That Day









鳥の鳴く声がする。朝日が眩しい         ・・・・

は日の光の眩しさを瞼の裏に強く感じ、ゆっくりと目を開けた。
傍らに人の気配。

「・・・・・・・・あ、起きた」

ほたるの金の髪が朝日に反射して、綺麗な木漏れ日を作っている。
キラキラと微かに虹を作っているほたるの髪の光の波間・・・。は、そのあまりの美しさに一瞬見とれてしまった。
ほたるがゆっくりと動き、顔を寄せ、唇が触れる位置まで来て、静かに言う。
「・・・おはよ。・・・傷、どう?痛む?」
ほたるが一言、二言喋る度に、ふんわりと優しい吐息がの顔にかかる。
「・・・・・・・・」
はほたるの息の甘さに、声の響きに、なんだか逃げたくなってしまって、きゅっと目を閉じた。

「・・・・・・・」

そして。



胸が苦しくて。
唇の先が触れたその一瞬に、眉を潜めて。
暖かい、血肉の感触に囚われる。気持ちの全てが、そこに集中する。


ちゅ、と、軽い水音が部屋に響いた。再度軽く触れて、離れる。


「・・ケイコ・ク・・」
耳に響く自分の鼓動が煩くて、何だか嫌で、何を言うともなく、名を呼んでみた。
ゆっくりと目を開けると、子供のように拗ねた顔。
「だから、ほたるだってば」
「・・・・・・・・・」
「オレ、言ったよね。名前、呼ばれるの好きだって。に呼ばれたい。言ってよ」
「・・・・・・・・・・・なぜ、『ほたる』なんだ?自分で自分の名を変えたのか?」
深い意味は無かった。だが、言ってみてから、しまった、と思った。
名を変える、という行為は、自分にとっては違う人間に生まれ変わる為の儀式みたいなものだった。
それまでの自分を否定した。
苦々しさを抱えた。
戸惑いもあった。

聞かれたくない事柄だったかもしれない。瞬時にそう思って、名前を呼んだ。
「ほたる。ほたる・・・・・・暖かい響きだ」
名を呼んだその声が、思ったより大きくなって、は自分に驚いた。語尾が消え入るように小さくなってしまって、訳の分からない事を言った、と、ひどく恥ずかしくなった。
だが、それまで感情の起伏を感じさせない、彼特有の表情の無さでをじっと見ていたほたるは、名を呼ばれたその一瞬後に、とても柔らかく、ふうわりと微笑った。

何も語らなかったのに、それだけで今の気持ちの全てを語ってしまったかのような。

は、ほたるが自分を見つめるその視線の穏やかさに、何故かいたたまれなくて顔を逸らしてしまう。
そしてその後すぐ、自分はきっと、とても赤い顔をしているのだろうな、と、思った。






「今日からもうみんなと同じ食事にするから、よく噛んで食べてね」

囲炉裏の傍らでちゃぶ台を囲み、二谷が美味そうに煮物を頬張っている。は、自分も食事の支度を手伝うと菜子に言ったが、ほたると菜子両方から、じっとしていなさいと言われ、二谷の傍らに座らされていた。
菜子が上機嫌でに食事を差し出した。
ほたるは、自分の分のご飯をよそっている菜子の近くに歩み寄り、顔をジッと見つめた。
「なぁに?変な子ね」
「・・・・・菜子ちゃん、昨日先生と寝たんだ」
ほたるが物欲しそうな顔で、今にも指を銜えそうな風情で、ジトリ、と、菜子を恨みがましい目で見つめた。
菜子は、ほたるの、朝食時に極めてふさわしくない発言に激しく動揺し、思わず熱々のご飯をほたるの顔に押し付けてしまった。
「なに言ってんのよ朝から!!ねっ、寝たって意味分かんない!バカ!」
「あッつ熱ッッ!!」
ほたるが叫ぶかと思いきや、その声は二人の後方、と並んで食事中の二谷の口から発せられたものだった。
3人の視線が一斉にそちらに集中する。どうやら、熱々のみそ汁を、胡座をかいて座っていたその足の上に零したらしい。菜子が慌てて布巾を掴んで駆け寄った。
「もお先生!何やって・・」
「ごっごめんウッカリして・・」
足を広げる二谷の側に跪き、拭いてやっている菜子の手元を見て、ほたるがまたぽそりと言った。
「・・・なんだ。まだ何もやってないんだ」
「「なんで分かるの?!」」
顔を米粒だらけにしたまま、二人の様子を眺めて、昨夜一晩の進展具合をそう読んだ、ほたるのしれっとした一言に、二谷と菜子は顔を真っ赤にして二重奏で返答した。
「・・・・・・・・・・さあ。自分達で考えたら」
ほたるはそんな二人から、もう興味を失ったというような顔で、土間に降りて顔を洗って米粒を落とし、ちゃぶ台の前に戻ると、自分用の茶碗にご飯をよそい直した。
火傷してないですか?いや大丈夫、などと、ぎこちない声の響きでのやりとりが傍らで繰り返される中、ほたるは無表情に、既におかずとみそ汁をよそってある、の隣の自分の席にストンと座った。いただきます、と、これまた表情の無い声で一言言って、もそもそと食べ始める。
がそんなほたるを横目で見て、口の中にあった煮物を飲み込んでから、小声で問い掛けた。
「・・・・・なんで分かるんだ?」
「・・・・・・・」
問い掛けて来たの顔をじっと見て、ほたるも口にあった米粒を飲み込んで、口を開けて何事か言いかけた。・・・が、フッ、と、軽く微笑むと、そのままの頬に軽く口付けた。
チュ、と、ほたるがわざと音を立てたように感じられるほどに、甘い水音を派手に響かせ、ゆっくりと離れる。はまったく予想だにしない、唐突な出来事に、一瞬呆然と目を見張ってほたるを見た。
するとほたるは、箸で斜め横にいる二谷と菜子をクイクイと指した。がほたるのその動きに流されるようにそちらを見ると、二谷も菜子も真っ赤な顔をして固まっていた。
          あんな感じ。で、分かる」
「そっ、いっ、           意味が分からんッ!それになんで今それと口付けを繋げる必要が・・・!」
は、見られていた恥ずかしさと、人前でいきなりこんな事をして、という、ほたるに対しての怒りも含めて、少し強めに問いただした。の顔も二谷達と同様、真っ赤になっていた。
ほたるはそんなに、またもや軽く微笑んで、言った。
「・・・・・もね。バレバレだよ。・・・・・可愛い」
「ッ・・・!」
更に顔を赤くして怒りと戸惑いの表情を全面に出すに対し、ほたるはくすくすと笑って、言った。
「・・・楽しい」
「「楽しくない!」」
菜子との鉄拳が同時にほたるの頭に飛んだ。





食事を終え、片付けをしている菜子に、二谷が今日の往診の予定を話している。
火事のせいで、菜子の仕事が一気に増え、家の仕事と並行になってしまう為、午後からの往診はほたるを共に連れていく事にしたのだ。
ほたるは最初、面倒だイヤだとゴネていたが、が一言、真摯な表情で、頼む、と言うと、一拍の後に、こくりと頷いた。
にしてみれば、彼らを巻き込んだ全ての原因は自分のせいだ、という思いが強く胸にある。本来なら自分が全ての片付けや手伝いを申し出たいところなのだ。だがまだ体が完全で無い為、それは叶わない。
は、ほたるに、自分の代わりに、頼む、と、沢山の想いを込めて、言ったのだ。そんな声の響きを、ほたるは充分に感じ取り、了解した。
          ほたるがゴネていた原因は、少しの間も離れずと共に居たい、という想いからなのだが。生真面目なに対し、今それを言い募る事は絶対許してもらえそうに無かった。

やがて、診察の準備をしてくる、という二谷が居間を去り、菜子が片付けを終え洗濯の為に裏へと消え、その場はとほたるの二人だけになった。
二谷に、往診に出る前にさんの包帯を替えるから、その時は部屋に居なさいね、と言われていたので、とりあえず部屋に戻る事にした。
当たり前の様にを抱えようとするほたるに、もう自分で歩ける、とキツめに遮って、は部屋までしっかりとした足取りで歩いて戻った。後ろでほたるが、無理しない方がいいのに、とポソリと呟いたが、体を慣らしていかないと治りが遅くなる、と、逆に怒られてしまった。
部屋に戻ると、布団を片付けようとしたに対し、押し倒してでも横にならせる、と、ほたるが詰め寄ったので、は渋々布団に潜った。
「大事にし過ぎると、精神的にもダレて逆に良くない。早く治って、それから、・・・」
「それなんだけど、」
自由にならない苛立ちを言い募ろうとしたの言葉を、ほたるが割って入って止めた。
何?と、問う様な目線でほたるを見るに対し、ほたるはの隣にスッと横になり、の胸元の掛け布団をポンポンと優しく叩いて、続けた。
           は、どうしたいの?傷が治ったら」
「え・・」
「オレは、特に行きたいとこも目的も無いから、がしたい事を一緒にしたいと思って。他の球を探すの?・・そもそも、オレ、球の話あんま詳しく知らないんだけど。壬生に行きたかったら連れてってあげるし」
「わ、私、は・・・・」

旅の目的、そして、『同行』              
一つの躊躇もなく、それはとうに決めていた事だとでも言うように、抑揚の無い響きで徒然と問うほたるの顔を、は暫く凝視した。


















「ねぇっ、あっちにお団子屋さんの暖簾が見えたんだけど、宿が決まったら行こうよ!」
嬉しそうにはしゃぐに、アキラは呆れたようにため息をついた。
「・・・・お昼も結構食べてますよ。太ったって知りませんからね」
「太っ・・・・!・・・・らないもん」
「どうでしょう。毎晩お腹をつまんであげましょうか?太ってないか、診てあげますよ」
腕を組んで顎に手を当てて、彼お決まりの意地悪い含み笑いでそう言われたは、顔を真っ赤にして手を振り回した。
「いっじわるい!なんでそういう事を言えるかな?!」
「意地悪い?そうですか?・・太ったかどうか確かめる方法は、他にもあるんですよ?」
「・・・・・・・・・何よ」
不審そうにアキラの顔を睨むの横にスッと寄り添い、その耳元に顔を寄せてアキラが誘うように囁いた。
「・・・・毎晩、あなたが私の上に乗ればいいんです」
「なっ・・!!アッ・・アキラのヘンタイ!スケベッ!!」
「クスクスッ・・あ、ホラ、お団子の暖簾、そこにも掛かってますよ。どちらにしますか?」
「もう食べないもん!知らないッ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向いたの手を、アキラが後ろからそっと取り、優しく握ると、あんことみたらし、どちらにしますか?などと問いながら、に歩幅を合わせてゆっくりと歩き始めた。
はアキラから顔を背けたままで、繋いだ手を二回、三回と、ブンブン振り回した。そして小声で、みたらし、と言った。するとアキラが、私はよもぎですね、と笑って言う。
そんな問答とじゃれあいを繰り返しながら、二人は今宵の宿を決め、一旦そこに体を落ち着けた。



は仲居に案内されて、先に部屋へと上がって行った。
アキラは宿屋の主人に、一応の確認で、ここから一番近い診療所は何処になりますか?と問うた。
もうの体は完全に回復している。だが、もし何事かがあった場合に、すぐさま駆け込めるように場所の確認だけはしておかなければ。
アキラは新しい町に入るたび、それを段取りの一つとしていた。
アキラが問うた言葉に、二件の診療所の名前が上がった。
ここから一番近いのは、二谷診療所という。料金も町民に無理の無い設定で、町でもっとも慕われているらしい。その腕の方も、主人の口振りでは、確かな様だ。
そして、ここから少し歩くが、町の奥、金持ちの連なるお屋敷の中央にどんと聳えるのが、品柿診療所。ここは料金がべらぼうに高く、普通の町民はとても診てもらえない。当然の如く町民らの馴染みは薄い。だが、舶来物の高い薬を仕入れていたりするので、懐に余裕があって、重病を早く治したいとかでしたらどうぞ、と、言われた。
そこまで話してから、宿屋の主人が眉を潜めて付け加えた。二谷の診療所は昨日の夜、棟半分を焼く火事に見舞われたらしく、それもどうも、夜盗の仕業だと言う事だった。

「本当にね〜、襲うのなら品柿の方にすりゃいいのに。・・・ここだけの話、なんでも、ただの夜盗連中じゃなかったって噂ですよ」
「・・・・と、いうのは?」
「鬼火が飛んだって噂で。それも、火の玉、なんて可愛い大きさじゃなく、こう、ブワーッとデカイのが、幾つも」
「鬼火・・・・」
「ボッ、ボッ、て、そりゃもう勢い良く飛んでたって、一時大騒ぎだったんですがね。まあ、何処の家も飯時、風呂時で、見てない奴のが多いですから、信じない奴のが多いですけど。まあ、二谷さんとこも、駆け込みを誰彼構わず受け入れるからこういう事になるんだって話ですけどね。ああ、飛び込みで来た患者に助けられたって話ですよ。ただの夜盗なのか、はてさて、その男を狙ったのか・・・、とまあ、語りゃ尽きない訳で。町中今朝からこの話で持ちきりです。まあ、あんまり大きい町じゃないんで、・・・・」

アキラが相づちを打つのに調子に乗って、次から次へと話し続ける主人を置いて、アキラは頭の中ではひどく動揺していた。

勢いのいい鬼火。
飛び込みで来た患者。

・・・・・・・・まさか。

考えに耽っていると、部屋へ行った筈のがいきなりアキラの裾を掴んだ。アキラの気がビリッと緊張する。
「アキラ?・・・どうしたの?」
がアキラの変化を敏感に感じ取り、怪訝気にアキラの顔を覗き込む。

          今、悟られる訳にはいかない。そこに居るのが私の予想通り、本当にほたるかどうか、まず確認しないと、・・・

アキラは、に気取られないよう、出来るだけ自然に笑って、何か言いたかった事があったのか、問うた。
すると、がくいくいっと、裾を引っ張ってアキラを前屈みにさせ、耳元でぼそぼそと言った。
「アキラ・・・・ここ、晩ご飯に蟹が出るんだって。・・・高いよ、きっと。やっぱ止めよう」
「・・・・・・・・・・何かと思えば。いいじゃないですか。蟹。美味しく頂きましょう」
「だってっ・・アキラ!」
店主に部屋の位置を聞き、素知らん顔ですたすたと奥へ進むアキラの背に、は慌てて声を掛けた。


部屋に通されてすぐに、アキラは背の荷物を解き、横で不機嫌に頬を膨らませているに手を伸ばした。
肩を掴んで、ぐっと引き寄せる。が抗う一時の間も与えず、すっぽりと抱きすくめてしまった。
「・・・・ア、アキ・ラ?」
「・・・・蟹もいいですが、あなたを早く食べたいですね・・・」
から立ち昇る、若草の様な、陽の木漏れ日の様な涼やかな匂いを、アキラはゆっくりと、胸一杯に吸い込んで、静かに言った。
自分の動作で、腕の中のの頬が紅潮しているだろう事が手に取るように想像出来て、アキラはクスッと笑った。
そして、ゆっくりと体を離し、を視た。・・・・やっぱり、真っ赤だ。
アキラは、そのまま口付けてしまいたい衝動をぐっと抑えて、何食わぬ顔でその場に座り、解いた荷を色々整理し始めた。
「・・・傷薬が結構減っていたように思うんですが・・・が良く食べるからもしもの時の腹痛の薬も要りますね」
「なっ・・私は、お腹は丈夫だもんっ」
むくれて言うに、アキラはくすっと笑って返した。
「分かっていますよ。もしもの話です。あって困るものじゃないでしょう?・・・・それに、が野宿を望むなら、傷薬は必須です」
「なんで?山道は歩き慣れてるからそんなに怪我しないよ?」
「・・・外でスルと、あなたは私がその背に敷いている私の上着が縒れてずれてしまうくらい、動くでしょう?・・私も夢中になってしまうから、先日みたいに、草で背が切れて、・・・・」
「・・・・・そ、それは、・・・・その、・・・・もう!や!」
は、言われた事柄が恥ずかしくて、真っ赤な顔で耳を塞いでそっぽを向いてしまった。アキラは、そんなの仕草が可愛くて、もうそのまま押し倒してしまいたくてたまらなかったが、それではここまでのお膳立てが無意味に終わってしまう。何食わぬ顔で続けた。
「私は、薬を調達しに少し出掛けます。あなたは、ここで待ってるんですよ」
「えっなんで?一緒に行く!」
が途端に勢いよく振り向いて、縋る様にアキラを見る。
・・・・言われるのは分かっている。・・、すみません。
「・・・あなたは、先にお風呂に入って、体を隅々まで綺麗に磨いておく事。・・・戻った私が、蟹より先に、あなたを食べられるように、ね・・・」
はますます真っ赤になったが、言われた事柄に、少し考えてから、素直に頷いた。・・・本当に、可愛い人ですね。
アキラは穏やかに微笑んだ。財布を確認してから立ち上がると、戸口に向かった。
「では、私は出掛けて来ます。すぐ戻りますから、心配は無用ですよ」
「・・気を、付けてね、アキラ」
瞬間、不安気な顔で走り寄って来た。アキラは、後ろめたさも手伝って、つい、もう一度、に手を伸ばし、強く抱きしめた。
その腕の力の込めように、は少しの異変を感じた。顔を上げてアキラを見て、何度か瞬きした。
アキラは、そんなが愛しくて、そのままの頬を支え、軽く口付けた。
「・・深く味わいたいですが、止まらなくなると困りますから、ね・・・」
ふわりと微笑って、離れた。

アキラの足音が徐々に部屋から遠ざかって行くのを、は黙って見送った。







ここまでの旅路で、ほたるの事が自分達の話題に上がった事は一度も無かった。
だからこそ、ほたるの存在がこの町に、という可能性が、アキラを不安に駆り立てる。

およそ、物事を腹に溜めるという芸当が出来ない素直なが、話がそこへ伸びようとすると口を閉ざしてしまうのだ。           生まれ育った愛しい村を、滅茶苦茶に破壊した『ケイコク』・・・村の惨状を胸に刻んで、護るべき球も手元から失った今、『ケイコク』を仇とする事に、今後の旅の指針をそう心へ深く刻んでしまっている。アキラはここまでの道中のの様子で、そう確信していたのだ。
だからこそ、確認しなければならない。
さんという女性の谷を襲ったのは、その人物を目で確認している当人の言葉から、間違いなくほたるの仕事なのだろう。だが、の村を襲ったのは、分かっているのは死にゆく数矢から聞いた、自分を襲った『ものすごい炎』という、攻撃手段のみ。壬生、という事柄を除けば、ほたるとの接点はそこだけで、・・・・アキラは、この期に及んで、ひどく、望んでいたのだ。の村を襲ったのは、ほたるで無ければいい、と。

ほたるの実力は充分解っている。がどんなに望んでも、仇討ちは無理な事だ。
だからといって、の想いに、自分が踏み込み、無理矢理決着を付けさせる事は出来ない。一度、相対する事によって、心底理解させるのが一番の手段だろう。
ほたるがをむやみに傷つけない事も解っている。・・・・・心配なのは、


村で見た、の行動。
自分に向けられた、虚ろな視線。


恐らく、村を完膚無きまでに破壊された憎しみから、この世のものでない力に体を預ける結果となった
その源となっていたであろう、あの洞窟を破壊して来たとはいえ、あの力が、の中から完全に消え去ったかどうかは、が村にいた時と同様、襲って来た『壬生』に対し、その憎しみを最大限に爆発させた瞬間でないと分からない。アキラには、の体をどんなに探っても、を蝕むあの力が、の何処か奥深くに潜んでいるか否かは分からなかった。その瞬間に、あの状態に陥るかどうかで判断するしかないのだ。

あの力があれば、恐らく、渡り合う事は無理だとしても、その命を懸ければ、一太刀なりと、ほたるに報いる事は出来るだろう。しかし。

それが芯からの、の望みなのか?
操られているが故の行動から、命を失うような事になったとしたら         

アキラは改めて、自分の軽率さをひどく後悔していた。自分が、可能性が『ほたる』に在るという事をに告げていなければ、こんなにも焦れる事は無かった。その対象を定めさせてしまう事も。

迂闊でした・・・・今更ですが・・。
アキラは、深く重いため息を吐いた。

しかし、まだ、そうと決まった訳ではない。いつかは相対しなければならない現実なら、少しでもその可能性に賭けたい。ほたるが、の村を襲ったのではない、という可能性に。
何事も、成ればまた道は在る            


アキラは宿屋から出て、先程店主に聞いた『二谷診療所』の場所を目指した。
確かにさほど歩く事もなく、その名を記した看板に出会った。アキラはすぐには中に入らず、まず建物の周囲を確認した。
現在の時刻は昼時を過ぎ、診療所の周囲には、これからまた仕事を再開しよう、という様子の、金槌や板を持った体格のいい大工の姿が数人あった。
右隣に民家、左に街道を挟んで、少し大きめの、民家。その街道を通ると、垣根の修理をしていた大工が、じっとこちらを視ているアキラに気付き、怪訝そうな顔で言った。
「・・・なんだアンタ?診療所に用なら、表を回れよ」
「・・・ひどい火事ですね。この診療所に知り合いを探して来たんですが、玄関は・・・」
「・・・・・」
あっち、という様にアキラの後方に顎を向け、大工はまた正面を向いた。口に細い釘を数本銜えて、トントントンと、小気味良い軽快な音を立てて垣根の修理をし始めた。薄い板を張り合わせている。
アキラは後ろに振り向きざまに、既に剥がされてむき出しになっている、焦げた垣根の間から、二谷の家の内部に、じっくりと気を飛ばした。

・・・・・・・・火が発生して、流れた角度が異常に不規則ですね。昨晩はそんなに風も無かったですし・・・。
やっぱり・・・間違いないようですね。

アキラは街道を引き返して、玄関側へ戻り、開け放たれた二谷の診療所の玄関口から中へと入った。
入ってすぐの、待合室と思われる場所に、通いの病人と思われる老人が数名と、子供を連れた奥さんが、座って順番を待っていた。
アキラは、看護婦の1人も出て来ないかと、少し大きめの声で問い掛けようと、軽く息を吸い込んだ。その拍子に、待合室と思われるその部屋の奥から、髪の長い、ずり下がりそうな眼鏡を掛けた看護婦がヒョコッと顔を出した。
「おじいちゃん、今日は湿布の張り替えだけで良かったんだよね?入って横になってくれる?今先生来るから、・・・・・あ、どうされました?」
玄関口に突っ立っていたアキラの姿に気付き、菜子は患者かと思い声を掛けた。アキラが一度、咳払いをしてから、こちらに歩いて来る菜子に向き合い、言った。
「・・・・お忙しいところ、申し訳ありません。実は、人を捜しています。一見派手な、目つきの悪い男なんですが・・・名は、ほたる、といいます」
「・・・・・・・・」
流れるように問うアキラを、その内容から、菜子は険しい表情で見つめた。ちらり、と、アキラの背に見え隠れする2本の刀の鞘を見る。その視線の気配をアキラはすぐさま感じ取って、慌てて付け加えた。
「私はアキラといいます。彼の古くからの知り合いで・・・・。もしこちらにお邪魔しているようでしたら、私の名前を告げて頂ければありがたいのですが」
アキラの言葉に、菜子は、未だ険しい表情を崩さなかったが、やがてゆっくりと、奥の廊下へと歩いていった。
アキラは、看護婦の、刀を持った自分に対する疑わしい視線の様子といい、昨夜の火事の事といい、恐らくひと騒動あったのだろうという事に合点がいった。

球を狙う輩が、以前の壬生を取り戻そうと、やっきになってほたるを襲ったという事でしょうか?
              無理がある。それに、ここに居るという事は怪我人を連れているという事でしょうし、

ほたる本人が怪我をしたとは決して考えない辺りが、彼らの戦友としての絆、というべきか、腐れ縁、といったものを表していた。それに・・・、と、アキラは考えた。自分達に怪我を負わせる事の出来るほど腕の立つ剣士がそうそういる訳がないのだ。そんな凄腕の者がいれば、自分達のところまでその名が届いて然るべき、だ。
アキラが色々と考えに耽っていると、足音がふたつ、こちらに近づいて来た。今の看護婦の足音と、・・・もうひとつは。



「アキラ・・・・・」

柔らかな金の髪が、玄関口からの風に、ふうわりと舞った。














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