That Day
頭上から降ってくる刃から、ひたすら身をかわす。
ほたるはを抱えている間、刀を腰に差したまま、抜こうとはしなかった。
の休んでいた寝室は、二谷の診察室から間に三部屋の距離にあり、そして今二谷と菜子のいる二谷の私室はそこから奥に二部屋。先に菜子の私室へ行ったのは、動いている者の気配の方が早く察知されると知っていたからだ。そして、菜子を救い、の寝室に行くまでに倒した壬生一族の残党は四人。今攻撃して来ているのは三人。
ほたるは、に出来るだけ振動を与えまいと、降ってくる刃を紙一重でかわしつつ、潜んでいる敵がほかに居ないか、気を張り巡らせていた。
と、診察室の前まで行き着いた時、襖からザッ!と勢いよく長刀が突き出された。
一瞬、ほたるのを抱く腕に力がこもったが、ほたるが何事か呟いてそちらに手を差し向けたかと思った次の瞬間には、二谷の診察室は火の海と化していた。
ほたるが二谷の私室の襖を開けて、奥で身を潜めている二人に声を掛けた。
「・・連れて来たから、後は頼んだよ、にこ先生」
そういうと、をそっと床に降ろし、の顔を見て、言った。
「・・・すぐ終わるから、待ってて。出てこないでよ。邪魔だから」
は、邪魔だから、と言われた事よりも、それを発した瞬間のほたるの表情に、ゾクッとした。
鳥肌が立った。
記憶の中にある、『ケイコク』の表情。
その足元に転がる首領を見る、目。
林の木々の陰から、慟哭しそうになる感情の波を必死で抑えて、
こちらを見つめる『ケイコク』と目が合った。
あの瞬間も、私は !
鮮やかな微笑を残して、後ろ手にぴしゃん!と勢いよく襖を閉める。
あとはもうほたるの発する炎の明かりで、踊るような影が映るだけ。
「さん、こっちへ・・!あっ・・ダメ!」
は少しの躊躇も無く、菜子の制止の声も耳に届かず、襖を開けた。
見たい。闘う様を!
の頭には今それしか無かった。瞬間、バッと目の前に黒い影が現れる。
はそうと思う前に懐に手を入れた。が、今自分は浴衣一枚で横になっていたのだ。手裏剣も短刀も、そこには忍ばせてなどいない。
あっ・・・!
そう、心で叫ぶのと、菜子と二谷が後ろで息を呑むのが同時に意識の中に響いた。
「ぎゃああぁ ッ!・・・」
物凄い絶叫と共に、黒い影が真っ二つに割れ、その間からほたるが顔を出した。
顔も服も血しぶきにまみれて炎の中にどす黒く浮き出していた。
「・・・・・・なにやってんの。邪魔だって言ったよ」
先ほどの脅威から今へと、上手く感情が働かず固まったまま動けないの頬に、今しがた飛んだ返り血を見つけ、ほたるはすっと手を伸ばし、親指で撫でるように拭き取った。
「・・・・・キレイな顔が台無しだよ・・後でお仕置き。分かった?」
そういうとまた踵を返し、刀を構えた。
目の前で舞うような剣戟。
いや、すでに剣戟ですらない・・・。
軽い足捌きと炎の乱舞で敵を街道との垣根の際に追い詰め、刀で空気の壁を作り上げ、閉じ込めた。
中の三人は苦しげにもがき、壁を壊そうとがむしゃらに刀を振り回した。
途端、物凄い炎の渦が舞い上がる。
「・・・・・・火包炎舞」
次の瞬間には、もう人の形すらまともに残さず、ただの炭の塊となっていた。
・・・・・・敵わない・・!私には・・・この男は倒せない・・・!
はほたるの戦う姿を目の当たりにして、心底思い知らされていた。
皆の仇を討とうと必死になって自分を磨いて来た数年間は、全て無駄だったと・・・。
気がつくと、歯軋りをしていた。
手の平に傷がつくほどに、握り締めていた。
今しがたの眼前の狂気は、散歩の途中に花を摘むが如くの程度の出来事だった、とでもいうような事無げな表情でくるりと振り向いて、自分の傍に歩いてくるほたるの姿を、はこれ以上見ていたくないと顔を反らし、眉を寄せた。
「・・・・どしたの?」
ほたるがに近付いて、その表情の苦しげな様子に気遣おうと手を伸ばした瞬間、ほたるの頭に強烈な蹴りが飛んだ。菜子の足だった。
「ッ!・・痛い」
「あんったねぇ・・・・どうしてくれんのよこの惨状!!!よくもにこ先生の家を・・・!!!!」
怒りに身を震わせてほたるを睨みつける菜子の後ろで、二谷がはっと何事かに気付き、ほたるに駆け寄った。
「ちょっと・・・・菜子ちゃん僕の鞄!ほたるくん背中、見せて・・」
二谷は、ほたるが今見せた戦闘行為の激しさと鮮やかさに息詰めて見とれていたのだが、菜子の怒りではたと我に返り、先ほどから返り血とは違う輝きでほたるの背中を濡らしているものに気付いた。
ほたるの背中は皮一枚、斜めにざっくりと裂けていた。
駆け寄って傷口を診る二谷についで、菜子ももそれに気付き、ほたるを見た。
ほたるは平然としている。
「鞄!」
二谷が医者の声色で、呆然としている菜子に渇を入れる。
「あっ!は・・はい・・!・・って先生!診察室・・・・・」
菜子が慌てて我に返り、診察室の方を振り返るが、また慌てて泣きそうな顔で二谷に訴えた。
二谷もはっと自分の家の惨状を見渡した。
炎が猛々しく舞い上がり、火の粉が二谷の家半分を支配している。
二階はそれほどでもないが、もうすぐ届きそうな勢いである。屋根が気圧されてキシキシと音を立てていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」
ほたるはいたずらを見つかった子供のように、二谷を上目遣いに見て、言った。
近所の人や火消しがわらわらと消火に駆けつけてくれたお陰で、二谷の家は半分を焼くに留まった。
暫くは「火の玉が舞った」「轟音が響いた」「物の怪か」と大騒ぎだったが、いかにも夜盗と見られる怪しげな装束の死体が数体と、柄の焼け焦げた刀などが見つかった事で、二谷の家はこの町で評判の医者な為、小金を貯め込んでいると勘違いされて盗賊に狙われたのだ、という事で解決した。
二谷の家の向かいの酒屋が庭を開放してくれたので、そこに色々運び出し、整理する傍で、ほたるの背中を治療していた二谷がぽそっと呟いた。
「・・・・昨日返したけど、やっぱり貰っておくね。お金・・・」
うん、と頷くほたるの背中は、やっぱり怒られて項垂れた子供のようだった。
とりあえず時間も深夜を過ぎ、何事かと群がっていた野次馬もなりを潜めた頃、菜子はお腹減ったと訴えるほたるを睨みつけ、夕飯の残りのご飯で握り飯を作った。
菜っ葉の汁を間に合わせに作ると、眠そうな顔をしてほたると一緒に握り飯を頬張る二谷に向かって菜子が訴えた。
「どうするんです?ほたるくんのお金で家は建て直せますけど、寝室が明らかに足りませんよ。明日からの診察の事だってあるし・・・」
「うーん・・・そうだなあ・・」
二谷は明らかに頭が働いてないという顔をして、牛か何かの様にゆったりと口を動かしている。
二谷の傍らで先ほど包帯を替えてもらい、ぼんやりと横になっていたは、菜子の会話の主題と、のんびりした二谷の受け答えに、言葉にこそしないが、申し訳ない気持ちで一杯だった。
二人は自分達のせいでこの様な事になったと、自分達を即座に追い出しても当然の立場なのに、そういう事を一切言わない。
寝る場所に困るなどと、そのような事よりもまず普通なら自分達を責めるのが被害者として当たり前の感情の動きだろうに。
ちゃんと謝りたい。
が菜子に向かって口を開きかけた時、ほたるが、え?というような表情で菜子に向かって無邪気に言った。
「なんで?足りてるよ。菜子ちゃん先生の部屋で寝ればいいんでしょ?二階は危なくて上がれないし、奥の寝室オレとで使うから」
また何を言い出すんだこの男は!
がほたるを責めるように目を剥いた。
と、菜子も同時にキーッとほたるに向かって歯を剥いて怒鳴った。
「何言ってんのよ!大体さんだって迷惑よ!布団だって足りないのに・・」
「じゃあ一緒に寝る。いいよそれで。仲直りしたもん。ね」
ほたるが事も無げに言った後、菜子が思わずほたるの頭をはたきそうになったその一瞬にが声を荒げた。
「ふざけるな!」
あまりの怒号に、一瞬場の空気が怯んだ。
二谷が手に持っていた食べかけの握り飯をとり落とすと、慌てて拾ってからを見た。
「何が仲直りだ!キサマが何をしたと・・・私の谷に・・!私の・・かけがえの無い・・・」
菜子は二谷から、二人の『仲直り』の経緯までは聞いてはいなかったので、の怒りの意味が分からず、戸惑った表情でほたるを見た。
ほたるは無表情でを見ている。
「・・・・・・・・・・・ッ!」
が言葉をうまく繋げられず、言い淀んで徐に立ち上がった。
右手で腹を押さえながら、足早に自室の方へ向かう。
「ほたるく・・」
二谷がほたるに言葉をかけようとした時、ほたるは無言のまま立ち上がり、の後を追った。
「・・・・・・何してんの?」
後ろから自分に呼びかけるほたるの声がしたが、は構わず裸になり、自分の着物を身に付けた。
傷口が軋んだが、構っていられなかった。
袖を通し、帯紐をぎゅっと結ぶと、着物と一緒に置いてあった荷物の袋を抱え、部屋から出ようとした。が、ほたるが立ち塞がる。
「どこ行く気?」
「・・・・・・・この家をこれ以上危険に晒す訳にいかない」
「傷まだ治ってないよ」
「構うな。そこをどけ!」
がほたるを押しのけようとした。が、ほたるがその腕を掴み、捻り上げた。
「ッ・・!・・なにを・・」
ほたるは心無しか怖い顔をしている。
「・・・・そういえばお仕置きしなきゃだった。ね・・」
「なに・・・」
「二人を危険に晒したのは、でしょ。オレは言ったよ、待っててって。オレは、ちゃんとオレの言う様にしてくれてれば、この先何が来ても護りきる自信あるんだから」
ほたるの発言で、の瞳に影が差した。
それは、そうだろう。
あの強さならば。
たとえこの傷が完治していたとしても、自分が半端に出て行ったとて逆に邪魔になるくらいだ。
それは今の闘いぶりを見て、嫌というほど思い知らされた。
だが、珠の持ち主は私だ!
狙われているのは、私なのだから・・・!
がぎゅっと、苦しげに眉を寄せ、あらぬ方を向く。
ほたるがそれに気付いて、腕は離さず、の顔を覗き込んだ。
「・・・・・・さっきもそんな顔してたね。なんで?」
「・・・・・・・・」
は返事をせず、ほたるから目を反らしたままだった。
「・・・・・お仕置き・・」
「な・・!・・ッ・・」
ほたるはそういうと、自分から反らしているの顔を無理やりこちらへ向かせ、唇を押し付けた。はほたるを振りほどこうともがいた。
「・・・ッや!・・イコ・ク・・!」
唇の隙間から訴えるに対し、一瞬離してを見る。
「・・・ほたる。言ってよ」
先ほど、眠っていた自分を起こしに来た時に見せた、だだっこのような表情とはまるで違う。
怖い。
は、再度自分の顔を、腕を強く押さえつけ、激しく唇を押し付ける男の瞳に、燃え立つモノを見た。
女として、喰われる恐怖を感じた。
「・・・・・絶対、行かせないよ・・」
激しいキスの最中に、頭に響いた言葉を理解する頃には、は半分焦げた布団の上でほたるに組み敷かれていた。
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