That Day





アキラが左手に握り込んだ懐紙から、血がジットリと滲み出している。
二谷が、診察室で作業していた菜子に向かって、お湯を持って来るように大声で指示し、そしてアキラに向き直り、手を開くよう言った。
アキラは素直に二谷に向かい座り直し、一礼した。二谷はそんなアキラに、にこりと笑い返すと、アキラの左手を手際よく治療し始めた。

アキラの左手の平の傷の深さが、の短刀を止めるのにかなりの力が要ったのだという事を表している。それだけの踏み込みの勢いは凄かったという事だろう。
が治療を傍らで覗き込みながら、青ざめて固まっている。アキラがに、大丈夫ですよ、と、微笑みかけた。
二谷が、アキラのその様子を見て、治療を続けながら静かにアキラに問うた。
「・・・・・・以前、ほたるくんから、さんとの出会いの経緯を聞いたんだけど、その時に少し、君の事も聞いたと思うんだ。その・・君は、四聖天の1人、なんだよね?」
アキラが、問われた事柄に、ほたるをチラと視てから無言で頷いた。
ほたるは彼特有の表情の無い顔でアキラを見ている。

二谷がほたるから四聖天の事を聞いたのは、本当に二言、三言で、自分が壬生から出るきっかけになり、そして共に戦った戦友、という、省略するとそのようなものだった。
二谷は先程からの二人のやりとりの様子で、きっと彼はその戦友の1人なのだ、と、予想していた。アキラの返事で、二谷の想像は当たっていたという事になる訳である。

二谷も、世を激しく騒がせ、そして恐れさせた四聖天の存在は、噂としては知っている。血も涙も無い、紅い目をした鬼に付き従って、その行く先々で無為に屍を築き上げているという話だった。



「・・・・・ブフッ・・」
「・・・・・?」
急に吹き出した二谷に向いて、アキラが怪訝そうに眉を潜めた。菜子も訝しげな顔をしている。
視線を感じて二谷が釈明をした。一度咳払いをするが、笑いが抑えきれない、というように片手を口の前で振った。
「プッ・・クク・・・・いや、・・・四聖天って、噂に聞くほど血も涙も無いって訳じゃないんだと思ってね。だって、その内の二人がこうやって、同じ場所に、愛しい人の為に怪我をして包帯をして・・いやはや、なんとまあ・・ククッ・・」
その言葉に思わずアキラがほたるを視る。ほたるがアキラの方に向いて、無表情のまま、包帯の巻かれた左手をひらひらと振った。その横でが赤い顔で眉を寄せ、うなだれる。
アキラがひとつ吐息を付いて、二谷に向き直って言った。
「・・・このバカと一緒にしないで下さい。私はこの男のように短慮ではないし、きちんと考えた上でやった事です」
「あ、オレもおんなじ。まったく、一緒」
「・・・・〜〜〜そんな訳ないでしょう!!あなたが・・」
飄々と口を挟むほたるに、アキラが、があっと噛みついた。続けて言い募ろうとした時、二谷が威勢良く笑い始めた。
「ブハ             ッハッハッハッ!!もうダメだ!!ア       ハッハッハッおかしい!!君達、いやホントに、アハハハハ!!」
腹を抱えんばかりの勢いで笑う二谷に、アキラが肩をわなわなと震わせて、傍らの二谷を右手で指さし、赤い顔をしてほたるを視た。
「・・・この男を凍らせてもいいでしょうか」
「あ、の包帯替えてからにして」
菜子が思わず、それが当然と言葉を返したほたるの頭をはたいた。ついで、笑い転げる二谷の頭も、いいかげんにしなさい、とばかりに勢い良くはたいた。



















「・・・頭がクラクラする」
「・・・興奮し過ぎたからですよ・・・大丈夫ですか?」

が、箸を銜えて俯いた。アキラが向かい側から気遣わしげに覗き込む。二人の前には茹でられた大きな蟹がひとつ、ドンと足を広げていた。

アキラの治療を終えてから、の包帯を替えた二谷が、積もる話はあるでしょうが、ともかくも先に往診に出て欲しい、と、事をほたるに言った。この男では仕事になりませんよ、と、アキラも付いて行く意を二谷に告げ、その足で席を立った男共に次いで、菜子もまた診察室に戻った。
その場に残されたは、ほたる達が戻って来るまで色々な話をした。

ほたるの事。
アキラの事。
           そして、球の事。

ほたる達が再び部屋に戻った時、はひどく険しい表情をしていた。
空はもう翳り、夕刻を指していた。アキラは、ひとまず今夜は宿に戻ります、と言って、手伝ってもらったからいいよ、と、遠慮する二谷に、自分の治療費をきちんと渡し、と共にその場を後にした。







「・・・・・蟹、美味しい」
「・・クスッ、ええ。そうですね」
宿に戻って、にまず風呂へ行かせ、自分も軽く浸かった。そしてその間に準備されていた夕食を、今し方まで寡黙に食べていたが、誰にともなくぽつりと言った一言に、アキラが微笑んだ。

にとっては、ひどく慌ただしい一日だったろう。心配していたと出会えて、仇と憎んでいたほたるに飛びかかり、そして愛しい人の手にひどいケガを負わせ、大して落ち着く間もなくそのまま、今までの経緯と、球がかき消えた事についてに話して聞かせたのだ。脱力して、会話を交わす余裕が無いのも無理はない。
アキラはそんなから、少しでも肩の力を抜かせようと、まだ語り合いたがっていた二人に話を切り上げさせ、宿に戻る事を提案したのだ。これ以上はのケガにも良くないだろうと、それも判断した上での事だった。

この酢の物も美味しいよ、と、呟くように言いながら咀嚼を続けるを視て、アキラは少し安堵し、箸を置いた。
そして、静かに問うた。
「・・・・何故、私の行き先があそこだと、分かったんです?」
の箸が止まり、顔を上げアキラを見た。そして、そのまま正面からアキラを見つめた。
「・・・なんとなく。・・・どうしても気になって、薬瓶を見て、量がそんなに少なくないなあと思って、・・・後を追おうと思ったら、宿のご主人さんにかち合って、薬問屋の場所を聞いたら、アキラがここの場所を聞いてたって・・・それで・・」
「・・・・そうですか」
何気ない様子を装っても、に気取られてしまっていた。その事実にアキラは今度こそ、その表情に喜びを露わにした。頬が綻ぶ。
もう自分は、彼女に隠し事など出来ないのだ。
は、私の少しの変化でも、感じ取ってしまうほどに自分を見ているのだから・・・・・・・・。
そう思うと、騙しきれなかった悔しさよりも、安堵と喜びの方が勝っていた。
しっとりと微笑むアキラの顔を見て、不思議そうに眉を寄せるが、やがてぽそりと、今度はがアキラに問い返した。
「・・・・どうして、ほたるさんがあそこに居るって、分かったの?前から、・・・ここに着く前から、知ってたの?」
「・・・診療所の場所を聞くのはいつもの事ですよ。町を移動するたび、確認しています。あなたに何かあった時、すぐに治療に走れる様に、ね」
アキラは、今自分が話している事は特に大した事では無い、とでも言うように、置いていた箸を再度手に取り、煮物を口に運ぶ。傍らに添えられている冷酒に手を伸ばし、一口、コクリと飲んだ。が箸を銜えたまま、くしゅん、と、俯いた。
「・・・・・・・知らなかった・・そんなの・・」
「・・・宿の主人の話で、昨夜あそこで鬼火が舞って、火事になったと噂になっていると聞いて、確認しなければと思ったんです。火事になるほどの鬼火なんて、聞いた事無いですからね。まさかさんまで一緒に居るとは思いませんでしたが」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・どうしました?」
が、銜えていた箸を口から離し、ゆっくりと手元に揃えて置いた。浮かない表情で、考え込みつつポツリ、ポツリと言う。
「・・・・・・・・沢山・・・考えなきゃならない事があるんだけど・・・とほたるさんの事・・・球の事・・・だけど、・・・・上手く、まとまらなくて・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

そう。沢山の事柄が、あまりにも突然に眼前に揃えられてしまった。
そういう時は、ジタバタすると返って疲労する。一度、頭の中を真っ新にする事が、的確な判断へと自分を導く活力にもなる。
だから。



アキラも箸を揃えて手元に置いた。スッと立ち上がり、料理の並ぶ飯台を横切っての傍らへと座り直す。
が不思議そうな顔でアキラを見ると、いつもの、からかうような表情。
「初めて会った時」
「え?」
「連れて逃げて、と言いましたね、私に」
「あ、あれは慌ててて・・頭に浮かぶ前に言葉が口をついて出て・・それで・・」
「それはいつもそうでしょう?」
「ぐ・・・・・確かに・・」
さらりと言われた言葉に、がグッと詰まった顔で頬を染めると、ふいにアキラの口元から笑みが消えた。
途端、艶めいた気配を漂わせ、優しくの頬を支えて、自分の方へと向かせた。
「・・・・・・・連れて逃げてあげましょう」
「・・・・・?」
「あなたを、連れて逃げてあげます。あなたを取り巻く、全てのことから・・・」
言われた事に、が戸惑っている間に、アキラの片手はの腰に、片手は顎を支え、気が付けば畳に寝かされていた。何事かを問う前に塞がれてしまう唇。
「え?あっ・・ちょっ・・アキ・・            っ・・あ・んっ!・・」
軽く口付けて、離し、その一瞬の間に、顎にあったアキラの手はの着物の襟を広げている。露わになった柔らかそうなその膨らみの谷間に、舌をゆっくりと這わせた。ビクッ、と、の肩が揺れる。
「・・・・忘れてしまいなさい。今宵だけでも・・ね・・」
腰に伸びていた手がの帯を器用に解いていく。が、心の奥に未だ残る恥じらいを隠すように、赤くなった頬を両手で覆っている。
の肌の上に、次々と小さな炎を灯していくアキラの行為に合わせ、の呼吸が乱れていく。
熱い、甘い吐息の間に、が困った様な響きで一言、ポツリと、アキラに問い掛けた。

「・・・・・・・・・蟹・・」
「・・・・蟹の事もです」
















、菜子ちゃんがお饅頭くれたよ。・・・・?」

夕食も終わり、一番風呂にゆったりと浸かったほたるが、湯気をほこほこと漂わせ、そのまま診察室に居た菜子を訪ねた。甘い物が食べたいとねだるほたるに、なんであんたはそんなに図々しいの!と、ゲンコツを喰らわせながらも、差し出してくれた饅頭をほたるはしっかり受け取って、が待つ部屋へと戻った。
障子戸を開けると、の姿が無い。ほたるは手に持っていた饅頭を懐にしまうと、踵を返し、裸足のままで庭に出た。


二谷の家の庭はそう広くはない。その奥に一つ、薬などをしまう為の小さな蔵があって、その影に一本の大きい椿の木が、歩み寄るほたるの足元に、月の光で暗い影を作っている。
椿の根本に、月に向かって座るの姿を見付けて、ほたるが声を掛ける。
、お饅頭貰って来たよ」
言いつつ、懐から二つ、茶饅頭を取り出した。
は、ほたるが歩み寄る気配に気付いていたせいか、急に声を掛けられた事に、特に動じる事もなく、風呂の後にすぐ甘い物か?と、苦笑いをした。ほたるはそんなの顔をじっと見つめつつ、傍らにストンと座った。
饅頭のひとつをに差し出し、受け取らせると、自分の分の包みを破り、頬張った。
「こんぺいとうは嫌いなんだろう?」
あっという間に口の中にかき消えた饅頭の姿に、がくすっと笑って問うた。ほたるはモゴモゴと口を動かし、きちんと飲み込んでから言った。
「・・・・・甘い物は好きだよ。アレの、噛んだ時の感じとか、歯に残る固まりが嫌いなだけ」
「・・・・噛まなきゃいいじゃないか」
「・・・・ずっと口に残してたら甘いからヤダ」
「どっちなんだ・・・ほんとにもう、よく分からん男だな」
昔食べたこんぺいとうの食感を思い出したのだろうか、眉を寄せ険しい顔をしたほたるに、は呆れたように、はあ、と、ため息をついた。

「どうして、ここ好きなの?廊下歩いてる時もよくここをジッと見てたよね。なんで?」
の傍らで胡座をかき、横から伺うように見つめるほたるの視線を、は一度受け止めてから、離した。
頭をコツン、と、椿の木にもたれさせ、目を閉じて、静かに語り始める。

「・・・・・椿が、好きなんだ。椿は裏の花といってな、本来、人通りの多い玄関に面した場所とか、庭の正面などに植えるものじゃないんだ。縁起が悪い、と、な。・・・母上が・・・頭領の奥方が、椿が好きで、特に、・・・鮮やかな紅よりも、柔らかな桃色を好まれて、庭に沢山植えていた。・・・花が咲く時分に、特に大振りに花開いたそれを摘んで、枕元に飾るのが私の日課だった」
「・・・・・・・・」
目を閉じたままで、静かに言葉を紡ぎ続けるの横顔を、ほたるが食い入るように見つめている。
だが、今のの心を占めているのは、谷の想い出。愛しい人達との、優しい時間。

「どんな散り方をしようとも、それを心から愛でて、慈しんでやれば、何を怯える事もない。・・・そう、笑っていた。死に顔も、本当に穏やかだった・・・」




『おいで・・私の娘・・』

私を枕元に呼んで、言った。

『人が、その生涯の間に、幸せを手に入れる事が出来たかどうかは、自分がそれにちゃんと気付くかどうかだけなんだよ、・・・』


どうしても、頑なで、拭えない部分が、私の中に在る事に、奥方は気付いていたのだ。
だからあんなに、優しく、穏やかに微笑んで、         その間際に、私を見つめた。
自分が、そうであったのだ、と、語るように・・・・・。



がフッと目を開け、眼前に広がる星空を見つめる。瞳の表情はとても固い。
ほたるは、ただ黙っていた。今のに、自分が必要で無いように思えたからだった。
今、何を語りかけても、今のにとってきっと、この世で一番必要でない人物が自分なのだ。
ほたるの胸中に、ゆっくりとではあるが、確実に、黒い靄のようなものが沸き上がる。喉に込み上げる苛立ち。

知らない。こんな感情。
ウザい。

手に入らぬものがある事が許せない小さな子供の様に、眉を寄せ唇をキュッと引き締めるほたるの表情の変化に、はちらとも気付かなかった。


やがて、空を仰いだまま、が再度、静かに口を開く。
「・・・の球が、その安置してあった場所に聳える壁の中に、吸い込まれるようにかき消えたらしい。その後、なにか、この世のものとは思えぬ力に引きつけられ、・・・・・・憎しみにかられ、その力に身を任せ、・・・・死に目に遭ったと」
「・・・・・・」
「・・・・私の道行きに、同行してくれると、言ったな・・・?」
「うん」
は、ほたるへの問いかけであるにも関わらず、空を仰いだままで、ほたるの方を見ない。
ほたるは、の横顔をじっと見つめている。瞳の色が少し剣呑に光っている。だが、は気付かない。
問い掛けに即答したほたるに、が静かに問い続ける。
「私が、・・・・一度、谷へ帰りたいと言っても?」
「うん」
「・・・・そこで、の言うように、球が消え、・・・私が、」
「どうなっても。離さないよ、オレ。死なせたりもしない。絶対」
声の響きにはいつにも増して抑揚が無い。だが即答する言葉の内容は、ほたるの胸中に在る、断固として揺るがない想いを、未だこちらを見ようとしないの横顔に突きつけるような激しさを伴っていた。
がほたるの返事を受け、空を見る事を止め、抱えた膝に視線を落とした。ほたるは今度こそ、その声色に少々の苛立ちを含み、に問うた。

「何が不安なの?まだオレの事が憎いから?」
「・・・・・・・・・・?」
「そんな簡単に忘れたり出来る訳ない。無理に忘れて欲しいとも思わないよ。オレがの谷を襲って、崩壊させたのは事実だから」
「・・・・・・・・・・」
「でも、それって、オレがを好きになる事と、何も関係ないよ。そうだったから、こうなった、訳じゃないから。も、違うでしょ?」
「・・・・・・・簡単に言うな・・」
単純明快、言葉そのもののほたるの理念を、は納得が行かず眉を潜める。だがそんなの横顔から目を逸らす事無く、ほたるはいつもより少し強い口調で続けた。
「簡単じゃないよ。とどまってないだけ。それよりも、の事に夢中になってたいだけだよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・食べないの?は、甘いの好きなんでしょ?」
ほたるが饅頭を握ったままのの顔を覗き込み、今までの会話がまるで無かった事の様に、抑揚の無い響きで問うた。


・・・とどまらない。
          簡単に言うが、それがどんなに難しい事か・・・・・・・!


は饅頭をほたるの手に押し返した。そして、視線を合わせぬまま、静かに言った。
「・・・・今は、要らない。お前が食べろ」
そして、そのまま膝を深く抱え込んでしまった。




「ムカつく・・」

一時の後に、ほたるの口から呟くように、その苛立ちが漏れた。
静かだが、自分に対して初めて発せられる一言に、が思わず振り向いた。顔を見ると、表情はいつもの様に何も語らない。だが、心なしか強張っているようにも見える。
「・・・、オレに対して言わなきゃならない事無い?」
「・・・?」
ほたるが何を言いたいのか、検討もつかない。向けられる視線の強さにざわめく胸の奥が、にとってこの場をとても居心地の悪いものに変化させていた。
ほたるが更に視線をきつくさせ、を、心持ち上目遣いに、射るように見つめた。
「・・・・・・オレに黙って部屋から出てゴメン、とか」
「なっ!どうして部屋を出るのにいちいちお前の承諾を・・!」
言われた事柄に納得がいかず、つい言い返そうとしたの言葉を、ほたるがずいっと前に寄り、その動きで止めた。先程より近くから、更に言い募る。しかし、声の響きは先程よりも静かに、言い聞かせるように変化していた。
「考えるのに疲れたから、肩貸して、とか」
「・・・・・・?・・」
「・・・・・・・・肩より、キスだけでもいいから、夢中になりたい、とか・・」
「ほた・・・」
何を言って・・・・?と、言われた内容に少し頬を赤くして問いただそうとしたに、ほたるが一段声のトーンを下げた。
「甘えベタって、可愛いけど、時には苛つくよ。素直になったら?」
「・・・・・・・・・・」

どう・・・どう、すれば?
この、男・・は・・!

激しく戸惑い、しかし言われた事に腹も立ち、怒り、        しかし、では自分はどうすれば?・・と、そんなややこしい表情がの上で二転三転するのを見て、ほたるが笑う。
ゆったりと、先程よりも更に近付き、の顔に、吐く息を、優しく甘く届かせて、ゆっくりと言った。
「・・のそういう顔、オレ、好きだよ。『初めて』って、『どうしたらいいか分からない』って顔」
「・・・・〜〜〜からかってるのか?!お前はどうしていつもそう・・」
赤い顔をして言い募ろうとしたの手をぐっと掴み、その手の平に先程返された饅頭を押し付ける。
掴まれた手が、思うよりも熱かった事に、が少しの動揺をその瞳に映した。
「あげる」
「・・・ほた・・っ!・・んっ・・・・」
噛みつくようなキスで次の言葉を中断され、が思わず身を捩り、離れようとした。が、ほたるがの肩を強く掴み、それを許さなかった。
二、三度、唇を軽く噛まれた。だがその事に、その激しさに、思うより煽られている自分にが気付いた時、ほたるが、ふ、と、離れた。額を寄せ、再度上目遣いでの目を見つめる。
「それに・・昼間だって・・・」
「・・・え?・・・・」
「・・・アキラと話してた時、オレに対してあんな風な話し方した事無いのに、アキラにだけ・・」
「・・・なんの、事・・っ・・」
話を続けながらも、軽く口付け、離し、の唇をぺろりと舐め上げる。その度には息を詰め、肩を震わせた。
「・・・女っぽい話し方して・・・なにアレ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・オレ以外の男に、あんな顔見せて、ゴメン、も、追加ね」
そこまで言って満足したのか、再度深く唇を合わせてくる。途端、ほたるの舌の動きに意識の全てを浚われてしまう。


どうして。
どうして口付けの合間に、自分にそんな事言い募る余裕があるんだろう。
余裕。なのに、ひどく乾いていたと訴えるような、激しい動き。

貪って、支配しつくしてもまだ足らないというように、ほたるのその舌はの口内の隅々まで荒らして回った。

こんなに、・・・・・・・
何も、なにも考えられなくなる・・・               ・・・・・


ほたる・・・


息苦しさと、迫り上がってくる欲情との合間に、自分の肩を強く掴むほたるの腕がゆっくりと離れ、頬を支える。
両手で包み込まれ、更に逃れようもない、熱い手の平の、拘束。
舌を強く吸い、ふと離し、唇の形を舌でじっくりと辿り、再度、隙間無く唇を合わせる。
ほたるの、唇への果て無い、そして容赦無い愛撫の波の合間に、はふと、少しだけ、目を開けた。自分が今どこに居るのか確認するかのように。
このまま何もかもほたるに委ねて、溺れてしまう事に、少しの不安を感じて。


ほたるは固く、目を閉じていた。少しだけ眉が切なそうに歪んでいる。

夢中になっているのは、・・・私だけでは、無い・・?

ふ、と、の気配に気付いたのか、ほたるが唇を離し、目を開けた。正面から自分を見る、情欲に煽られ、熱く潤んだ瞳。行為を中断した事を、その真意を問うよりも先に、攻める様に軽く睨んでいる。
はふいに襲って来た恥ずかしさでいたたまれなくなり、つと下を向いた。視線の先に、ほたるの汚れた足先が映った。反射的に問うていた。
「・・・裸足・・?・・」
「え?ああ・・忘れてた。が部屋に居なかったから・・・」
「・・・・             慌てて・・?・・」
「・・・かな?・・いいよ、そんな事、どうでも」


ほたる。





がほたるの肩にゆっくりと手を乗せ、唇を近付ける。
先程までの激しさとは比べようも無い、穏やかな動き。
だがほたるにとっては堪えようもないほどの、甘く、そして切ない、水音。

「・・・・・・」

激しく、の眼前でほたるの表情が歪んだ。
一瞬、の後には、強く抱きすくめられていた。


泣くのかと、思った。

は自分も同様に、その瞳が愛しさに歪んでいる事に気付かず、自分を抱きしめるほたるのその背を、両手で優しく包み込んだ。
軽く撫でさすり、少し、力を込める。



と、ほたるが徐にから離れ、再度軽くついばむように口付けてから、がばっとその場に立ち上がった。
「・・・・・我慢出来ない。にこ先生に聞いてくる」
「・・・え?何・を・・」
「いつになったらしていいか。優しくすれば、いいんだし」
ほたるの口から発せられた言葉の内容に、は思わずほたるの着物の裾を掴み、引き留めた。
「え、わ、ちょっ、バカか!!わざわざそんな事を聞きに行く奴がどこに」
「ここに」
「バカ!!!!!」
の怒声が町に、そして空一杯に広がる月夜に威勢良く響いた。
先程、ほたるからへ再度手渡された饅頭が、の手の中に強く握りしめられたせいで潰れ、無惨にも包み紙から餡がはみ出していた。










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創天