ていた。
二谷はそんなほたるの視線の強さに気づき、少しどぎまぎしてしまい、次の言葉を捜そうとしたがうまく出て来ず、一瞬、二人の間に形容しがたい、硬い空気が流れた。

二谷は気まずさこそは感じなかったが、ほたるが自分の言葉になにがしかを感じ取ったのか、それとも自分には一生理解し得ない深い遠い部分に気持ちを泳がせたのか、いずれにせよ、ほたるは今ここにいて、いない。そんな妙な感覚に囚われた。
ふ、と、ほたるが笑った。
二谷は一瞬総毛立った。
目の前には得体の知れない生き物。

「アンタも気を付けてね。人間は簡単に死んじゃうから。ここに居る間は、オレがアンタ達守るから」
        え」
言うが早いか、ほたるはすっと立ち上がり、先ほど二谷に渡された金の袋をぽいっと二谷に向けて放った。
「とりあえず、菜子ちゃん連れてくるから、にこ先生はここ動かないでね。約束」
「え、え、」
「足手まといにならないでね」
そしてまた先ほどの、人ではない、全身が総毛立つような獣の笑みを二谷に残し、あっという間に、音も立てずに二谷の部屋から居なくなった。



「・・・・・・菜子ちゃん」
「ん?なぁに?もう、女性の部屋に・・ぐっ・・?!」
菜子はほたるをまるで意識していないので、ほたるが自分の部屋に来たのはきっと何かおやつが欲しいとか、近所の子供が言うような事を想像していた。
急に手で口を塞がれ、驚いて体が強張る。
「・・・・・し      。悪いけど、ちょっとじっとしててね」
ほたるは菜子が返答をする間もなくそのまま担ぎ上げ、猫のように静かに、そして素早く廊下を駆け抜ける。菜子はその間視線だけうろうろと不安げに泳がせていた。
菜子の視線の端に黒い影が3つ。
そして何かが跳んできた。

「きゃっ・・あっ・・!やだっ!」
何か熱い空気の塊と共に目の前が真っ赤に染まった。
菜子は硬く目を閉じた。とても熱い。そして怖い。
叫び声。

「・・・・・・菜子ちゃん・・先生と一緒にいてね」
気がつけばそこは、自分の部屋から階下の、二谷の部屋だった。
二谷が心配気な表情で自分を見ている。ふ、とほたるを見ると、
笑っていた。
「・・・・・・・・何が可笑しいのよ」
菜子は何か、憤りを感じて、そんなほたるを睨みつけた。
ほたるは更に目を細くして、嬉しそうに言った。
「守りたいものがある事が」

にっこりと微笑んで、すっとまた音もなく出て行くほたるの後ろ姿を、菜子は半泣きの表情で見送っていた。ぷっ、と、二谷が吹き出した。
「先生!」
菜子は声を抑えて愉快そうに笑う二谷をきつく睨んで咎めた。
「ああ、ごめんごめん、まあ、らしくていいじゃないか。彼は驚いてるんだよ、自分に」
「驚く?」
「そう」
「・・・・・・・なんで分かるんです?」
ちょっと怪しげな表情で、二谷を問い詰める時の瞳をして菜子は二谷を見た。
二谷は真摯な目をして、菜子を見た。
「・・・・・・・彼は人間じゃないそうだよ」





。起きてよ」
「・・・・・・・ん・・・!なに・・なんだ!」
はほたる達より一刻早く食事を取って、そして薬を飲んでいたので、知らずうとうとしていた。
は自分が気づかぬ内にほたるにひどく近くまで歩み寄られていたことで、薬のせいで覚醒しずらい自分の意識を、先ほどのほたるとの熱がひどい勢いでぶり返し、自分を揺さぶったのに慌てた。
目の前にいる男をひどく意識している自分を悟られまいと、必死で平静を保とうとするが、頬に熱が溜まるのを感じて、居たたまれなくなった。自分を見るほたるの視線に、捕らえられまいとするかのようにあらぬ方を見た。そして体が固まった。
襖が焼け焦げている。
「ケイコク、お前」
「ほたる」
そんな場合じゃないように思うのに、だだっこのような拗ねた顔でじっとを見つめる。
「どうしたんだ一体あれは」
「ほたる。言ってよ」
「・・・・・・・・そんな場合じゃないだろう?!追っ手が来たのか?!私の?!」
「ほ・た・る!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


なんでそんなに余裕なんだ。
あの襖の焼け焦げは、戦闘があった事を示すものだと思うのに、どうして今そんな事にこだわるのか。
この男バカじゃないのか?!

この状況で自分に名を呼ばせようとするこの理解不能な男に、拗ねた子供のように見つめられて、は心の中で焦りと苛立ちと、そして自分の中の女が強く反応してぶつかって、そして降参した。

今だけだ。
今だけ。

「・・・・・・・・・・ほたる。・・・これでいいのか」
「うん。よく出来ました。これからはそう呼んでね。オレ、名前呼ばれるの好きだから、覚えてて」
満足げににんまり微笑んで自分を見るほたるに、はなんだかペースに巻き込まれたのが悔しくて、ふいと視線をそらし、話を本題へと戻す。
「・・・・・・・・それより、一体、!」
と、が言うが早いか、ふわっと心地よい風が自分と布団の間を通る感覚がした。
と、思ったら、いつの間にかほたるの腕に抱かれていた。
「暴れないでよ。傷に障りないように抱いてるんだから。・・・・・・行くよ」
が頷く間もなく、ほたるは走り出していた。







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